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第12章 王都ヴィステルヤ
第267話 王都ヴィステルヤと魔術契約

 血をくれる、とまで言ってくれたオーグリーであるが、流石にそこまでしてもらうわけにはいかない。

 現状、ロレーヌのそれで足りているし、シェイラもくれるわけだし、さらに増やす必要もない。

 それにどんどん増やしていったら、だんだん人間から遠ざかって行ってしまう気がする。

 いやだろ?

 うーん、こちらの血は実に豊潤で濃厚ですが、しかし僅かに後味に渋みが残りますね……ズバリ、最近食生活が乱れているのではありませんか?

 とか言って俺が人血ソムリエ化したら。

 まぁ、それはそれで面白いのかもしれないけど……ロレーヌは面白がりそうだな。

 味覚の詳細な調査が始まるかもしれない。遠慮する。

 そんな色々な妄想を呑み込み、俺はオーグリーに言う。


「いや、それはいいさ。今のところロレーヌの血で足りてるからな。これから先、どうなるかはわからないけど」


 なぜか下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアであるというのに、さほど血を必要としない俺である。

 ただ、永遠にこのままだとは誰も保証してはくれない。

 以前、血肉が欲しくてロレーヌに襲い掛かった時のように、ある日突然、魔物の本能に支配されて誰かに襲い掛からないとは言い切れないのだ。

 まぁ、そういうときはロレーヌがあのときと同じように討伐してくれるだろうから、そんなに心配はしなくていいのかもしれないが、まずはそうはならないように頑張っていきたいところである。


「そうかい? ならいいんだけど……。ちなみに、骨人スケルトンから吸血鬼ヴァンパイアになったっていうのはなぜかな?」


 オーグリーからそう尋ねられ、まだ説明していなかったか、と思った俺は言う。


「あぁ、魔物の《存在進化》ってあるだろ? あれだよ」


「《存在進化》……それって、普通のノーマルスライムがラアルスライムになるようなあれかい?」

 

「……随分とマニアックなところを出してきたが……それであってる、よな?」


 少し不安になってロレーヌに尋ねると、彼女は頷いて言う。


「ああ。概ねな。ただ、スライムの属性変化は必ずしも個体の能力が上昇するというわけじゃないからな。進化と言っていいのかどうか議論が分かれているところでもあるから微妙な例ではある。素直に骨人スケルトン骨兵士(スケルトンソルジャー)になるようなもの、と言ってくれ」


 確かにそっちの方が分かりやすいし、議論の余地のないところだ。

 誰でも知っている代表的な魔物だしな。

 これにオーグリーは、


「そう言われてもね、僕はスライムが好きなんだ。あの不定形の存在が可愛いだろう? 昔、飼ってみようと思ったこともあるくらいだ。適切な容器が見つからなくて断念したけど」


 と衝撃の告白をする。

 まぁ、しかしそうはいってもそんな考えに至る人間はこの世にいないわけでもない。

 子どもなんかは意外とスライムが好きだしな。

 思いのほか、女性や子供に人気がある魔物なのだ。

 なぜといって、それは絵本や伝説に沢山出てくるし、そう言う場合に見聞きするスライムの形はぽよぽよして可愛らしい感じであるからだ。

 けれど、冒険者になった者はその大半がスライムを嫌いになる。

 なぜなら、迷宮や森に蠢くスライムたちは、基本的に常に生き物の死骸を消化中であり、それが透明な体液の中に浮かんでいるからだ。

 完全に消化されて骨になっているのならまだ、許せる。

 しかし、中途半端に消化されている様子と来たら……もう完全にホラーだ。

 嫌いになるのは当然と言えた。

 その意味で、オーグリーは稀有な例外と言うわけだろう。

 ロレーヌも割と例外だが。スライムが好きだったと思う。


「容器……まぁ、スライムは大抵のものを消化するからな。一般的な瓶にいれてもダメか」


 ロレーヌが真面目な声でそう答えると、オーグリーは分かってくれるのか、という感じの嬉しそうな声で、


「そうなんだよ! だから他にも色々試してみたんだけど、保って二週間だったね。試してないのは、それこそ、高価なものばかりで……流石に貧乏銅級冒険者には無理だったよ。今ならもう一度挑戦してみてもいいかもしれないけどね」


 と言った。

 ということは、マルトでそんな物騒な実験をしていたわけだ。

 諦めてくれて本当に良かった。

 しかし話がずれた。

 ともかく、


「……スライムについてはどうでもいいんだ。俺はそういう理由で吸血鬼ヴァンパイアになったってことだ。それから……まぁ、色々あってな。とりあえず人間に戻ることを目標に活動してる」


「王都に来たのもそれが理由?」


「そういうわけでもないんだが……その一環ではあるかもしれないな」


 実際は微妙なところだ。

 人間に戻りたい。

 そのために自分のルーツを知るために故郷に戻ったら、とんでもない秘密を聞かされ、そしてその秘密の奥に眠っていた転移魔法陣でここまでやってきたのだ。

 しかし、それは俺が今までただ上を目指して魔物を倒していた、それだけの生活をやめて、色々と探究し始めたから現れて来たものだ。

 人間に戻るために活動していたら、ここにきてしまった、と言うことができないわけではない。

 

「そうか……ま、そういう理由なら、王都に来たことを言えないっていうのも分かるよ。魔物が街に入っていた、それが誰だ、って探し始めたときに、名前があがったら困るもんね」


「まぁ、それはそうだな」


 それ以上に、遠くにいるはずなのにここにいる、という話になるのが困るが、その辺はまだ言えない。

 転移魔法陣の秘密について明かす範囲を決められるのはガルブ達だからな。

 それに、契約を結ぶにあたって、これくらい認識を共有していれば何か間違いが起こることはないだろう。

 通常の、特に魔術的ペナルティを負うことのない契約と異なり、魔術契約書による契約の難しいところだ。

 というのも、その契約をどう解釈するかを決めるのは、契約した本人たちの無意識だと言われている。

 通常の契約であれば領主やそれに任命された裁判官が解釈を定めればそれで足りるが、魔術契約書の場合、解釈が問題になるのは契約書の内容に違反することをしたその瞬間であるために、そう言った人間の司法関係者が入り込む隙間がないのだ。

 たとえば、オーグリーと俺との間で、オーグリーのおやつを俺は食べない、食べたら裸踊りをする、という契約をしたときに、俺がオーグリーのおやつを食べたとする。

 その場合に、契約内容が問題になり、その効力が発するのは俺がおやつを食べたその瞬間だ。

 そしてオーグリーが目の前に現れたそのとき、俺は裸踊りを意思に関係なくすることになる。

 このとき、いつ、だれが契約の内容を解釈しているのかが問題になる。

 そして、これについては諸説あるが、一応は通説として、契約違反をしたその瞬間に、本人たちの無意識が判断していると言われているのだ。

 つまり、俺がオーグリーのおやつを食べてはいけないと分かっているのにオーグリーのおやつを食べた、と認識していると契約違反となる、ということだ。

 そして、これについて、嘘はつけない。

 その虚実については、神が判断していると言われ、自分を偽ろうとすると見抜かれるからだ、と言う。

 そういう理由があるために、魔術契約書を使ってしっかりとした間違いのない契約を結ぼうとする場合には、お互いに認識をある程度共有する必要がある。

 使い方が難しいのだ。

 その辺りの詳しい理については法学者や魔術学者、神学者あたりが協力しつつ研究しているらしいが、俺たち一般人の認識は概ねそんな感じだ。

 だからあまり多用されないわけで、覚悟も必要なのだが……。


 俺はオーグリーに言う。


「さて、これで大体話した。契約をしたいと思うが……いいか?」


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