ファーリの言葉にひどく心当りがあったロレーヌは苦い顔をして、
「……なんであいつはそんな風になってしまったのか……」
と冗談交じりに言う。
レントの性格は確かにファーリが言ったように、美人だからどうこうとかかわいいからどうこうとか、評価の次の行動にはそうそう移る感じではない。
昔からそうで、十年一緒にいても浮いた話一つ聞いたことがなかった。
劇場の人気役者じゃないのだからそんなに禁欲的に生きなくてもよかろうに、と自分のことを棚に上げて思ってきたロレーヌである。
だから、そんなことを言ったのだ。
しかし、ロレーヌの台詞はなぜか、思いのほかリリとファーリには深刻に受け止められたようだ。
二人の表情が僅かに曇ったのをロレーヌは感じ、あぁ、また自分は地雷を踏んだのか……と思う。
思うが、もう言ってしまったので、能天気なふりをして徐々に話題をずらすしか方法がない。
何か言おうと口を開こうとするも、ロレーヌより先にファーリが言う。
「レン兄は、昔のことがあるから……やっぱりどうしても、ってことなんだと思います」
昔の事?
なんだろうと思っていると、リリが、
「そうね。でも、もうどうしようもない話だわ。忘れて……なんていうのも違う気はするけど、そろそろ前を向いてもいいころよ」
と言う。
よほど深刻なことがあったようだが、突っ込んで聞くのもこれはよろしくないような気がする。
「ロレーヌさん、レン兄は……」
ファーリがそう言いかけたが、ロレーヌは首を振って答えた。
「その先は私も聞きたいが、レントがいない場所で聞いてしまうのはよくない。今はやめておこう」
「……そうですか。そうですね……すみません、余計なことを……」
ロレーヌの言葉に、ファーリは申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「いや……」
ロレーヌはそれに、曖昧に首を振った。
別に余計なことでもなんでもない。
リリにしろファーリにしろ、レントのことを心配しているからロレーヌに何かを言おうとしたことは、分かるからだ。
レントの昔に何があったのかは分からないが、何か心に傷を負う出来事があった。
そのことを、マルトで長く友人関係を続けているロレーヌに知ってもらい、フォローなりなんなりしてもらえたら、と考えたのだろうと。
それは悪いことではない。
むしろ、深く心配しているからこその行動だ。
ただ、ロレーヌは聞くなら本人から聞かなければならないと思っただけで、本来は言い触らさないならここで聞いても問題はない。
けれど、ロレーヌは冒険者で……冒険者の心得にあるのだ。
隣にいる冒険者の過去を詮索してはならない、と。
規約に書いてあるわけでも、誰かがそういう決まりを作ったわけでもないが、冒険者の良心が自然とそういうルールを冒険者たちに浸透させた。
その理由は、冒険者はいずれも脛に傷を持った者ばかりで、過去なんて詮索するととんでもないものが掘り返されたりする場合があるから、というひどく現実的な事実にあるが、今ではどちらかというと、冒険者同士の気遣いに近いルールになっている。
そこからすると、レントの過去を……それもおそらく今の彼を形成するに至った重要な話を、他人から聞くのは許されない。
ロレーヌはそう思ったのだ。
ただこの辺りの話は冒険者特有の感覚で、リリとファーリにはうまく伝えられないところだ。
だからこそ、微妙な物言いになってしまったが……。
申し訳ない気分になって、ロレーヌは二人に言う。
「レントを心配して何か言おうとしたことは分かるから、気にしないでくれ……それに、まぁ、あとで本人にそれとなく聞いてみようとも思う。それで話したくなければ話さないだろうし、話してもいいことなら普通に話すさ。あいつと私はいつもそうやってきたんだ」
それはロレーヌからしてみれば何気ない台詞だったが、リリとファーリはすこし眩しそうな顔をした。
それからリリは、
「レントとロレーヌさんは……仲がいいのね」
と言い、ファーリも続けて、
「分かちがたい絆が見えます……」
と言った。
一体何の話だろう、と一瞬思うロレーヌだったが、二人の言うことは間違ってはいないかなと思いつつ、
「確かに仲はいいし、絆もあるだろうな」
冒険者関係とか友人関係とかそんな方向で。
そういう意味の台詞で、特に深い意味はなかったのだが、それを聞いた二人が、なんだか妙にがっかりしていて不思議に思ったロレーヌだった。
それから、
「あぁ、そうだ。そろそろ幻影魔術でも披露しようかと思うのだが、やってもいいかな? まずいならやめておくが……」
と話を変えると、リリが、
「あ、あれもう一回見たかったのよね。今すぐに……」
と言いかけたが、ファーリが慌てて、
「待って、待ってリリちゃん! いきなりあれをやったら魔物の襲撃だと勘違いされるよ! まず村長さんに話を通して、みんなに周知してからにしないと!」
と止める。
確かにこの場合はファーリの考えが正しいだろう。
こんなところに唐突にタラスクが出現するわけもないが、
これから幻影魔術を使うけれど、安全なので心配なさらずに、とみんなに先に伝えておく必要があるだろう。
あと、老人と子供には刺激が強いかもしれないから、動悸が出たり、精神によくない影響が与えられる、と思ったら見えないようにも出来るということも伝えてもらった方が良いかもしれない。
そんなことをリリとファーリに言うと、二人は頷いて、村長――つまりはレントの義理の父のところに駆けていった。
ロレーヌも行こうと思ったが、二人はロレーヌが手に持っている酒杯を見て、そこで待っているようにと厳命した。
……かなり酔っていると勘違いされたのだろうか?
リリたちが呑んでいるものと、ロレーヌが呑んでいるものとは、酒杯の形で中身が分かるようになっていて、ロレーヌのそれは火酒であることが明らかだ。
これを持っている村人たちの多くが、ふらふらとした足取りで、今にもかがり火に突っ込みそうな有様であるから、そう判断されるのも仕方がないかもしれないと思う。
実際はどうかと言えば、さほど酔ってはいない。
酒精には強い質で、滅多に酔ったことはないのだ。
酔ったふりをすることはあるし、雰囲気で酔ったような感覚になることはあるが、いつも頭は冴え渡っている。
そんなことを考えていると、
「伝えて来たわ! 村長がみんなに言っておいてくれるって」
と言いながらリリとファーリが戻って来た。
たしかに、直後、村長の声が聞こえた。
その内容は、概ね先ほどロレーヌが頼んだ注意事項を伝えるものだ。
それと、場所は今村長がいる辺りで、とも言っている。
これでは最初からリリたちと一緒に行っていたほうがよかったな、二度手間だった、と思うが、歩き始めたロレーヌの両横にリリとファーリがついた。
「……どうした? 両手に華で私は嬉しいが……」
とロレーヌが冗談交じりに言うと、リリが言いにくそうに、
「……だって、流石に酔ってるんじゃないかと思って」
そう言った。
それにロレーヌは、
「全く酔ってないぞ。と、酔っぱらいが言っても信じられないとは思うが……普通にまっすぐ歩ける。ほら」
と言って一切揺れずにまっすぐ歩いて見せた。
するとそれを見た二人は驚いた顔になり、ファーリが、
「……大の大人でも一杯飲めばふらふらになるハトハラーの火酒を飲んで、あんなにしっかりしてる人、初めて見たよ……」
と言う。
「そうか? 四杯目なのだが……」
とロレーヌが返すと、リリが、
「……化け物ね」
と呟いた。
しかし、本当に問題ないとそれで分かってもらえたようで、村長のところへは自分の足で行かせてもらえたのだった。
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