転移魔法陣。
それは、ほとんど、迷宮限定の代物で、このようなところに気軽に置いてあるようなものではない。
何故といって、描き方が分からないからだ。
いや、それは厳密ではないか。
同じ図形を描くことは、まねすれば出来る。
しかし、たとえそのようにしたところで稼働しない。
そういう、よくわからないものなのである。
したがって、新たな転移魔法陣と言うのは迷宮でしか見つけることが出来ない。
迷宮はその内部構造が日夜変わっていくものもあり、そう言った迷宮の深層では、新たな転移魔法陣が生み出され、そして消えていくのだ。
けれどここは迷宮ではない。
ハトハラーの村からそう遠くない場所にある《砦》の中なのだ。
どうしてこんなところにこれがあるのか。
それはロレーヌのみならず、俺も疑問だった。
そんな驚きの表情に染まった俺とロレーヌを、ガルブとカピタンは満足そうに微笑みながら見て、
「……驚かせられたようだね。いやはや、嫁候補を連れて帰ったり、幻影魔術やら、あんたのその恰好やら、あんたらが村に来てからこっち、ずっとこちらが驚かされぱなしだったから、なんだか仕返しが出来たようでうれしいね」
ガルブがそう言い、カピタンもそれに続けて、
「こんなものマルトじゃよくあるぞ、とか言われたら困っていたところだ。俺たちもあまり中央のことには詳しくないからな……転移魔法陣、これをまだ都会でも解明できていないようで何よりだ」
そんなことを言った。
二人そろって色々と突っ込みどころのある発言だったが、色々考えて、とりあえず聞くべきことを絞って尋ねる。
「……なんでこんなものがあるんだ? これは、人の手で作ることは出来ない、とされている代物だぞ。中央でも、それこそもっとずっと都会でも」
もっとずっと都会、というのはつまりロレーヌの故郷だ。
もし解明されていると言うのなら、ロレーヌ自身が知らないと言うこともないだろう。
彼女もまた、転移魔法陣に驚いている時点で、彼女の故郷レルムッド帝国ですらも転移魔法陣の仕組みも、作り方も解明できていないと言うことに他ならないと思っての台詞だった。
まぁ、帝国は基本的には軍事国家と言う話だから、軍事機密、ということであれば一介の学者に過ぎないロレーヌが知らないと言うこともありうるだろうが、そもそもあの国はいつだってあわよくば大陸に覇を唱えんとしようとしている、とはロレーヌの評である。
転移魔法陣、などという、いつでもどこでも兵站や兵士、兵器をいくらでも送り込める装置が完成したら、もうすでにヤーラン王国なんて滅びていることだろう。
そうなってはいないことが、転移魔法陣をレルムッド帝国も解明していないことの証明になる。
まぁ、別にレルムッド帝国が大陸唯一の先進国家だ、とは言わないが、先進国家のうちの一つであるのは間違いなく、そういった国が最新の研究でも理解できていない存在である、ということもまた、間違いがない。
俺の質問に、ガルブはゆっくりと答える。
「別に私たちも作れるわけじゃないよ。これがある理由は……これが人の手で作ることが出来ない代物、というのが一部間違っているからさ」
「……? それはどういう……」
さらに質問を続けようとした俺を遮って、ガルブが言う。
「まぁ、それはこいつに乗れば分かることさ。私は先に行くよ。ほれ、あんたも」
そう言ってガルブはカピタンを引っ張って転移魔法陣の上にさっさと乗りこみ、そして転移魔法陣が光を放つ。
輝くガルブとカピタンの姿が徐々に希薄になり、そして最後に残った光の残滓が空気に消えていって、その場には俺とロレーヌだけが残された。
俺たちは二人で顔を見合わせつつ、話す。
「……面白い面白いと言っていたが、おい、レント。本当に面白いな……なんだお前の村は。どんな村だ」
ロレーヌは珍しく興奮しながらそう言う。
学者魂に火が付いたのだろう。
よくわかる。
というか、俺もちょっとドキドキしている。
まさになんだこれは状態だ。
出てくるものがヤバすぎた。
何か秘密があるんだろうなぁとは思っていたが、まさか世界初クラスのものがこんなにさらっと出てくるとは完全に予想外だった。
なんだか、昔の物語に出てくるような、伝説の冒険者たちがしているような冒険をしているような気分になってくる……。
しょぼい迷宮でしょっぱい魔物を毎日十匹くらい倒してたのが遠い昔のようだな。
大して昔じゃないけどさ。
そんなことを考えながら、俺はロレーヌに答える。
「俺もそれは分からないけど……やっぱり、乗るよな? これ……」
もちろん、転移魔法陣を見ながら、である。
迷宮の転移魔法陣には今まで何度も普通に乗って来たし、ロレーヌもそうだろう。
しかし、迷宮由来ではない転移魔法陣は、少なくとも俺は初めて見た。
当然、乗るのも初めてで……色々と怖い。
どこにつながっているのかとか、戻って来られるのかとか。
そういう心配があるからだ。
ガルブとカピタンはあんな風に気軽に乗ったのだから、きっと問題はないのだろうが……それでも本能がこれは危険な代物だ、よく考えて乗るかどうか判断しろというのだ。
石橋を叩きながら冒険をしてきたころの習性が顔を出しているな……。
最近は割と無謀になったというか、リスクのある行動もとれるようになってきたような気がしていたが、基本が臆病な低級冒険者だから、それも仕方のない話だ。
しかし、ロレーヌはそう言う訳ではないらしい。
「これに乗るのが危険だと言うのなら、あの二人は私たちを置いてあんな風にさっさと行きはしないだろう。問題ないだろうさ。よし、レント。乗るぞ」
そう言って、俺の腕を引っ張り、転移魔法陣の中に引き込んだ。
ちょっと待って、まだ心の準備が……。
そんなことを思っていたが、無駄だった。
まぁ、確かに彼女のいう通りではあるのだ。
論理的に考えて、危険はない。
そのはずだ。
でもちょっぴり怖い。
これはなんというか、あれだな。
高い崖の端っこから、転落防止用のロープを腰につけつつ、眼下を覗いているような気持と言うか。
大丈夫だと分かっているが、こわいというやつだ。
とは言え、もう乗ってしまったのだから抗いようがないのだけど。
何が起こるのか楽しみそうな表情をしているロレーヌが隣にいる。
そして、地面に描かれた魔法陣から光の奔流が生み出され、そして俺とロレーヌの姿もまた、その場から消えた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。