「レン兄って、マルトで冒険者をしてるんですよね。どんな感じなんですか?」
眠そうな顔つきをした方の少女、ファーリがまず、ロレーヌにそう尋ねた。
その表情は期待に満ち溢れていて、レントの華々しい活躍が聞きたそうに見えた。
隣のリリも、やはり似たような表情をしていた。
しかし、どうしたものか、とロレーヌは思う。
ここ十年のことを言うのなら、レントは活躍していない、とは言わないが、その内容は地味なものになる。
新人冒険者たちの世話を色々とし、冒険者の死亡率の低下に貢献していた、とかそんな話になるからだ。
それはそれで面白い内容なのだが、《冒険者》と言ったとき、まず思い浮かぶ活躍の内容はそういうことではないだろう。
となると、やはりここ最近の話を中心にした方が良さそうだな、と思う。
ランクのことは適当に濁しておこう。
「そうだな……レントはマルトでは有名な冒険者だと思うぞ。面倒見が良くて、新人たちからは慕われている」
「やっぱり都会に行ってもやってることはあんまり変わんないのね」
リリがロレーヌの話を聞いて、そう言った。
ロレーヌが首を傾げて、
「というと?」
と尋ねると、リリは言う。
「ハトハラーにいたときも、年下の子の面倒とかよく見てたから。都会に行っても同じことしてるんだなと思って」
「なるほどな……」
妙に面倒見がいい性格は、ここで形成されたらしい。
このリリとファーリも、そうやってレントに面倒を見てもらったのだろう。
「ねぇ、魔物は? 冒険者は魔物を倒すのが一番の仕事なんでしょ。村でも狩人のおじさんたちがたまに魔物を狩ってるけど、マルトには迷宮があるっていうし、やっぱり強いのがいっぱいいるの?」
リリがそう聞いてきたので、ロレーヌは少し考える。
レントが主に狩って来た魔物はスライムやゴブリン、それに
もちろん、普通の村人からしてみれば、おそろしい相手なのだが、昔話や絵本などで出てくるそれらは蟻のように倒されてしまうことが多く、それらと戦った話をしたところで面白いと聞いてくれる人は少ない。
スライムについては結構、商人なんかは食いつくことが多いのだが……。
なにせあれは、美容に非常にいいし、
商品として扱うには悪くない魔物なのだ。
これを大量に捕獲できる冒険者などは重宝されるが、村人にその辺りの事情は分かるわけもない。
となると……やっぱり分かりやすいのは巨大
でかい魔物を倒した、というのはどこで話しても面白がってもらえるネタである。
ロレーヌも遠出したときの村の酒場などで何か武勇伝を、と言われたらとにかくデカい魔物を倒した話をする。
こういう話は、冒険者たちにはむしろ好まれないと言うか、正確な魔物の強さの序列を知っている者たちからすると、あいつはデカいだけじゃん、などと言われることも少なくないのだが、普通の村人にはとにかくウケる。
たとえば、全長10メートルはある
聳え立つ岩山の頂上近くに住む、巨大な飛竜を、数十もの氷の槍の魔術で貫き、墜落させ、地上に落ちたかの飛竜の首を風刃をもって切り落とした……。
という話を出来るだけ華々しく話すのである。
それに加えて、広場などあれば、そこで投影魔術を使い、実際に
立体的に投影された巨大な飛竜の姿は、それだけで村人たちを震え上がらせるに余りある。
こんなものを倒したのか、たった一人で、という畏怖と尊敬の目がロレーヌに向かい始めるのだ。
そうなるとしめたもので、ひたすらに歓迎される。
酒や食事がどんどん運ばれ、かなり割引されるか、場合によっては無料となる。
別にそのために話しているわけではないのだが、役得であった。
ただ、実際のところ、
加えて、大きいと魔術も当てやすく、住処まで分かっていると周囲にひたすら魔法陣を構築し魔力を充てんしておいて、飛び立つところを狙って一斉掃射ということも出来るので、正直言って倒すのはとても簡単なのであった。
なのでそんなものを倒したことを誇って色々便宜を図ってもらうのに申し訳なく思うこともよくある。
けれど、そう思って、現実に強い魔物と凄惨な戦いを繰り広げたことを語ると却って引かれたり、ピンと来ない顔をされたことがあるので、やはり空気を読んで大きい魔物を狩ったことを話すが一番いい選択なのだろう、と今は思っている。
そんなロレーヌの感覚からすると、リリとファーリに話すべきレントの魔物討伐、その相手は……。
「……確かに、マルトには迷宮がある。《水月の迷宮》と《新月の迷宮》だ。出現する魔物は……まぁ、ピンキリだな。レントはどちらも潜るが、前は《水月の迷宮》に頻繁に潜っていた。そのとき、遭遇した魔物が……
ロレーヌはそう言って、魔術を使い始める。
すると、村長の家の前に、巨大な骨の巨人が出現した。
「ひっ!」
「な、なに……?」
と、リリとファーリは目を見開いてそれを見る。
その体で簡単に家を潰してしまえるような巨体が突然現れて、驚かないと言う方が無理だろう。
もちろん、ただの幻影であり、実物ではなく、物体をどうこうする力は一切ないが、それでも唐突にこんなものを出して、他の村人が通りかかったら驚くことも考えて、幻影が見える範囲はしっかりと設定してある。
ここにいる、リリとファーリ、それにロレーヌだけに見えるくらいの狭い範囲だ。
「……心配しなくていい。ただの幻影だからな」
ロレーヌが二人にそう言うが、信じられないようで、
「でで、でも、はっきりそこに見えてるわ!」
「そ、そうです」
そんなことを言っている。
まぁ、気持ちは分かる。
こんなもの、山奥の村にいたら見る機会などないだろう。
そもそもこの投影魔術はそれほど使える者は多くない。
ロレーヌだからこそ何気なく行えているが、色々と複雑な魔術の制御が必要なのだ。
マルトでも突然だしたらびっくりされること請け合いである。
そのため、ロレーヌは、しっかりと安全だと分かってもらうべく、幻影を動かし、自らが触れる。
「ほら、問題ないだろう」
しっかりとそこにあるように見えるのに、ロレーヌの手が触れようとすると、
引けばしっかりとロレーヌの手は存在しているのが分かるので、リリもファーリもそれを見て、本当に安全そうだ、と思い始めたようだ。
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