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第11章 山奥の村ハトハラー
第222話 山奥の村ハトハラーと隣町

「つ、ついた……?」


 朝から馬車が一日走り続け、停車したのを体で感じたんだろう。

 ジンリンが俺にそう尋ねた。

 尋ねる顔は青くて、かなり辛そうだった。

 別に病気ってわけじゃない。

 つまり、乗り物酔いだな。

 あんだけやんちゃだったのに、意外なところに弱点があるもんだよな、人って。

 対して俺は全然平気だった。

 今でもそうだけど、馬車に乗りながら本を読んだって一切酔わないからな。

 性格的には反対の方が自然なのに、不思議なもんだよ。


「……ついたよ。ジンリン。大丈夫? 無理しないで、吐いてもいいんだよ」


 俺がそう言うと、ジンリンは口元を抑えながらも、


「だ、だいじょうぶ……とりあえず、外に出て空気を吸いたい……」


 と言ったので、プラヴダの婆さんに降りていいのか尋ねた。

 すると婆さんは、

 

「やれやれ。ジンリンの父親も小さいころはそうだったね……いいよ。外に出な。ただ、荷物の積み下ろしがこれからだから、あんまり離れるんじゃないよ」


 そう言った。

 普段だったらともかく、今のジンリンの状態じゃどこかに行こうとしても出来るような感じじゃないからな。

 そんなに心配はしていなかったんだろう。

 軽い注意だけで出してくれた。

 

 馬車から降りると、そこはどこかの商会の積み下ろし場だった。

 時間帯が結構遅かったからか、あまり他の馬車はいなくてな。

 それに、なんだかんだ言って田舎町に過ぎないわけだから、ここで荷物を売る人間はそんなにいない。

 どっちかというと、ここで仕入れる商人たちのための小規模な積み下ろし場だった。

 ただ、ハトハラー産のものは、どこに行ってもそれなりに高価で買い取ってもらえるからな。

 親父も若いころ旅をして暮らしていたわけだから、その辺の値段設定は分かっていて、だから適切な値段で売買が出来たんだろう。

 そうじゃないなら、街まで……それこそマルトまで来て売った方が儲かるからな。

 ただ、そうすると盗賊や魔物の危険は跳ね上がるから、一長一短だ。

 ハトハラー程度の村が必要とする金銭収入や生活必需品の仕入れでは、そこまでする必要がないというのが正直なところだったのかもしれないな。


「……うぅ、気持ち悪い……」


 馬車から降りても、ジンリンはまだそんなことを言っていた。

 それで、積み下ろし場は屋根のある場所にあって、それがなんとなく解放感がない感じだったから、俺はもう少し開けたところにいた方が良いと思った。

 

「ジンリン、こっちに行こう」


 そう言って、少しだけ、離れた位置にジンリンを引っ張っていったんだ。

 もちろん、プラヴダの婆さんの言葉は忘れていなかった。

 そんなに離れてはいない。

 少なくとも馬車が見える位置だったからな。

 ジンリンは少し開けた場所に出て、やっと人心地着いたようだった。

 深呼吸を何度も繰り返していくうち、少しずつ酔いも収まっていった。

 

「……はぁ。なんとかなりそう……」


「それはよかったね。じゃあ、そろそろ戻ろうか?」


 と俺が言うと、ジンリンは不服そうな顔で、


「せっかく隣町まで来たんだから、ちょっと見て歩きたいわ! レント、行きましょう」


 そう言って俺の手を引っ張って、走り始めた。

 俺としてはしっかりとプラヴダの忠告が頭に残っていたから、


「だ、だめだよ! プラヴダお婆ちゃんが遠くに行っちゃダメだって……」


「いいのよ。あんなババアほっとけば。いつもいつも小言ばっかりで、たまには心配すればいいのよ」


 ジンリンはそう言ってまるで取り合ってくれなかった。

 もちろん、彼女が言った台詞は本気ではなかっただろう。

 言っている表情は腹立たしそうと言うより不安そうで、憎しみと言うよりはすねているという感じだったからな。

 ジンリンは村長夫妻の一人娘で、いずれは村を背負っていかなければならない立場にあった。

 それだけに、かなり厳しく育てられていたんだろうと今にして思う。

 俺と比べるのはどうかと思うけど、彼女は五才だったけど色々なことが出来たからな。

 読み書き計算は初歩とは言えある程度身に付けていたし、村の特産品についても作り方から作っている家まで覚えていたりとか。

 英才教育していたんだろう。

 そんな環境だったから、俺とか周囲の同い年くらいの子供が、彼女が勉強している間、かなり好き勝手にその辺を歩き回っているのを見て、いいな、と思っていた部分がかなりあったんだろうな。

 だからたまに遊びに出ると、やんちゃなことばかりしていたわけだ。

 

 当時の俺は五才の子供に過ぎなかったから、そこまで細かくは考えてなかったけど、ジンリンの葛藤みたいなものをなんとなく感じてはいたものがあったから、ジンリンにダメだと言いつつも、完全に断り切れなかったんだな。

 だから、結局、俺はジンリンに引っ張られるまま、町の中に行ってしまったよ。

 今思うと、相当良くないことだけど、な。


 ◇◆◇◆◇


「性格は今とは違うが、なんというか巻き込まれ体質なところはあまり変わっていないようだな?」


 ロレーヌが俺にそう言う。

 確かに、と俺も思う。


「当時は特に主体性がなくてな。消極的で引っ込み思案だったから、余計にそうだったかもしれない。今はどっちかというと自ら首を突っ込んでしまうようになってしまったけど」


 最近の災難、《龍》との遭遇にしても、ニヴ・マリスとの邂逅にしても、妙な興味を抱かなければ起こらなかったかもしれないことだ。

 ……俺の運の悪さからすると、また別の災難に遭ってそうな気もしないでもないけど。

 そんな俺にロレーヌは、


「ま、冒険者をやっている以上、ある程度は危険の中に突っ込むのも避けられないからな……。それはそれで仕方あるまい」


 そう言って励ます。

 確かに、それは真理だ。

 冒険者と言うのは初めから危険だと分かっている職業だからな。

 危ないのが嫌だ、というのならそもそもなること自体間違っている。

 もちろん、それでも生き残るためには注意して仕事に取り組むべきだろうが、必要な注意はまぁ、払ってきたつもりだ。

 それで死んだらそれはそれで仕方がないと言う部分もある。

 刹那的な生き方だな。

 だから荒くれ者扱いされるわけだが。


「そうだな……。ただ、当時、俺は冒険者だったわけじゃなかった。ジンリンのことは止めるべきだっただろう」


 俺は話を続ける。


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