「……腹だと? む……」
俺に言われて初めて気づいたのか、改めて自分のおなか部分を見たロレーヌである。
そこで初めてロレーヌは自分の腹部で何かが蠢いているのを察したらしい。
「……なんだ、これは……」
と困惑の表情だが、俺は尋ねる。
「何かの実験で腹でおかしな生き物を飼ってるとかいうわけじゃないよな?」
そんな俺の質問にロレーヌは少し黙って考えてから、
「……今は別にそんなものは何も飼ってないな」
と答えた。
今はってなんだ今はって。
たまにあるのか?
そう突っ込みたいところだったが、それこそ今大事なのはそこではない。
「とりあえず、それ、取り出さないのか?」
「……あぁ、そうだな。どれ」
そう言って、服の隙間から手を突っ込むと、何かを掴んだらしく、
「む、これか。よし……」
と言って引き抜いた。
すると彼女の手にあったのは……。
「……ん? それってもしかして、以前俺から没収したあれか」
「……の、ようだな。なんだこれは。動いているぞ」
そう言ったロレーヌが手に持っているもの。
それは、俺が以前、
それが、ぎぎぎ、と、俺もロレーヌも特に手を加えていないのに自ら動いている。
正直言って怖い。
「……呪われたのか?」
俺が尋ねると、
「いや、そういう訳ではないと思うが……呪物にありがちな闇の気配が感じられないからな。ま、それを言ったらお前の仮面もそうだが……」
ロレーヌがそう言っている最中も人形はうねうね動いている。
動き方が……なんかもっとないのかな。
せっかく手足付いてるんだからさ……とか思わないでもない。
まぁ、しかし、それでもとりあえずすることは……。
「……さっき話していたのは、君か?」
俺は人形に向かってそう尋ねる。
普通に見れば、かなり危険な光景だ。
未知の存在に無防備に接触を試みているから、というわけではなく、人形に真面目な顔して話しかけている、という意味で。
まぁ、世の中には自律行動する人形というのもあるし、そういった人形を使って劇をしたり、また冒険者として働いたりする人形師という職業もあるのでよく考えるとそこまでおかしくはないのだが、世間が彼らに向ける目はあまり優しくない。
人形師って変な人が多いんだよね……という感じである。そしてそれは事実だ。
極めて高度な魔導技術に対する理解と、並々ならぬ人形に対する情熱が必要になってくるため、人格がちょっとずれている人物が多いのである。
俺もそんな世界に片足を踏み入れようとして……ないけど、そこそこ勇気のいる行動なのであった。
俺の言葉に、その人形は、ぎぎぎ、と顔をこちらに向けて、
「そうだよ、そうだよ。こんにちは」
と言った。
口の動きと声とが合っていない。
何か不安になる会話だった。
が、会話の内容それ自体は別におかしくはない。
とりあえず、ロレーヌと目を見合わせ、会話を続けることにする。
「……それで……君は、一体何なんだ? 俺が思うに、ここで現れたからには、この祠に祀られていた何か、なんじゃないかなと思っているんだが……どうだ」
すると人形は、物凄い動作をして起き上がり、そして俺に言う。
「大体そんな感じで合ってるよ。と言っても、私は分霊だけど。本殿は別にあるし、本体もそっちにある。だから大した力もなくて……レントには加護もあげたけど、ごめんね、しょぼい加護で。だって信徒二人しかいないんだから、仕方ないよね」
それは、間違いないく色々とツッコミどころのある発言であった。
とりあえずどこから聞けばいいのか……。
悩んでいると、ロレーヌが口を開く。
「……まずは、君……いや、貴方は神霊、ということでいいのかな?」
あぁ、確かにそこからだな。
俺も納得する質問である。
人形は言う。
「一応、そうなるかな。でもさっき言った通り、分霊だから……ほとんど精霊だね。本体から離れて長いし、もう独立しちゃってるし」
「……本体とは?」
「植物の神ヴィロゲト様だよ」
植物神ヴィロゲトは、植物や肥沃を司る神であり、そして同時に戦争と収穫をも司ると言われる存在である。
わりと物騒な神で、豊かさのためには戦争もやむなし、という苛烈な性格をしているとも言われる。
そんなものから分かたれた存在にしては、随分とこの人形を依代にしている存在は穏やかそうだが……。
「なぜ、この人形に宿った?」
ロレーヌが質問を続ける。
「そりゃあ、私たちは依代がないと普通の人の目に見えるように現界するのが難しいからね。神殿なんかだと違うんだけど、これくらいの祠とか、山の中とかじゃ流石に……。今回は二人と話したいと思って、どうしようかなって思ってたら、ロレーヌのおなかにこれがあったからちょうどいいなって」
「ちょうどいいとは?」
「これ、魔力の宿った素材から作られているでしょう? 私たち、普通の素材から作られたものじゃ宿れないんだ。だから今回は運が良かったよ」
ロレーヌがたまたまこの人形を持ち歩いていたから、この神霊だか精霊に会えたと言うことか。
確かに運がよかった……けど、ロレーヌはまたなんでこんなもの持ち歩いていたんだろうか。
あとで聞いてみよう。
「そういえば、信徒二人って言ってたが」
俺がふと思い出して尋ねると、人形は俺とロレーヌをぎぎぎ、と指さして、
「し・ん・と」
と言った。
……いやいや。
一体いつ信仰したっていうんだ。
確かに祈ったけど、この十年でも祈ったのは数えるほどだぞ。
それでいいのか、と思わないでもない。
そんなことを俺が思っていることを察したのか、人形は、
「……他にこの祠に来る人なんていなかったから仕方がないじゃない。打ち捨てられたのも分かるしね。おっと、それより、新たな信徒にも加護を授けなきゃ!」
ぶつぶつとそんなことを言ってから、唐突にテンションを上げて空中に浮いた。
それから、きらきらとした光を出しながら、ロレーヌの周りを飛び回り、聞き取れない言葉で何かを唱えた。
すると、ロレーヌの体からじんわりとした光が噴き出してきた。
それは、俺にとって見慣れた光だ。
つまりは、
「……聖気」
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