「聖気? これが……」
ロレーヌは自らの体から噴き出る光に驚きつつもまじまじと見つめる。
ただ、その表情は神霊から加護を与えられて感動に打ち震える信徒、というよりかは、新たな観察対象を見つけて喜んでいるマッドサイエンティストのそれに他ならない。
信仰心など欠片も見られない光景に、やはりこれでいいのだろうかと思わずにはいられない。
ただ、当の本人……本霊?は満足そうで、
「いやぁ、信徒が増えた増えた。今日はめでたいね。お神酒持ってきて、お神酒!」
と、お前、祠を居酒屋か何かと勘違いしてるんじゃないのかと言いたくなるようなことを言っている。
「……ほら」
とは言え、酒ならある。
ロレーヌがハトハラーの火酒を自宅用に確保しておきたいと言うから昨日余った分をもらっておいたのだ。
大瓶にして二十本近くくれたので一本くらい供物として捧げても許されるだろう。
それだけ沢山くれたのは、ロレーヌが幻影魔術を見せて、宴の席を大いに湧かせたからで、酒の所有権の大半はロレーヌにあるだろうが、モデルは俺だ。
かいた恥じの分、取り分は一本くらいあっても許されるだろう。
取り出した火酒に、ロレーヌは若干、物欲しげな顔をしていたが、特に文句は言わないので惜しいが仕方がないということだと理解し、差し出す。
「……おっ、冗談だったのに、本当に持ってるなんて! 君って信徒の鑑だね」
と、木製の体をこちらに向ける。
こんな人形の体で一体どうやって飲むのか……。
と思っていると、俺の手にあった火酒の瓶がふわりと浮き、人形の方に引き寄せられた。
そして、蓋も開いていないのに、中身が見る見るうちに減っていく。
「ふぅ。呑んだ呑んだ。満足したよ!」
すべて飲み切って、先ほどと変わらぬ様子で人形はそう言った。
神霊と言うのは酒に酔わないのだろうか?
だとすれば飲んでもそんなに楽しくないような……。
それとも人には分からない楽しみ方があるのかな。
よくわからないが……まぁ、満足しているならそれでいいか、と思う。
そんなことをしている間、ロレーヌは自分に宿った聖気を少し使ってみたようで、
「……これはまた、魔術とは随分感覚が違うな。レント、お前はよくあれほど節操なく切り替えて使えていたものだ」
と言った。
確かに、魔力と聖気では感覚が結構違う。
気の力もしかりだ。
したがって、魔力を使ってから、即座に聖気の運用をして、さらに気のそれに移る、というのはやってみると意外と難しかったりする。
とは言え、なれれば出来るのだが。
俺の場合、かなり弱い力とは言え、十年それをやってきた。
しかも、そういう使い分けをしなければ生き残れないレベルだったわけだから、それはもう必死だったわけである。
その辺の制御に関しては、申し訳ないがロレーヌにそうそう簡単に負けはしないだろう。
……魔術の出力はどう逆立ちしたって勝てないけどな。
聖気の方はどうだろう。
「俺の場合は死ぬほど使って来たからな。慣れだ。……それで、聖気の量はどのくらいだ? 俺より多かったら泣くぞ」
そう尋ねると、ロレーヌは、
「……たった今手にした力だから、まだあまり把握できてはいないが……かなり小さい、と思う。今ちょろっと使っただけでもう枯渇しかけている気がするぞ」
そう答えた。
実際、ロレーヌを見てみると、彼女の中にある聖気はもう、ほとんどなくなっている。
もう使ってしまったからだろう。
少し放出したくらいでなくなってしまう量というのは、俺がかつて持っていた量と似たようなものだ。
「だからしょぼい加護って言ったでしょ? 私程度じゃこんなものが限界だよ。レントも……あれ、今気づいたけど、レントすごくない? なんでそんなにたくさん聖気持ってるの? 与えたときの百倍くらいあるんだけど」
人形がロレーヌを見、それから俺に視線を向けてから驚いたようにそう言った。
確かに、俺の聖気の量は、昔と比べて格段に増えている。
増えているが、それは、この神霊が何かしてくれたおかげではないか、と思っていた。
けれど必ずしもそうではないらしい。
じゃあどういうことか、と気になって俺は尋ねる。
「……貴方が増やしてくれたわけではないのか? 聖気の量や強さは加護の強さに由来するものだと思ってたんだが。最近いろいろと大変な俺をおもんばかって、こう、加護を強くしてくれたんじゃないかと……」
神様らしく。
信徒の生活なりなんなりを守ろうとしてくれたんじゃないかなと。
そう思っていたのだが……。
しかし、人形は首をぎぎぎ、と振り、
「そんなに親切じゃないよ、私は……と言いたいところだけど、二人しかいない信徒の危機には力を貸したいところだね。ただ、私、すごく力が弱いから……頻繁にレントの様子なんて見れないよ? 今だって結構頑張ってここにいるんだからね」
と言う。
「じゃあ、なんで俺の聖気は増えたんだ?」
そう尋ねると、人形は首を傾げ、それから俺をまじまじと見つめてから、
「まぁ、頑張れば少しずつは増えていくものだけど……流石にレントのそれは普通じゃないからね。たぶん、それじゃない? そのよくわからない仮面。なんかこう、神様の気配を感じるよ」
と言った。
「……これか……」
リナが露店で購入してきた呪いの仮面。
全く外れないこれが、まさかそんな効果を生み出しているとは思わなかった。
そもそも、呪いの仮面ではなかったのか。
神の気配と言うが、俺には全く感じられない。
当然、ロレーヌにも。
「うーん、神具なんじゃないかな……だから、私の与えた加護を増幅してくれてるんだと思う。もしかしたら、それを作った神様の加護もちょっとはついてるかも?」
人形はそんな話をした。
自分にどんな神からどんな加護がついているのかは、人間には通常、把握できない。
この祠を直した後についた、とかそういう因果関係から類推する以外にないのだ。
つまり、聖気が増えていたのは、俺も気づかない内に、何か他の存在からの加護も得ていた、ということか。
この仮面由来の。
「……一体何の神様の加護なんだ?」
「さぁ? 分からないなぁ。どうしても調べたいなら、鑑定神様の本神殿にでも行けば? 普通の品ならともかく、神具だったら本神が見てくれるんじゃないかな」
人形はそう言った。
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