「……イタタ」
と、人間らしくない声を、その
妙に響くと言うか、変わった音だった。
ただ、しっかり言葉として聞こえはした。
性別は……おそらくは、メスだと思ったが、
ただ、髪は長かったし、メスっぽい見た目だったってことだ。
そいつにジンリンが、
「大丈夫? けがはない?」
そう尋ねると、
「ダイジョウブ! ケガ、ナイ……アッ、ソウダッタ、モウ、イカナイト!」
とはっとして、それからジンリンを見て、
「タスケテクレテ、アリガトウ! ワタシ、ティルヤ! マタアッタラオレイスルヨ~」
と言って、パタパタと背の羽を動かし、どこかに飛んで行ってしまったよ。
「あ、ちょ、ちょっと待って……ああ」
ジンリンは
すぐに見えなくなった。
力はないけど、スピードは出せるってことなんだろうなと思ったのを覚えてる。
「……行っちゃったね。なんだかずいぶんと忙しいみたいだったけど」
俺がジンリンにそう言うと、ジンリンは頬を膨らませて、
「もっとお話したかったのに! 少しはお礼をしてくれてもいいと思うわ」
「お礼が欲しかったの?」
「違うわよ……はぁ、まぁいいか。そろそろ戻らないとならないのは私たちも同じ……」
とジンリンが言いかけたところで、
「……ほう? そろそろ戻るところだったのかい? なら、引きずる必要はないのかね? ジンリン、レント」
と、低く響き渡る女性の声が聞こえた。
少し枯れていて、結構な年齢の女性のものであることが分かる。
独特の圧力の感じられるその声の主を、俺たちが分からないはずはなく、後ろを振り返るのが恐ろしかったのは言うまでもない。
しかし、そうしないわけにもいかず、俺とジンリンが顔を見合わせた後、ゆっくりと振り返ると、そこには確かに予想通りの人物が立っていた。
「プラヴダお婆様……」
ジンリンが絶望的な声色でそう言った。
そこにいたのは、ジンリンの祖母、プラヴダであり、その形相はかなりの怒気に染まっているように思えた。
実際、
「あんたたち!」
とプラヴダは叫ぶ。
俺とジンリンはその怒声に背筋を伸ばした。
それからプラヴダは、
「知らない場所で、勝手にどこかに行くなんて何を考えているんだい!? 村を出る前に、あれほど言っただろう!? 村の外は危険だと。それは別に街道だけじゃなくて、知らない土地全てがそうなのだと。人さらいはどこにでもいるんだよ! それに、面白ずくで人を殺すようなとんでもない人間だっているんだ。それを……。あんたたちは、普通の子供よりも賢いと思ったから、こうして連れてきたと言うのに、あんたたちはその信頼を裏切ったんだ! 分かっているのかい!」
と、そんな前置きから始まり、それから長く、彼女の説教は続いたのだった。
◇◆◇◆◇
「……もう、こりごり、二度とあんなことはしないわ……」
今日、泊まることになった宿についたときには、日が暮れていた。
その宿の、ベッドの上で、ジンリンが疲労困憊の様子でそう、呟く。
部屋は二部屋とり、俺の両親の部屋と、俺とジンリンとプラヴダの部屋だ。
プラヴダはもう眠っている。
俺とジンリンを怒り疲れたのかもしれない。
まぁ、なんだかんだ言って最後には無事を喜び、抱きしめてくれたのだから良しとする。
俺の両親はと言えば、一応俺とジンリンを叱ったが、戻って来た時点であまりにも疲労困憊していることが見てわかったのだろう。
叱った、というよりも軽い注意だけでおしまいにしてくれた。
それでももう、こんなことはしてはならないと深く理解しているのだから、問題なかっただろう。
プラヴダは恐ろしい……。
だからこそ、ジンリンはそう言ったのだろう。
「それが賢いと思うよ……あんな危ないことはもうだめだ」
俺も精神的な疲労から、かなり疲れた声でそう言った。
すると、ジンリンは、
「そうね……大人になるまで我慢する」
と、ちょっと斜め上の発言をする。
俺はそれに驚き、
「……大人になるまでって、どういうことさ」
と尋ねた。
するとジンリンは、
「大人になったら、好きなところに行けるでしょう? そうなったら、私、冒険者になるの」
と驚くべき台詞を言った。
俺は慌てて、
「ジンリン、君は村長になるんじゃないか。君のお父さんお母さんだって、そのつもりだよ」
と言ったけれど、ジンリンはどこ吹く風で、
「すぐにならなくてもいいじゃない? それに、私じゃなきゃいけないわけでもないわ。従兄弟たちだっているもの」
と答える。
確かに、今の村長、つまりジンリンの両親が引退するまでは任せてもいいし、ジンリンの従兄弟たちが継いでもそれはそれでいい。
でも、そんなことよく思いつくな、と思ったよ。
俺はジンリンに言った。
「……君は村長になりたくないの?」
「違うわ。村長になりたくないんじゃなくて、冒険者になりたいの。私、世界を見て回りたいの。レント、知ってる? 絵本に載っているような、色々なところがあるのよ。空の島から落ちる滝とか、水に囲まれた街とか、蜃気楼のように消えてしまうお城とか!」
今でこそ、それらは本当にすべて実在していると知ってる。
けど、当時の俺にとっては……全部おとぎ話に聞こえたよ。
そんな不思議なものは、村に何一つなかったから。
だから、俺はジンリンに、
「そんなの……夢だよ。夢ばっかり見てないで、村長になる勉強の方をしないと。それにジンリン、明日がはやいから、もう寝なきゃ……僕、もう眠いよ……」
と言って、目をつぶった。
実際、本当に眠気が酷かった。
……今では懐かしい感情だな。
まぁ、ともかく、それで、ゆっくりと暗闇の中に落ちていったわけだけど、そんな俺の耳に最後に聞こえたのは、
「……もう、レントの馬鹿! 一緒に連れてってあげないわよ!」
だったな。
俺も行くのか。
そう思って、そのまま俺は眠った。
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