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第11章 山奥の村ハトハラー
第214話 山奥の村ハトハラーとロレーヌの興行

 滅多に見ることが出来ない巨大な魔物に向かって、一人のローブ姿の男が走る。

 顔の下半分には、骸骨を象った不気味な仮面を身に着けているが、ローブの隙間から見える目元には鋭い眼光が輝いていた。

 タラスクと呼ばれる、毒を吐く魔物を前にしてもその男は一切の怯えも見せず、ただ剣を抜いて距離を詰めていく。


「グルアァァァァ!!」


 男の接近にタラスクは、そんな耳をつんざくような叫び声をあげるも、男の動きは一切の影響を受けなかった。

 恐ろしいほどの胆力、覚悟であり、自信であった。

 自分なら確実にこの強大無比な魔物を倒せるという不遜に近い自信がなければ、あの巨大な建造物が破壊されたかのような轟音にも似た声に、あそこまで無反応ではいられないだろう。

 かの男は、その自信が未熟ゆえの勘違いではなく、無数の経験と修行により正しく身に付いた正確な観察眼のなせるものであると証明すべく、タラスクの眼前に辿り着くと同時に、飛び上がり、初めから狙っていたのだろうその首筋に、片手直剣による一撃を叩き込む。

 その剣は決してとてつもない名品という訳ではないことは、剣の装飾や輝きから理解できる。

 ただ、名品ではなくとも、実直な品であることも同時に分かる。

 男が剣に求めるのは自分の命を預けるに足る信頼であり、確かにその剣には命を預けるべき重みが感じられた。

 淡く光を纏っているのは、男が気の使い手だからであり、剣はその力を正しく受け入れている。

 極限まで凝縮された気の力は、ときに武具を破壊することすらあるという。

 男の気の力は凄まじく、一般的な剣であればきっと折れていただろう。

 しかし、今、彼の持つ剣はそうはなっていない。

 そのことがその剣を作った職人が確かに優れた職人であったことの証明だった。

 そんな剣の出来に、男は満足が行っているのか目を細め、タラスクの首筋を見つめる。

 そこに向かって、淡く輝く気の剣が振り下ろされる。

 しかし、 


 ――ガキィン!


 男の剣はタラスクの鱗に命中すると同時に、そんな音を立てる。

 見れば、タラスクの首筋に生える鱗は、男の一撃でもって割れ、また剥がされてはいるが、その内部に至る部分については鱗が防具となって傷を与えることが出来ていなかった。

 流石は、タラスク、ということだろう。

 一筋縄ではいかない存在であることははっきりしていたが、現実に相対して男はその事実に改めて気づいたに違いない。

 けれど、だからと言って男は決して怯えに呑まれも、また討伐を諦めることもなかった。

 むしろ、思った以上に強敵だったことに喜びを覚えたように細められた目の奥、瞳の色が輝いてタラスクを見つめる。

 

 狙うはどこだ?


 もう一度、首筋だ。


 一瞬でそう考えた男の判断に間違いはないだろう。

 一度、男の攻撃で鱗を剥がされている部分がある。

 そこを狙えば、もうそこは鱗と言う防具の無い無防備な場所だ。

 今度こそ男の気の一撃が叩き込まれるに違いないのだから。


 しかし、タラスクの方もそんなことは誰に指摘されるまでもなく理解しているのだろう。

 男の方に向き直り、決して二度攻撃はさせぬぞという顔つきで男を睨みつける。

 そして、唐突にぱかり、と口を開いた。


 一体何が、と思っていると、そこから紫色の息が物凄い勢いで噴出される。

 毒の息であった。

 タラスクの最も得意とする技であり、それを直接浴びた者は数秒となく溶解し、骨へと姿を変えることもあると言われる強力な毒。

 流石の男も人間である以上、毒に対して無敵とはいられない。

 このままでは危険……なはずだった。


 けれど、男もタラスクと戦うにあたって何も考えずにここに来たわけではなかった。

 見ると、男の体から青色の光が噴き出ていた。

 それは、聖なる輝き、

 男はタラスクと戦う直前に、聖水によって自らの体に浄化の光を纏っていたのだ。

 タラスクの強大な毒気の息も、神の加護に基づく浄化の光の前には無力に等しい。

 男は毒の息の中を、まるで小雨の中を進むかのごとく、何も気にせずに走っていく。

 タラスクはそんな男の動きに気圧されたのか、その巨体を一瞬後退させた。

 しかし、タラスクにとって、矮小な存在に過ぎないたった一人の人間に対して、そんな怯えを抱いたと言う事実には認められたことではなかったようだ。

 即座に後ろ脚を踏ん張り、男を攻撃すべく、毒の息を吐き続けたまま前進する。

 男に、その巨体だけで破壊の嵐を巻き起こせそうなタラスクが迫るも、男はまるで焦らない。

 男の表情は、今にも口笛でも吹きだしそうなほどの余裕に満ちていた。

 あの程度の巨体が何だ、と。

 毒の息など効かぬと。

 ただ、すべて自分の的に過ぎないのだと。

 そう言いたげな、いっそ不遜なほどの自信に満ちた男は、近づくタラスクの突進が目前に迫ったその時に飛び上がり、その背中の甲羅へと飛び移る。

 そして男を見失ったタラスクが慌てている間に、甲羅からその長い首へと駆けのぼった。

 狙うは、先ほど剣を打ちこんだ場所と同じところ。

 男の狙いはぶれない。

 剣を構えたそのときには、男の目には正しく、鱗のはがれたその首筋がはっきりと標的として映っていた。

 その時に至って、タラスクは始めて男が自分の首を駆けのぼっていることを理解するが、時すでに遅し。

 男を振り落とそうと首を動かす前に、男は自ら飛び上がり、そして剣を振り上げていた。

 

「グルアァァァア!」


 それはタラスクの懇願だったのかもしれない。

 やめてくれと。

 剣を振らないでくれと。

 ことここに至って、きっとタラスクははじめて自分が狩る側ではなく、狩られる側であることを知ったのだ。

 目の前にいる、本来なら魔物に捕食されるべき小さな人間の男に、自分を凌駕する実力があることをやっと認めたのだ。

 

 けれど、魔物の懇願など、男にとっては意味をなさない。

 なぜなら、男は冒険者。

 魔物を狩り、そして倒すことによって報酬を得る者。

 悲しげに叫ぶ魔物の声に耳を貸していては男の商売は上がったりなのだ。


 ただ……。


「……悪く思うな」


 剣を振り下ろす直前、そんな声が男の口から洩れたのは、気のせいだろうか。

 魔物であるとはいえ、命を奪うことに何も感じていないわけではないことが、その小さな声から察せられた。

 けれど、そんなささやきとは裏腹に、男の剣は躊躇なく、タラスクの首筋へと降りていき……。


 ――ザンッ!


 という小気味よい音と共に、その首を切り落としたのだった。

 数秒遅れて、


 ――ゴゴォン!


 という轟音が聞こえる。

 命を失ったタラスクが、地に倒れ伏した音は、振り向かない男の耳に、命の重さを伝えているような気がした……。


 ◇◆◇◆◇


 ……少し、演出過剰だったかもしれない。

 本来、エーデルが色々と活躍したのも知っているが、あれを出すと説明が面倒だしな……。

 それにこの方がかっこいいじゃないか。

 倒すのに魔気融合術や聖気を使ったと言うのも聞いているが、レントにとってあれらは切り札だろうし、その辺は気である、ということで濁しておいた。

 セリフ回しはあれだ。

 趣味だ。

 

 さて、反応はどうだろうか……。


 ロレーヌがそう思って、リリとファーリを見ると、未だ倒れ伏したタラスクの前にたたずむローブ姿の男の幻影に、目を輝かせている二人の姿が見えた。


 それを見て、よし、完璧だ。

 レントの威厳を保つことにどうやら成功したようだな。


 ロレーヌはそう思って、深く満足したのだった。


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