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第12章 王都ヴィステルヤ
第252話 王都ヴィステルヤと簡易検査

 王都正門の人通りは激しい。

 当たり前だ。

 いくらヤーラン王国が田舎国家だからと言っても、国の形を保っているのだ。

 その王都となれば、相当な数の人の行き来があって当然だ。

 ただ、田舎国家の田舎国家なところは、その身分照合のアバウトさなんかに現れる。


「……身分証は?」


 正門に立つ衛兵の一人が、俺たちよりも前に並んでいた男にそう尋ねた。

 男は着古した衣服に、布で包んだ野菜がいくつか、藁で編まれた帽子をかぶっていて……という見るからに田舎村からやってきました、という格好で、案の定、衛兵の質問に、


「あぁ、おら、作ったことがなくてぇ……」


 と、酷い訛りのある発音で答えた。

 衛兵もこんなことは慣れっこのようで、呆れたような表情で首を振り、


「……どこの出身だ?」


 そう尋ねると、男は、


「ヤンガ村だぁ。野菜を売りに来た」


 と素直に答えた。

 布で包んだ野菜一式を広げて見せ、そこに何も怪しいものがないことを確認すると、衛兵は頷いて、


「……はぁ。通ってよし」


 と言ってそのまま通した。

 これを見ていたロレーヌが、


「……あれでいいのか? 野菜の中に何か禁制のものを隠し持っている、とかそういうこともありうるぞ」


 と帝国での常識と照らし合わせながら尋ねるが、


「……まぁ、いいんじゃないのか? 王城周辺の貴族街に入るためにはしっかりと厳しい検査をしているらしいし。一応そこに犬がいるからそういうものは嗅ぎ付けてくれるんじゃないかな……」


 なんとなく周囲を観察しつつそう言ってみたが、それが本当に正しいのかどうか、俺には分からない。

 ただ、検査の適当さについては昔から、王都に向かう先輩冒険者たちに聞いてきた。

 まぁ、こんなものだろうなという印象が強い。

 

「……よく今まで周辺諸国に滅ぼされなかったものだ……」


 呆れたように言うロレーヌだが、俺も同感だ。

 ただ、


「ヤーランなんか攻め滅ぼしたところでいいことなんか一つもないからな。領土が広がるかもしれないが……旨みのある土地なんてほぼないぞ」


 一応地方都市いくつかはそれなりの規模なので攻める価値はあるかもしれないが、そもそも周辺国家もヤーランと似たり寄ったりのお国柄だ。

 のほほんとして、中央で行われているような華々しい権力闘争は良くも悪くも存在しない。

 まぁ、別にそこまでのほほんとしているわけでもないんだろうが、ガチガチの規律や法律によって治められているだろう帝国なんかと比べるとそう言わざるを得ないだろう。

 田舎国家と言われる所以ゆえんである。


「……次!」

 

 衛兵にそう言われて、俺は前に出た。

 衛兵は俺の顔を見て、仮面を被っているのに気づいたようだが、


「……身分証はあるか?」


 と触れずに尋ねた。

 顔に見せられない傷を持つ人間、というのが少なからず世の中にいて、それにあえて触れないと言う気遣いの出来る衛兵らしい。

 俺は素直に身分証を出す。

 レント・ヴィヴィエの方だ。

 それを受け取った衛兵は、


「なるほど、冒険者か。訪問の目的は?」


 正直言って目的なんかない。

 いきなり連れて来られて即解散を言い放たれただけだが、強いて言うなら……。


「観光と下見です。地方都市で冒険者をやってるんですが、そのうち王都でも活躍できるようになりたいなと」


「なるほど、銅級となるとな……銀まで上がれば王都でも十分にやっていけるだろう。精進するといい。よし、通ってよし!」


 と、肩を叩かれ、問題ないことを告げられた。

 しっかり仕事をしているようだが、見る限り、出入りした人間の身分を記録しているような様子はない。

 実際、していないのだろう。

 それこそ王都中央ら辺にあると言う貴族街まで行けば記録されるのだろうが、ただ下町に入る程度でそこまでするのは手間と言う所だろうか。

 やっぱり適当だな、と思ってしまうが、ヤーランと言うのはこれくらいの国だ。

 

 俺に続いてロレーヌも衛兵に色々聞かれている。

 距離は離れているが、俺の吸血鬼ヴァンパイアイヤーには会話の内容がとても良く聞こえた。


「身分証は?」


 そう言われてロレーヌは帝国のものを出した。

 すると、


「て、帝国の方でしたか……」


 と衛兵がとても遜っている声が聞こえた。

 帝国と言えば、ヤーランから遠く離れてはいるが、それでも押しも押されもせぬ大国であることは誰でも知っているからな。

 そこから来た人間なら、邪険にできない感覚はヤーラン王国民として理解できる。

 あんまり下手なことすると帝国からいちゃもんをつけられかねないからだ。

 

「ああ。あまりそれは気にしないでくれ。訪問の目的は観光だ。通っても構わないかな?」


 と、堂々とした態度でロレーヌが衛兵に言えば、衛兵も、


「もちろんです。ただ、帝国の方と言えども、何か問題を起こされた場合には……」


 遜っているとはいえ、衛兵としての矜持は残っているらしく、ロレーヌに忠告をした。

 ロレーヌはそれに頷いて、


「分かっている。大人しく観光を楽しませてもらうよ。ではな」


 そう言ってこちらにやってきたのだった。


「……いくらなんでも遜りすぎではないか?」


 応対された本人であるのに、ロレーヌは俺に近づくと同時にそんなことを言って来た。

 俺はそれに少し考えて答える。


「まぁ……たしかにそうなんだけどさ。帝国の人間なんてまず、ヤーランに来ないだろ? マルトから来た俺を見るリリたちみたいな感覚なんだろう」


「都会の人だ、というわけか。私は元々帝国でもそれほど都会の人間と言う訳でもなかったのだがな……まぁ、それはいいか。しかし、せっかく王都に来れたのだ。色々と見て回ることにしよう。レントは行きたいところはあるか?」


「俺は、まず冒険者組合ギルドが見てみたいかな……あぁ、でも流石にそれはまずいか」


 大した記録もとらない簡易検査くらいならともかく、冒険者組合ギルド本部にこの格好で行ったら流石に記憶されてしまいそうだ。

 ローブと仮面だけならともかく、俺の仮面は割と派手だからな。 

 骸骨模様が恨めしい。

 そう思っていると、ロレーヌが、 


「ローブの色を変えて、仮面はその上に布でも被せればなんとかなるんじゃないか? ローブの色の方は、私が魔術で染色しよう。魔術に強い耐性があるということだから、表面だけとはいえ通るかどうかはやってみなければ分からないが……」


 そう提案してきた。

 確かにそれなら、いつかまた訪れても同一人物だ、とはなりにくいかもしれない。

 とりあえずやれるだけやってみてもらって、ダメそうなら諦めることにしようか、と、一旦二人で、路地の方の人気のないところに進むことにした。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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