腐った貴族……。
確かにそういう貴族もヤーランにはいるが、他国に比べればその割合は少ない方だろう。
色々と理由はあるが、東天教を信仰している者が大半なのが大きいだろうな。
あの宗教は清貧とか他者への思いやりとかそういうものが基礎にあるから、貴族が信仰している場合は領民たちに対する思いに繋がりやすいからだ。
騎士団長ナウスもそんなヤーランの実情を認識していないわけではないだろうが、それにしてもその言葉にはかなり強いものが含まれているような感じがする。
ますますきな臭く感じてきて、ついていきたくない……。
しかし、王族の求めを正面から断るのは難しい。
うーん、正面から、か。
先延ばしにするくらいのことは出来るんじゃないかな。
そうすれば、色々と対策をとることも出来るかもしれない。
少なくとも、今そのまま行くよりかはずっといいだろう。
そう思った俺は、話をその方向にもっていくべく、話を続けることにした。
とりあえず、頭を上げろ、と言われたので俺が上げる。
俺なら首を飛ばされてもいいし、一応一番前の位置にいるから代表としてまずは俺が、みたいな空気があったからだ。
そして実際ゆっくりと顔を上げると、剣の一撃が飛んでくる……ことなどなく、騎士団長ナウスと王女ジアが普通にこちらを覗いていたので大丈夫そうだと分かった。
あぁ、良かった、と心から安心しつつも、そんな動揺は見せずに、堂々としながら口を開く。
「王女殿下、騎士団長閣下、お気遣いをいただき、感謝いたします」
「いいえ、構いませんわ……それで、王宮へのご招待についてなのですが、如何でしょう?」
王女ジアがそんなことを言い始めた。
如何でしょう、とか言いつつこれは社会一般的に断ることが認められない類の質問である。
けれど、現実に疑問形なのだ。
それに断るわけではなく、先延ばしにすることは流石に許してはくれるのではないか。
そう思って俺は口を開く。
ダメな時はダメな時だ。
「……それなのですが、私たちは冒険者で、現在、依頼を遂行中で、まずはその報告に戻らねばなりません。それに加え、格好を見ていただければお分かりいただけるでしょうが、王宮に上がるのに適切な服装ではなく、出来れば準備をする時間を数日程、頂きたいと……」
三人そろってど派手なのだ。
俺とロレーヌは確かに流行りの格好だし、オーグリーもちかちかするとはいえ仕立て自体はかなりいいものを着ている。
しかし、流石に王宮にこの格好で上がると確実に不敬だと言われるだろう。
高貴な身分の人間の前に出るには、それなりの準備と言うものが服装についても必要で、俺たちはその意味で及第点を満たしていない。
だから時間をくれ、というのは割と悪くないいいわけであるはずだ。
これは必ずしも俺たちのためだけではなく、招いた側に恥をかかせないための気遣いでもあるのだから、ジアたちにも受け入れやすいはずだ……。
俺の言葉に、まず理解を示してくれたのは騎士団長ナウスの方だ。
近衛騎士団長は貴族でなければなれないが、どちらかと言えば剣の腕の方が重視されると聞いたことがある。
もしかしたら、それほど身分は高くないのかもしれない、とその対応で推測する。
「ふむ、それは……確かに。こう言っては何ですが、なんだか目がちかちかする格好ですものな。それに、仕事は完遂せねばならん。本来であれば王族を優先すべきですが……姫はそのような横入りは……?」
「お父様には国民の仕事を邪魔してはならぬと昔から言われていますわ。もちろん、後日で構いません」
この辺りも東天教の他者に対する思いやりとかそういうものが前面に出た価値観だろう。
他の国の王族なら素直に横入りを良しとする、というかそもそも横入りと言う概念自体に首をかしげるだろう。
庶民の仕事と王族の要求とはそもそも次元の違うものとして理解するのだ。
それは同列に並べてどっちが先、みたいな考えですらない。
まぁ、ヤーランはそうでもないということが分かってよかったな。
そもそもど田舎国家だ。
王族と国民の距離も他の国々より遥かに近いだろう。
感覚も庶民より、ということだろうなと思った。
「……では、そのように。準備が出来ましたら……如何すれば?」
俺の質問に、ナウスが、
「王宮を訪ねてもらえればよい、と言いたいところですが、流石に普通の冒険者が突然、王宮を訪ねても門番が入れませんからな……こちらをお持ちくだされ。そうすれば、門番も道をあけるでしょう」
そう言って、一枚のメダルを手渡してきた。
そこには、ナウスの鎧の一部に描かれているものと同じ紋章が刻まれている。
一角獣が魔物を突きさしているという物騒な紋章だ。
しかし騎士としては望ましいのかな……その辺りの感覚は俺にはよくわからないが、とりあえずなんとなくかっこいい。
俺の家には家紋なんてないからな……いや、あの村の異常さを考えると、もしかしたらあるのかもしれない。
帰ったら聞いてみよう、とちょっと思う。
「これは?」
「見た通り、我が家の家紋の描かれたメダルですな。こういった場合に手渡して、私から直接、用事を言いつけた相手として証明するのに使うのです。何枚かありますが、それなりに貴重な金属を使って作られた魔道具ですので、必ず返してくれなければ困りますぞ」
肩をすくめて、少し冗談っぽく話しているがその目は真剣である。
ロレーヌも横で頷いているので、事実、中々の魔道具なのだろう。
金属の質も俺の目から見ても確かに良さそうなのが分かる。
売ればいい金になりそうだが、その代わりに首が飛びそうなのでそこは諦めよう。
「……承知しました。では、後日必ず王宮へ訪問させていただきます。それと……」
「それと?」
「そちらの馬車についてなのですが、大丈夫でしょうか」
事務的な話が終わったところで、今度は現実の心配である。
馬車は横転しており、ここから王都まではそこまで遠くないとはいえ、歩いて一時間以上はかかる。
騎士たちはともかく、王女殿下には厳しそうだ。
そう思っての質問だった。
俺の質問に、ナウスは、
「幸い、横転しているだけですので、引き起せば使えるでしょう。元々、王族のためにかなり丈夫に作られておりますでな。しかし、時間がかかりそうですが……」
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