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第11章 山奥の村ハトハラー
第236話 山奥の村ハトハラーと声

「……かなり綺麗になったな」


 ロレーヌが、掃除の終わった祠を見て満足そうにそう言った。

 顔は煤けて汚れていて中々の様子であったが、その表情は夕日に照らされて明るい。

 その気持ちは分かる。

 かなり時間はかかったが、これだけ綺麗に出来たなら頑張って働いた甲斐があったというものだ。

 俺の方も似たようなありさまだが、仮面やらローブやらが汚れを防いでくれたので思いのほか汚れていない。

 あの迷宮でもらった謎ローブは性能が良すぎて炎や毒のみならず埃や汚れまで防いでくれるようだった……スケールダウンしてるか。

 

 それからロレーヌは魔術でもって、自分の身を洗浄する。

 直後、そこにはいつも通りのロレーヌが立っていた。

 それを見ながら俺は、


「……洗浄の魔術を使えれば楽だったのにな」


 と身も蓋もないことを尋ねるが、ロレーヌは、


「それは仕方ないだろう。お前はこの祠に感謝を示すために掃除したのだから。そういうときはどんな宗派でも己の手で磨くものだ。それに、洗浄の魔術はかなり大雑把な術式だからな。こびりついた汚れをとるのにはあまり向いていない」


 そう返してくる。

 ためしにその辺に転がっている木切れに洗浄の魔術をかけると、黒ずんだ部分はそのままで、ただ水で洗ったような程度のものだった。

 生き物にかけると表層についた汚れは埃や血、インクなどを取り払ってくれるが、シミなんかは消えないのと似たようなものだろうか。

 かさぶたなんかもとれないな……。

 インクも完全に乾ききる前はとれるが、ある程度乾いてしまうととれなくなる。

 魔術の世界は便利なようで不便だ。


 ま、それでも表層の汚れはとれるのだから使ってもよかったが、使わなかった一番の理由はロレーヌの言う通り、感謝の意を示すためには自分の手を使って掃除するべきだと思ったからだ。

 東天教でも季節の終わりに祭壇を信者たちの手で掃除したりしているからな。

 魔術師が信者に一人もいないというわけでもあるまいし、洗浄の魔術は俺でも使える生活魔術だ。

 効率を考えるなら魔術を使った方が楽だし早い。

 それをやらないのは、やはり感謝を捧げるためには楽をして魔術、ではなく苦労して自らの手で、というのが基本的な考え方だからだ。


「それにしても苦労した甲斐があったな。見違えたぞ」


 と、俺は祠を見ながら言う。

 こびりついていた汚れはすべて綺麗になったし、巻き付いていた蔦や蔓の類もすべて切り払った。

 今後、また来れない間に同じようになっていたらせっかく修理し、掃除したのに残念なため、周りに生えている雑草の類は抜いておく。

 ただ、小さな苗木なんかもそれなりに生えていたが、それらについては放っておくことにした。

 なんだか祠を避けるように生えているように見えたからだ。

 どんなものが祀られているのかはよくわからないが、植物系の神霊であることは、俺がもつ聖気の性質から間違いなく、だとすればあまり植物を刈り取るのもよろしくないように思えた。

 とはいっても、流石に祠それ自体を覆い隠してしまうようなものなんかは、申し訳ないが人間の便宜のために除去させてもらったわけだが。


「こうしてみると、いい仕事をしているな。レント、お前は本当に器用だ」


 祠の全体像が明らかになって、改めてロレーヌはそう言った。

 確かに、と言ってしまうと自惚れているようであれだが、その辺のおっさんがやる趣味の大工仕事よりは明らかに優れていると言えるだろう。

 ……当たり前か。一応俺は本職のもとで修行してるからな。それで負けてたらやばいだろう。

 

「村で色々学んだお陰だ……さて、祈るか」


 色々とやったが、本来ここに来た目的はまず、それである。

 今まで俺に加護を与え続けてくれ、俺の命をつないでくれた力の根源に、感謝を捧げること。

 何が祀られているかは、あとで村の古老たちにいろいろ聞いたり、何か書物が残っていないか探したりすれば少しは分かるかもしれない、というくらいだ。

 

 俺が祠の前に跪き、手を組むと、ロレーヌも同じようにする。

 彼女がそんなことをする必要はないのだが、場の空気と言うことだろうか。

 一緒に掃除をしたのだから、彼女もまたこの祠に祀られた存在の信徒ということになるかもしれないが。


 信徒二人の神霊か……。

 どうなんだろうな。

 

 そんなことを考えていると、


 ――失礼なー。


 とどこかから声が聞こえてきた気がした。


「……? ロレーヌ。何か言ったか?」


 不思議に思ってロレーヌにそう尋ねると、ロレーヌは顔を上げて首を傾げ、


「……いや、特に何も言っていないが……」


 と返ってくる。

 気のせいかな?

 そう思って、改めて俺は祈りを捧げる。


 今まで、力を与え続けてくれて本当にありがとうございます。

 信仰心はほとんどないですが、なぜかあなたは見捨てないでくれました。

 この力がなければ、今、俺はここにはいません。

 叶うことなら、これから先も、加護をいただけますよう……。


 そんな感じだ。

 ついでに心の片隅で思ったのは、出来ればどんな神霊をこの祠に祀っているのか知りたいなぁ、どうすればわかるのかなぁ、だったが、神霊に対してその要求は不敬かと思いすぐに引っ込めることにした。

 百歩譲って頼むとしても、村でしっかり調べてからだろう。

 まぁ、神霊と言うのは大体が気まぐれだ。

 頼んだからって教えてくれるというものでもないだろう。

 そもそも俺に加護をくれたこと自体、気まぐれの最たるものだしな……。


 ――気まぐれ……祠を修理してくれた者に加護を与えるのは、神霊らしい行為だと思うんだけどなぁ……。


 呆れたような声が耳に響いた。

 

 ……おい、今のは絶対に気のせいじゃないぞ。

 が、周囲を見渡してもここにいるのは俺とロレーヌだけである。

 一体……。


「……レント。今のは私にも聞こえたぞ。この辺りには誰かいるのか?」


 ロレーヌがそう尋ねてきたので、俺は首を振る。


「周りには廃屋しかないのはロレーヌも見ただろ。たまに子供が探検に入るくらいだって。もう少しマルト寄りの村なら、盗賊とかが隠れ家に使ってる、なんてのも考えられるが、ハトハラーでそんなことする奴は流石にいないだろう」


 田舎過ぎるからな。

 それに、ハトハラーの人々は気配に鋭い。

 そんな奴がいたらすぐに見つかる。


「では一体誰が……」


 とロレーヌが言ったところで、俺はロレーヌの腹部を見て驚く。

 俺はロレーヌに言う。


「……おい、ロレーヌ」


「なんだ?」


「……その腹でもぞもぞ動いているのは、一体なんだ……」

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