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第12章 王都ヴィステルヤ
第258話 王都ヴィステルヤと身分

 ロレーヌの風刃は馬車の周囲を囲む森魔狼(フォレスト・ウルフ)たちに襲い掛かり、吹き飛ばす。

 今の一撃で五、六匹は屠られてしまっており、その威力のほどが分かる。

 俺たちはロレーヌの魔術によって切り開かれた空間を走り、馬車の近くに寄った。


「……お前たちは!?」


 馬車を守る様に戦っていた鎧の男たち、その中でも壮年に近い男が、唐突に現れた俺たちにそう言って誰何する。

 もちろん、叫びつつも構えは崩さず、また襲い掛かってくる魔物たちを切り伏せている。

 俺はその質問に答える。


「冒険者です。助太刀します」


 短いにもほどがある台詞だが、それだけで男には俺たちがどういう存在か伝わったようだ。

 僅かに口元が緩み、


「感謝いたしまする!」


 と言って戦いを続けた。

 男の技量は大したものだったが、しかしそれでもこれだけたくさんの魔物に襲われると手が届かなくなってくる部分もあるのだろう。

 俺に答えた男はともかく、その他の男たちはかなり厳しそうだったので、俺たち三人は分散して補助に回ることにした。

 結果、魔物たちは徐々に数を減らしていき、そして最後の一匹を俺が切り伏せて、そこで戦いは終わった。


「……ふう。なんとか、なったようですな」


 息を吐いてそう言ったのは、一番最初に俺たちに誰何してきた壮年の男である。

 身に着けているものは白銀の鎧であり、武器は片手剣だ。

 どちらも、馬車を守っていた他の男たちと同様の拵えであり、違いを挙げるとすれば、肩の部分に身分を示すと思しき紋章が描かれていることだろうか。

 どう見ても騎士である。

 ということは守っていた馬車は……。

 なんとなく危険を感じ、俺は言う。


「もう魔物もいないようですし、俺たちは街に戻ることにしようと思います。それでは……」


 しかし、案の定と言うべきか、


「少し待ってくだされ! せっかく助太刀してもらったのに、このまま何もなしに帰すわけにはいきませぬ」


 と言われてしまった。

 その気遣いがかえって迷惑だ、とはとても言えず、けれどさっさと帰りたかったので、


「いえ、依頼の途中ですので……」


 と取り付く島もないような言い方をしてみたのだが、


「いや、それなら、それなら後日……」


 とさらに言い募って来た。

 その上、


「そうですわ。なにかお礼をさせてくださいませ!」


 と、男の後ろの方から可愛らしい少女の声がした。

 そちらの方を見てみると、そこにはドレスに身を包んだ十五、六の少女が立っていて、少し調子が悪そうだが、しっかりこちらを見つめていた。

 俺に言い募っていた男はその姿を見て、


「姫! 馬車に隠れておいてくだされとあれほど……」


 と言いながら駆け寄ったが、その姫は、


「もう戦いは終わったのでしょう? それに、せっかくの恩人に今、逃げられそうになっているではありませんか。そんなことは王家の名折れです。何か礼をしなければ……」


 と言い返している。


「……どうしたもんかね」


 俺がそんな二人を遠目に見ながら、ロレーヌとオーグリーに尋ねれば、


「……どうにかしてさっさとこの場を後にすべきと思いますわ。話を聞く限り、あの方は身分の高い方の様子。ヤーランの王族か、他国のそれかは分かりませんが……」


「僕もそう思うよ。ああいう手合いは確かに褒美は一杯くれたりするけれど、関わると色々と厄介ごともかぶさってくるものだからね。とは言え……」


 二人とも、関わることには消極的だが、しかしその姫と騎士の男のやり取りを見る限り、簡単に逃がしてくれそうな気配もない。

 さっさとこの場を去ってもいいのだが、それをするとオーグリーがあとで困るだろう。

 なにせ、今の俺とロレーヌは存在しない人間の身分を名乗っている。

 けれどオーグリーは普通に王都で活動している冒険者だ。

 ここで逃げて、後々冒険者組合(ギルド)伝いで連絡をつけられて、以前一緒にいたあの二人はどこか、と尋ねられたらかなり困った事態になるだろう。

 素直に知らないと答えてもいいだろうが、そうすると俺たちについてかなり詳細な調査が入る可能性もあるしな……。

 そういう諸々を考えると、平和的に断る、以外の方法で関係を断ってしまうのは却ってよくない。


「……お待たせしてすみませぬ。姫が、お三方に礼をしたいと、王宮に招きたいとおっしゃっておられるのですが……」


 俺たちが相談していると、騎士の男が近づいてきて、そう言った。

 後ろには《姫》がいらっしゃって、俺たちを見つめている。

 ぜひに王宮にいらっしゃいませ、出来る限りのおもてなしを致しますわ、と顔に書いてある表情をしている。

 その気持ちは大変ありがたいし、王族としても立派だと思う。

 本来の身分であれば素直に受けるところなのだが、やっぱり色々と難しい。

 どうするべきか、とりあえず時間を稼ぐために俺は尋ねる。


「ええと、王宮とおっしゃいますが、あの方や、あなたは一体どういう……?」

 

 聞きながらも大体分かっていることではある。

 騎士と、お姫様だ。

 そして街道を進む中で、襲われた不幸な巡り合わせの人々。

 ……なんか関わると良くないことが起きる気がするのは気のせいかな?

 俺の言葉に、騎士の男は、


「おっと、申し訳ありませぬ。まだ名乗っておりませんでしたな。私はヤーラン王国近衛騎士団長ナウス・アンクロ。そしてこちらの方が……」

 

 近衛騎士?

 それはヤーランでも実力者の集団のはずで、数が多いとはいえ、あのくらいの魔物にどうにかなるような人たちではないはずだ。

 それなのに、結構押されていた。

 いや、生き残っている騎士たちを見る限り、何人かは深手を負っている。

 ……森魔狼(フォレスト・ウルフ)岩狼(ロック・ウルフ)につけられた傷ではなさそうだな。

 ということは、もともと手負いの状態だったところを、さらに襲われた感じだろうか?

 だから体力も魔力も残っておらず、結果としてあのくらいの魔物に苦戦していた、と。

 うーん……余計にまずそうな雰囲気がする。

 

 しかしそんな俺の心配をよそに、ナウスに続いて少女の方も挨拶した。


「ヤーラン王国第二王女ジア・レギナ・ヤーランですわ」


 王女の名乗りに、俺たちは跪く。

 いくら田舎育ちとは言え、それくらいの礼儀作法はあるのだ。

 稀に田舎にも貴族と言うのは来るから、そういう場合に下手なことをすると危険なので叩き込まれるというのが実際のところだけどな。

 そんな俺たちの行動に、王女ジアは、


「そのようなことはなさらなくて結構ですのよ。王宮でしたらともかく……ここは街道ですもの。それに、わたくしたちはお三方に助けていただいたのです。それなのに魔物が今にも襲い掛かるかもしれない危険な場所で頭を下げることを強制する気はありませんわ」


 と寛大なことを言ってくれる。

 ただ、これを額面通り受け取って顔を上げると首を落とされる、なんてことが昔からよくあるので、それでも頑固に頭を下げ続ける。

 まぁ、俺は首ちょんぱでも死なない可能性があるけどな。率先してそうなりたくはない。

 そうしていると、ナウスが、


「……本当に頭を上げても大丈夫ですぞ。この方は腐った貴族とは異なる心を持った方ですので」


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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