「……悪いな。邪魔をした」
ロレーヌはレントの言葉を聞いて、すぐにそう言う。
死者との語らいは誰にも邪魔されるべきものではない。
静かに、己の内にある死者の遠い日の姿を思い浮かべるには、他人の存在が邪魔なことがある。
今は、レントが一人で死者と向き合っているところだった。
それをこんな風に邪魔するのは……。
そう思って立ち上がろうとしたロレーヌだったが、
「いや、いいんだ。
と言ってロレーヌの腕をつかみ、引き止める。
「……よくわかるな? 自分で探しに来たとは思わないのか」
「ここは村でも結構奥まったところにあるし、俺の気配は
「なるほどな……」
だから、村長インゴはここが墓所である、と最初に言わなかったのかもしれないと思う。
そう言われたら初めから遠慮してこなかった可能性が高い。
けれど、インゴにとってもレントにとっても、別にここにいるレントを誰かが呼びに来ることはおかしいことでも煩わしいことでもないわけだ。
じゃあ、いてもいいのかもな、と思って、ロレーヌは浮かしかけた腰を下ろす。
レントは続ける。
「それに、せっかくなんだ。一緒に参ってくれ。村の外で一番付き合いが長く、深い友達がロレーヌなんだ。両親も顔を見たいと思っているさ」
「……そうか。では、そうさせてもらおう」
ロレーヌはそう言って、石碑の前に跪き、手を組んで祈る。
それから、
「初めまして、レントのご両親。私の名前はロレーヌ・ヴィヴィエ。十年前から、あなた方のご子息の友人を勤めております……」
から始まって、マルトでの十年間の思い出を一通り語った。
それから、
「これからも、私たちの関係は続きます。その道行の先に光が差すよう、暗闇の果て、空の向こうから見守っていただけますよう……」
と言って締めた。
それを聞いたレントは、
「……そうやって聞くと、改めて、色々あったな」
としみじみ呟く。
全部体験したことだし、覚えてもいるが客観的に起こったことを語られると、なんだか変な感じがするのだろう。
「お前は巻き込まれ体質だからな。普通にしてても厄介ごとが向こうからやってくる……とはいえ、ここ最近の諸々に比べればそれまでの厄介ごとは冒険者にありがちなものに過ぎなかったことがよくわかるが」
「確かにな……。俺も
「何をだ?」
「
「死霊か……難しいだろうな。大半の魂はそうはならずに死者の門を潜る。その扉の向こうから魂を呼び寄せられるのは死霊術師だけだ」
「ま、そうだな……。別にそこまで本気だったわけでもないんだ。だからいいさ」
と、レントは口では言うものの、表情は少し沈んでいる。
そこまで本気ではなかった、というのは事実にしても、自分で思っている以上に期待してた部分もあった、という感じなのかもしれなかった。
「掘り返すようで悪いが、ご両親は……確か、魔物に襲われて亡くなられたんだったな」
割と踏み込んだ発言だったが、墓を目の前にして触れないのもおかしい。
話したくないなら話さないだろうし、その場合には即座に話題を変えればいいと思い、ロレーヌは思い切って言った。
するとレントは、
「ああ、そうだ。あれは村での特産品を売りに隣町に行くときのことだったな……運が悪かった。普段なら行商人に持ってってもらうんだが、いつも来ていた行商人の到着が遅れててな。冬が目前に迫ってて、現金収入と必需品の購入がどうしてもその時期に必要だった。だから、俺の両親と、俺と、村長の母親と、村長夫妻の娘とで、隣町に向かったんだ……」
◇◆◇◆◇
俺の両親の名前はそこの墓に書いてあるな。
父がロクスタで、母がメリサ。
父はどちらかというとごつい顔つきの人で、体もがっしりしていたな。
俺とはパッと見、そんなに似ていなかったような気がするが、目は似ていたみたいだ。
今でも、義父さんや義母さんはそう言うよ。
母は……俺は母似みたいでな。
骨格とかは母によく似ていると言われる。
ただ、母は相当な美人で、かなりもてたらしい。
当時、父と結婚してしばらく経っていたが、冗談交じりに求婚されることもあるくらいだったな。
まぁ、当然すげなく断っていたが。
村長の母親は、つまり今の俺の義理の祖母だな。
彼女は、前に言った薬師の婆さんと似てる。
姉妹なんだから当然な訳だが……名は、プラヴダと言った。
薬師の婆さんを細面にして、意地悪度を三、下げたような顔だ。
よくわからないって?
まぁ、今日の宴では婆さん見かけなかったが、明日会いに行けば俺の言ってることが分かるよ。
ガルブの婆さんは見るからに意地悪婆さんで、実際に意地悪婆さんだからな。
村の子供たちは大概、あの婆さんを恐れているくらいだからな。
付き合ってみると意外と優しいところも見えるんだが……それは今はいいか。
プラヴダの婆さんは、村長一族の名代として一緒に行くことになったんだ。
で、村長の娘は、婆さんの仕事ぶりを見るためと、あと、俺が行くからだな。
俺と、彼女は仲良かったんだ。
というか……まぁなんだ。
半ば許嫁、みたいな感じでな。
俺の両親と村長夫妻は仲のいい幼馴染で、お互いの子供同士を結婚させようとしていたわけだな。
断る権利ももちろんあったが、当時、俺は五才だし、特に気にしてなかった。
実際、仲もよかったし……大人になったらまた、考えたのかもしれないけど、そのときは漠然とそうなるんだろうな、とくらいにしか考えてなかった。
ま、それはいいか。
そんなわけで、そういうメンバーで隣町に行くことになったのさ。
きっと楽しい旅になるんだろうと思っていた。
隣町だから、旅、なんて言えるほど長い道のりでもなかったけどな。
ハトハラーの村にある馬車はどれも大した体力のある馬がいるわけじゃないから、それでも二、三日がかりの大事業だったのさ。
それが……結果としてどうなったのかは、もうはっきりしてるよな。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。