魔術契約書はその質がピンキリで、また用途も色々とある。
最も単純かつ多用されるものは、契約を破った場合に何らかのペナルティを課するもので、これが標準的な魔術契約書だと認識されている。
この標準的な魔術契約書の中にも質の上下はあるのだが、基本的に
ただ、オーグリーが言ったいわゆる《いいやつ》となるとまた少し別である。
というのも、彼が言及したそれは、ただ契約不履行の場合にペナルティを課すのではなく、契約内容を、契約が破棄されない限りは何があっても守らせるという強制力を持つもので、これは魔術契約書の中でも少し特殊だ。
値段も紙一枚の癖してそれなりに張る。
そして、これは悪用されると非常に危険性が高いために、
また、使用する場所も限られている。
このタイプの魔術契約書が売っているのは……。
「ついたよ。ここが王都にある契約の神ホゼーの分神殿だ」
先導していたオーグリーが、荘厳な建物の前で立ち止まり、そう言った。
真っ白な石柱が重そうな天井を支えている、巨大な建物。
その大きさゆえ、王都中心部からは離れた、どちらかと言えば郊外に建てられているが、仕方がない話だ。
国王陛下から神殿長などに用事があるときは、王都中心部にある神官用の執務所に連絡がいくことになっている。
そしてそこからここまでやってきて、神殿長に話を伝え、神殿長はここから王城まで向かう……という面倒な手順をとるらしい。
神官も大変だな、と思う話だ。
それにしても、これだけ大きい建物なのに、分神殿に過ぎないと言われると驚いてしまうな。
まぁ、神々の本神殿は、色々なところに分散しているし、王都など人間が決めた中心地に過ぎないわけだから当然と言えば当然なのだが。
聞くところによると、本神殿の方が小さい場合もあるらしい。
ここはどうかな。
契約の神はその守護する職分からして人間と深い関係があるから、こういうところにある分神殿の方がでかそうな気はする。
本神殿がどこにあるのかは知らないけども。
「しかし、すっかり地理が頭に入ってるんだな」
分神殿の中に進みながら俺がそうオーグリーに尋ねると、
「まぁ、こっちに来て結構経ったからね。依頼のこともあるし、とりあえず来た日から歩き回って王都の地理はすっかり覚えたよ」
冒険者は依頼によっては依頼主のもとに直接行くこともある。
俺がラウラのところに行ったように。
そういうときにスムーズに尋ねられるように本拠地としている街の地理は覚えておけと言われる。
しかし実際にやる人間がどれほどいるかと言われる疑問だ。
マルトの若い奴らはみんなやってるけどな。
俺をはじめ、新人向け講義をしていた冒険者は皆そういう風に教えているからだ。
オーグリーも今は王都の冒険者だが、根はマルトの冒険者と言うことだろう。
神殿の中は静謐な空気に満ちている。
ただの雰囲気というわけではなく、流石にこれくらいの規模の神殿になると聖気使いがある程度常駐し、毎日浄化を行っているために実際に聖気に満ちて空気が清らかなのでそう感じるのだ。
まぁ、聖気を使える
ジメジメしたところも好きだけどな。
「……ホゼー様の神殿へようこそいらっしゃいました。今日はどういったご用向きでしょうか?」
しばらく進むと、神官が寄ってきて俺たちにそう尋ねて来た。
広間の奥には巨大なホゼーの像があり、その前で祈りを捧げる人々が見える。
ホゼーは女神であり、正義を司る錫杖と、公平を担う天秤を片手ずつ持って、ゆったりとした服を身に纏っている髪の長い女神だ。
その瞳はまっすぐに前を見つめ、いかなる不正をも許さないという意思を感じさせる。
契約の重さと、それを破ることへの覚悟を問うているのだ。
神々にも色々と性格はあるが、その中でもかなり厳しい方の神様として知られている存在だ。
俺は緩い神様の方が好きだが、ここではそうも言っていられない。
俺は神官に言う。
「本日は、ホゼー様のご加護を受けた魔術契約書を頂きたくて参りました」
別に質について言う必要はない。
というのも、通常使われている魔術契約書は《ホゼーの加護を受けている》とは言わないからだ。
作り方はホゼー神殿が独占しているが、基本的に通常の魔術の延長線上の技術で作られていると言うところまでは知られている。
ただ、俺たちが今回求めている、行動の制限まで伴う魔術契約書はその製作段階に聖気が関わっている。
つまり、聖人・聖女によってつくられている物で、そのためにホゼーの加護を受けている、という言い方をするのだ。
「そうでしたか。でしたら……使用については神殿内で、ということになっておりますが、その点は……?」
「問題ないです。部屋を提供していただけるのですよね?」
「ええ、防音の魔術がかかった部屋がありますのでご案内します。どうぞこちらへ」
神官はそう言って、俺たちを先導する。
巨大なホゼー神の石像の横を通り過ぎ、扉を開くと、その向こうに通路と、複数の部屋へと続く扉が見えた。
扉を通り過ぎるたび、その扉の表面に赤い文字で《使用中》の言葉が浮き出ていることから、中に人がいるのだろう。
そんな扉の中、何も浮き出ていない扉の前に辿り着くと、神官は、
「こちらです」
そう言って、扉を開き、中へと進むように俺たちを促す。
それにしたがい、三人全員が中に入ると、神官も入ってきて、少し黙る。
……なんだ、と思っていると、ロレーヌが俺の横っ腹を肘でつつき、「……寄付だ寄付」と小声で言った。
あぁ、そうだった、と失念していたことを思い出し、来る前にしっかりと準備していた皮袋を取り出して、神官に、
「……お納めください。ホゼー神の加護を賜りますように」
と言って差し出すと、神官は頭を下げて受け取り、
「では、こちらを」
と言って、一枚の羊皮紙を手渡してきた。
明らかに聖気の宿っているそれは、まさに俺たちが求めている魔術契約書である。
「使い方は通常の魔術契約書と変わりません。ただ、行動の強制まで伴う点が異なりますので、その点はご注意くださいませ。では、私は下がらせていただきます。契約内容を詰める中で、何か分からないことがございましたら、こちらの鈴を鳴らしてお呼びください。すぐにかけつけますので」
そう言って神官は部屋を出ていった。
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