「これは……」
「亀っぽいですけど、長い首を見ると……竜、ですか?」
リリとファーリが目の前に出現したその魔物を見て、そう呟く。
ロレーヌは答える。
「いや、竜族ではなく、亜竜族の一種だな。その中でも倒すためには金級程度の実力が必要とされる、かなり強力な魔物だ。固い甲羅に、六本の足、鱗も弓矢くらいなら簡単に弾く耐久性を持つという恐ろしい存在だ。ただ、もっとも危険なのは、そう言った《固さ》ではない。こいつは毒を吐くんだ。その血肉もすべて強力な毒を帯びている。こいつが住んでいると、その周囲は毒の沼地へと姿を変えていき、最後にはそんな毒の世界をこそ住処とする特殊な生き物たちの楽園になってしまう……」
まさに《タラスクの沼》とはそうやって形成された場所だ。
あそこに棲んでいる生き物は、すべてタラスクの毒に耐えられるものだけだ。
あんなところに棲むとは気がしれないと思うが、生き物と言うのは不思議なもので、長い年月をかけて馴染んでしまうらしい。
タラスクの毒は普通の人間が摂取すれば数分と経たずに死に至る強力なものだが、《タラスクの沼》に棲む彼らにはまるで関係ないらしい。
だからこそ、冒険者たちは行きたがらないわけだが……そういう場所にしか生えない《竜血花》のような特殊な素材もある。
場合によっては行かざるを得ないのが冒険者の辛いところだった。
その点、今のレントは少しずるい。
なにせ毒が全く効かないのだ。
出来ることならロレーヌも同じようなスペックを持った体が欲しいくらいだが、欲しがったところで得られるものでもない。
《龍》に遭えばいいのか、食われれば確実にああなれるのか、と言えばそういうわけでもないだろう。
「これも、レン兄は退治したのですよね?」
ファーリがそう尋ねたので、ロレーヌは頷く。
「ああ。こいつに関しては定期的に狩っているな。鱗や甲羅なんかが武器や防具のいい素材になるから、金になるんだ」
「えぇ!? でも、毒があるんでしょう? 大丈夫なの?」
リリがすぐにそう聞き返してきたので、ロレーヌは、あぁ、そうだったと思い、けれど正直に答えるわけにもいかないので一般的な手法の方を答える。
「色々と方法はあるんだ。でなければ誰も狩って来れないからな。たとえば、強力な聖水で自らに浄化をかけ続ける、とか、毒の軽減・無効化が出来る魔道具を身に付けていく、とかな。その辺りは私もレントに詳しく聞いているわけではないが、いつも無事に帰ってきているのだから対策はしっかりしているのだろう」
この辺は、レントの方で調整してもらうために適当に濁す。
本来はただ単純に毒が効かないだけだが、そんな人間いるはずがないからな。
……いや、特殊な訓練をした暗殺者の類はそういうものが効かないこともあると聞くが、レントは別に暗殺者ではない。
仮面被ってローブを身に着けたあの格好は暗殺者そのものかもしれないけれど。
ロレーヌの答えにリリとファーリは安心したようで、まずリリが言う。
「それなら、良かった……レント、たまに無茶するから」
「そうなのか? 考えなしのように見えるときもあるが、あれで色々考えて行動しているタイプだと思うがな」
実際、うすぼんやりとしていることが多いように思えるレントだが、こうと決めると恐ろしいほどに狡猾に行動することも出来るタイプである。
レントが銅級なのに、新人向けの講習を行ったり、アドバイスをしたりしているのを見て、たかが銅級のくせにといきがる新人冒険者がたまにいる。
そういうのがレントにちょっかいを出し始めると、レントは初めのうちは至極まともに、かつ穏やかに対応するのだが、どうしようもないとなると立ち直れないくらいに追い込んだりもするのだ。
まぁ、それは殺すとか四肢をすべてもぐとかそういうことではなく、ただ、冒険者としてはもうやっていけないようにする、とかマルトに住みにくくする、とかそういうことなのだが、それでも十分に恐ろしい。
謀略だけに生きたらレントは何かとてつもないことすらやることが出来るのではないか、と思ってしまうほど。
やらないのだろうけど。
「それは、その通りなんだけど……昔、大人の許しなしに森に入った子供がいたことがあるんだけど、そのとき、レント、一人で森に入って魔物と戦って帰ってきたことがあるのよ。自分も子供だったのに」
リリがそう言ったのに続けて、ファーリも言う。
「あったね、そんなことも。あのとき狩りに出れる大人がみんな、ゴブリンの巣の駆除に出かけてたんだっけ」
「そうそう。それで、レントが自分が探してくるって無茶を言って……血だらけで帰って来た時、息が止まりそうになったわ」
「……あいつは昔からそんな無茶を……」
ロレーヌは眉を顰めつつ、言う。
基本的に、しっかりと計画立てて効率的に動ける奴なのだが、誰かの命がかかっているとき、それを自分の命でどうにかできそうな時は、自分の命を顧みずに突っ込んでいってしまうようなところがレントにはある。
自己犠牲を厭わないと言うか、人が良すぎると言うか。
ふつう、村の子供がそんなことになったら、探しに出れる大人が来るまで待つか、諦めて見捨てるものだ。
レントにはそれが出来なかったのだろうというのは容易に想像がつく。
「ま、今はそこまでの無茶はして……いないかもしれないな。少なくとも魔物相手には」
ニヴ・マリスのことを考えるとそうも言えない気もするが、今のレントなら、迷宮の魔物程度ならそうそう遅れはとらない。
そもそも遭遇すること自体少ない。
「レントはそんなに強いの?」
ロレーヌが言外に込めた意味には特に気づかなかったようで、リリはそう尋ねてきた。
ロレーヌはそれに対して、幻影魔術でもって答える。
タラスクの幻影の前に、レントの幻影も作り出した。
「レント!?」
「レン兄!?」
二人は驚いてそう言うが、ロレーヌは、
「あれは私が作り出した幻影だ。今からレントとタラスクの戦闘を再現してみようと思うんだが、見てみるか?」
そう言った。
実際に見たわけではないが、大体どんな風に戦ったのかは聞いている。
タラスクとはロレーヌも戦ったことがないわけではないし、概ねこんな感じだろう、という動きは再現できるのだ。
ロレーヌの言葉に、リリとファーリは頷いて、
「見たいわ!」
「見れるならお願いします」
そう言ったのだった。
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