「……本当だ。触っても何もないわ……」
「不思議だねぇ、リリちゃん。これは魔術ですよね?」
ファーリがロレーヌにそう尋ねた。
「あぁ、そうだな。この村には魔術師は……?」
基本的に魔術師の数は少ない。
生活魔術であっても使えない人間の方がはるかに多いのだ。
ただ、小さな村であっても、魔力持ちは計算上一人くらいはいてもおかしくはない。
魔力を持っていても、その使い方や理論を知らなければ使えないけれど。
ロレーヌの質問に、ファーリは、
「薬師のガルブのおばあさまが錬金術を身に付けている人なので、その関係で魔術も使えるみたいです。でも、人前で見せてくれることはまず、ありませんから……。こんな風にはっきり魔術を見たのは初めてですよ」
と答える。
レントが言っていた例の薬師か。
村人が作るにしては効果の高すぎる薬を作る、という話だったが、なるほど錬金術を身に付けているのであれば納得は行く。
しかし、レントはそんな話はしていなかったな、とロレーヌは思う。
それに、なぜかリリが、
「ちょっと、ファーリ。それは私も初耳なんだけど。ガルブおばあちゃんって魔術師なの?」
と尋ねた。
その質問にファーリは少し、しまった、と言う顔をして、しかし言ってしまったものは仕方がないと諦めたのか、
「……うん。そうだよ。秘密だったんだけど……」
「秘密って。なんでよ」
リリが尋ねるとファーリは、
「村に住むにあたって、魔術が使えるってことを言うと、よくないからだって」
「その割に簡単に言ったけど……」
「だって、ロレーヌさんは魔術師だから。魔術師には魔術師が分かるからそのときは無駄だって言ってたの」
ファーリの言葉に、ロレーヌは確かに、と思う。
普通の人間には分からないが、魔術師は注意を払えば相手に魔力があるかどうかくらいは分かる。
はっきりと目で視認できるのはロレーヌのような特殊な人間だけだが、魔力の気配、圧力を感じることは魔術師ならば出来る。
まぁ、それにも熟達した感覚が必要になってくるので、必ずしも誰にでも出来るというものでもないが、そういうものだと思っておいた方が油断せずに済むだろう。
そして、その感覚から言うと……。
「……ファーリにも若干の魔力があるようだが、ファーリがその人が魔術師だと知っていることと関係が?」
ロレーヌがそう尋ねた。
すると、ファーリは頷く。
「はい。私、ガルブおばあさまに薬作りを教えてもらってて、ちょっと魔力があるみたいだから錬金術もそのうち教えるって言われてて」
「なるほどな」
ということはまだ教わってないわけだ。
ロレーヌがほとんど無理やりアリゼの魔力を自覚させたのと異なり、ファーリの場合はゆっくりとそれを行っているのだと思われた。
そういうものだ、と言って押し切ったところがあるが、実のところあれはあれでそれなりに危険で、教える方の技術が足りなければ相手は死にかねない。
普通は、軽く魔力を流したらその日は終わり、というのを何日も何週間も繰り返すものだ。
ガルブはそちらのやり方をしているのだろう。
弟子を大切に育てようとしている意志を感じる。
「ファーリだけずるいわ。私も魔術を使えるようになって、こういうの出せるようになりたい!」
リリが少しぷんすかしながら骨巨人の幻影を指さしつつ言うも、ファーリは特に怯えず、おっとりした声で、
「リリちゃんだって、狩人のハディードおじさんに何か教えてもらってるでしょ? この間、森で剣鉈で丸太を切っているの見たよ。弓もなんだかものすごい良く飛んでたし……」
と言う。
リリはファーリの言葉に驚いたように目を見開いて、
「あ、あんた見てたの……」
そう言った。
ロレーヌはと言えば、ファーリの話した内容でピンとくるものがあり、
「……《気》か。私は専門外だからよくわからないが、色々と出来るらしいな?」
と言った。
レントも身に付けている技術であるが、これもやはりなるほど、と言う感じだ。
一体どこで、と思っていたが普通に村で使われている技術だったわけだ。
しかし……普通の山村に使い手がいるような簡単な技法ではないはずなのだが、という疑問はある。
まぁ、腕のいい武術家が老後、田舎に引きこもってその技術を細々と教え、連綿と受け継がれていく、ということはなくはないので、何をどう考えてもおかしい、というほどでもないのだが……。
なんだか色々といる村だな、という印象だ。
だからこそこんな山奥でも普通にやっていけるのだろうな、という納得もあるが。
ロレーヌの言葉に、リリはやはり目を見開いて、
「な、なんで分かるのよ……」
と言ってくる。
ここまで話してよくわかったが、あんまり心の内を隠すのに長けた少女ではないらしい。
反対にファーリの方は柔らかな笑顔を浮かべているが、その奥底は読めないようなところがある。
中々油断できない少女なのかもしれない、と思った。
「私はこれで冒険者だぞ、《気》の使い手くらい何人も知っている……っと、言っていなかったか?」
自己紹介したときはレントの友人としか言っていないし、リリの口からはロレーヌのことは学者だと聞いていることしか言われていないことをふと思い出す。
「ええ……てっきり、学者だけやっているのかなって」
「学者もやっているし、魔術師と錬金術師もやっている。どれか一つに絞るべきなのかもしれないが、気が多くてな。やりたいことは全部やることにしているのさ」
普通であればそれだけ手を出せばどれかは疎かになるものだが、ロレーヌの場合はどれも一流である。
本来は気が多い、で済ませられるようなことではないのだが、その辺りの事情は二人には分からない。
ただ感心した顔をしている。
「だから、《気》のことが分かるのね……」
「まぁ、そういうことだ。私は使えないけどな」
身近にレントという使い手もいることだし、良く知っている。
使っているところも何度も見たし、その性質はかなり深く知っていると言っていい。
一度、修行してみようかなと思ったこともないではないが、レントに修行方法などを聞いた限り、かなり肉体的にきつそうなので自分には向いていなさそうだと諦めたロレーヌだった。
「しかし、二人ともすごいな、かたや魔術師、かたや気の力を身に着けた狩人か。少し経験を積めば冒険者としてもやっていけそうなほどだ……」
少なくとも、才能、という面についてはそれで問題がないだろう。
経験はそれこそその辺の魔物をこつこつ倒していけばそれでいい。
冒険者など、そうそう村から出てくるものではないが、レントに続いてあと二人、しかも魔術師や気の力を使える戦士を輩出できるとなると……やっぱり変わった村だと思わざるを得ない。
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