「……そうだな。それは俺も感じる。銀級試験を越えられるかどうかは受けてみないと分からないが、実力は上がった。そしてそれには理由があるんだ」
オーグリーの言及したのがちょうど話を切り出すのにいい話題だったので、俺はそう言った。
オーグリーはそれに首を傾げて、
「……理由かい? 修行を頑張ったと言う訳じゃなさそうだね……いや、いつも頑張っていたけど、それで強くなるのなら君はもうとっくに銀級になっていただろう。しかし……他に一体何が……」
考えても思いつかないらしい。
まぁ、当たり前だろう。
普通に考えて、ある日いきなり魔物になったら実力が上がった、なんていう結論に辿り着けるわけがないからだ。
しかし、これについては言っておかなければならないだろう。
どういう反応をするかは賭けではあるが、オーグリーの人柄はマルトでの付き合いで良く知っている。
ロレーヌほどではないにしろ、オーグリーにも俺なりに信頼があった。
俺は言う。
「まぁ、あんまりもったいぶるのもなんだから、端的に言うぞ。ただ、あんまり驚かないでくれ」
それでも一応前置きは必要だと思っての台詞だった。
オーグリーは、
「……もうすでに十分もったいぶってるじゃないか」
「何言ってるんだ。これはお前のために設けてやった心の準備のための時間だぞ」
「はいはい、わかったわかった。それで?」
俺の言葉を場の緊張をほぐすための冗談と受け取ったのか、肩をすくめつつそう言ったオーグリーに、俺は、そんな態度をとるんだったらもう気を遣ってやらんと、すんなりと言う。
「……俺、魔物になったんだ」
「……は?」
唐突の告白に骸骨のように、かくり、と強く首を傾げたオーグリーであった。
少し黙っていると、徐々に俺の台詞が浸透したのか、
「……ちょ、ちょっと待って……え? 魔物に、誰が?」
そう聞かれたので、俺は自分で自分を指さした。
隣でロレーヌもまた俺を指さしている。
なんだかマヌケな状況だ。
まぁ、あんまり真剣になりすぎてもあれだしな……これくらいの空気感の方が色々言いやすい。
「……いつ?」
オーグリーがさらに尋ねてきたので、俺は詳細について言う。
「まさに俺が行方不明扱い受けていたときだよ。迷宮に潜ってたら運悪く《龍》に襲われてさ。気づいたら
そう言うと、オーグリーは安心したように笑って、
「……なんだ、冗談か。今の君、どう見ても人間だよ? 顔も仮面で上半分しか見えてないけど……目玉だっておでこだって眉毛だってあるじゃないか。それで
そう言う意味の安心だったか、と思って俺は説明をつけたす。
「今は
そう言って、腕を出してそこを軽く引っ掻いて傷をつけると、ぷくり、と血の球が浮き出てくるが、その傷は即座に塞がっていった。
こんなことは人間ではまず、ありえない。
回復魔術や聖気を使えば同じことは起こせるが、今、俺がどちらも使っていないことは明白だろう。
つまり、自己治癒力のみで治したと言うことは明らかで、そんなことが出来る存在は限られている。
「……いやぁ……何を聞かされるのかと思っていたけど、流石に……これは……」
俺が魔物になった、という事実を信じざるを得ない、とオーグリーは思ったのか、頭を抱えながらそう言う。
「恐ろしいか? それとも軽蔑したか?」
俺がそう尋ねると、オーグリーは首を振って、
「いや、別に。まぁ、僕が魔物に強い憎しみを持っているとか、何らかの理由で魔物に受け入れがたい思いを抱いていたら分からなかっただろうけど、僕は特にそんな気持ちはないからね。魔物は基本的に敵だが、それは僕が冒険者で、彼らを倒すことが仕事だからさ。友人が魔物になったからと言って、その友人を憎しみのこもった眼で見られるかと言われると……それは全然そんなことはないさ」
そう言ってくれた。
その辺りの危惧は持っていたが、冒険者の過去なんて基本的に聞けない。
聞いても答えないし、答えたところで嘘だったり冗談だったりする。
本当に深いところは、かなり仲良くなったうえで、ぽつりぽつりと語られることがあるかないか、というくらいだ。
オーグリーとは付き合いが長いし、そういうことがあってもおかしくはない仲ではあるとは思うが、しかし現実にそういう話をすることはなかった。
そういうところにはお互い、踏み込まないようにしていたからだ。
とは言え、魔物に関する辛い記憶、みたいなものは無いようでよかった。
俺はあるが、俺も魔物全般に対して思うところがあるかと聞かれるとそんなことはないしな。
あの銀色の狼が憎いだけで、他の魔物についてはむしろ面白く見ているところがある。
習性とか生活様式とか見ていると面白い系統の魔物もゴブリンなどを初めとして沢山いるからな。
人間と同じで、悪い奴とそうじゃない奴がいるのも同じだ。
まぁ、大抵人を見ると襲ってくるのは事実で、少しでも理知的な魔物は例外的だが。
「そう言ってくれるとありがたいな。俺は体は魔物になってしまったけど、人の心を捨てたわけじゃないし、昔からの友人にそう言う目で見られるとやっぱり辛いから……」
「ま、そうだろうね。しかし……
興味本位なのかそう尋ねてきたので、俺は答える。
「まぁ、そうだな。別に普通の食事が出来ないわけじゃないが、血の方が美味く感じる」
「……まさか、その辺でうら若き女性に襲い掛かったりはしていないよね? 次にマルトに行ったときマルト美人の数が減っていたら僕は怒るよ」
「そんなことするわけないだろう。ロレーヌから少しずつ提供してもらってるんだ。ちゃんと同意を得て」
「あぁ……まぁ、それくらいしかないもんね。足りるの? 足りないなら僕も上げてもいいよ。流石に倒れるくらいは無理だけど」
本当にオーグリーは忌避感ゼロらしい。
まぁ、まだそこまで実感がないからかもしれない。
そもそも見た目もほとんど変わっていないし、ただ格好があれなだけだからな。
何か魔物っぽい行動をしない限りは、以前と変わらない、と言う感覚しか持てないのが普通かもしれない。
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