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第10章 旅
第205話 旅と到着

「ありがとうございます。お二人のお陰でずっと美味しい食事が食べられました! もしマルトで会えたら、何かごちそうしますね!」


 馬車から降りた若い女性がそう言う。

 その隣の父親である中年男は、


「親子ともども本当に世話になった。聞けば、夜に魔物が出たこともあったらしいじゃないか。これは些少だが……」


 と言って、俺とロレーヌに銅貨を渡そうとするが、


「……いや、自分たちの身を守るためにやったことだからな。もし何かそれでもしたいというのであれば、それこそマルトでまた会った時に何か奢ってくれ。また戻るのだろう?」


 ロレーヌがそう言った。

 中年男と若い女性とはそれなりに話したが、二人とも、母と、祖父母の住む故郷の村に帰るということだった。

 二人はマルトで基本的に出稼ぎをし、たまの休みにこうして村に戻っているというわけだ。

 母親は祖父母の世話をしているという。

 よくある話だな。


「本当にそれでいいのか? 普通、銀級の護衛なんて頼んだら銀貨が飛ぶが」


 銀級とか銅級とか言った呼び名は、そういう分かりやすい名称でもある。

 つまりは、どれくらい報酬が高いかの目安だ。

 昔は銀貨一枚とか二枚とかだったからそうなったらしいが、今ではもっと高い。

 物価が変わっているからな。

 銅級は銅貨一枚とかだった。もちろん、今はこれよりも高い。

 といっても高くて銀貨一枚とか二枚だけどな……。

 銅級冒険者の財布はいつだって辛い。


「だから、護衛を頼まれたわけじゃないからいいんだ。別に善意でもない。私たちも旅の空、話し相手がいて楽しかったからな。また」


「……全く、今時珍しい欲のない冒険者たちだな。分かった。またな」


 そう言って中年男は手を振り、若い娘と一緒に村の中へと入っていった。

 それから、


「じゃ、出発するぞ」


 御者がそう言って馬車が走り出す。

 まだ旅路は三日目だ。

 あと三、四日かかる。

 その間、乗客は御者と、俺たち、それから老夫婦だけだ。


 ◇◆◇◆◇


「ど田舎ど田舎言って馬鹿にしてきたが……まだ足りなかったのかもしれないな」


 ロレーヌが荷台から顔を出して、そう言った。

 その言葉に、俺は確かに、と思う。

 なにせ、周囲の景色がもう、ただの山と森だからだ。

 あの親子が降りた辺りまではまだ、人里が近いなと言う雰囲気のある街道だった。

 しかし今は……。

 山、山、山、森、山だ。

 道は……馬車が通れるくらいには均されているが、それでもちょっとなという感じである。

 御者の腕がいいのと馬車自体がおそらく丈夫に作られているから大丈夫なのだろうが、いつもこの辺りに来ると怖い。

 壊れたらもう、歩くしかないからな。


 ちなみに、老夫婦は昨日降りた。

 街道が馬車の停車位置で、彼らの目的地である村は少し歩かないとならないところにあったので、ロレーヌと二人、おんぶして送って来た。

 幸い、御者も戻ってくるまで待つと言ってくれたからだ。

 なんなら今日中に戻れなければ野宿してもいい、とまで言ってくれ、こういうところ、田舎路線のいいところだなと思う。

 西に向かう馬車はそういう融通は利かない。

 馬車の中、定員いっぱい乗っているのが普通だし、都会の人間らしく時間に縛られながら生きているからな。

 到着日がずれるごとに苦情がものすごい数になり、かつ乗車賃を返せとか言われる。

 この路線は、まずそういうことはあり得ないわけだ。

 のんびりしているというか、やる気がないというか、御者の方に儲ける気がないし、乗客の方もまぁ、適当でいいよという感覚なのだった。


「そりゃ、これだけ田舎じゃなければ、俺だってもっと頻繁に帰ってるよ。本当に時間をとらないと帰れないから仕方なく帰らなかったんだ。今でこそそこまであくせく稼がなくてもなんとかなってるが、ついこないだまでは毎日働かないと明日のパンすらやばかったからな」


 銅級冒険者なんてそんなものだ。

 パーティを組んでいると効率がいいのでそこまで困窮はしないのだが、俺はダメだ。

 まぁ、無駄遣いが少し好きすぎたというのもあるかもしれないが。

 用途不明の魔道具は浪漫だ。


「だったら私に言えばそれくらい貸したと言うのに」


「そんなこと言えるか。お前とは対等でいたい」


 金の切れ目が縁の切れ目、とはよく言う。

 ただ、ロレーヌは言えば貸してくれただろうな。

 それでもあんまり言いたくはなかった。

 少なくともやっていけるうちは。

 どうしようもなくなったらなりふり構っていられなかったかもしれないが、そのときは返済するまで死ぬ気で頑張っただろう。

 長年の友人と言うのは貴重なのだ。


「そこまで頑固にならんでもよかろうに……ま、それがお前なのかもしれないがな」


 と納得したようにうなずく。

 そう、これが俺だ。

 俺は自分のしたいことのために生きている。

 それを捨てるのなら、それこそが俺の死んだときだ。

 だから、不死者アンデッドになっても、俺はまだ生きていると思える。

 俺の意志がまだ生きているから。


 ◇◆◇◆◇


 それから半日も走っただろうか。

 

「そろそろだよ」


 御者がふとそう呟いたので、俺とロレーヌは荷台から顔を出す。

 すると、道が徐々に開けてきているのが分かった。

 ここら辺まではハトハラーの村人の往来があり、それがゆえに道もある程度整備されているわけだ。

 水源に続く道がこの辺りだったからな。

 そのためだろう。

 俺にも見覚えがある景色だ。


「やっとか」


 ロレーヌが疲れた顔でそう言う。

 流石の彼女もがたがた揺れまくる馬車はきつかったということだろう。

 都会育ちだからここまで揺れる馬車に乗ることなどほぼなかっただろうし、そうだろうなという気はする。


「……見えて来たな。ハトハラーの村だ」


 俺がそう呟くと、ロレーヌも馬車の前方を見た。


「……木の柵か。こう言っては何だが……原始的だな」


「見た目はな。ただ、あの柵にはハトハラーの薬師の婆さんが作った薬液が染み込ませてある。魔物避けには効果抜群さ。何かあってもそこそこの魔物なら狩人のおっさんたちが倒してしまうからな……。まぁ、問題ないよ」


 あまり強力なのが出現すれば流石に冒険者を呼ぶが、ゴブリンとかスライムなら以前の俺よりも余程うまく狩り出せる人たちだからな。

 山奥住まいでもさして問題ないわけだ。

 

「……聞いてはいたが、やはり少し変わった村だな。自前で魔物に防備を固める自治体は各国にある自治都市なんかが有名な訳だが、こんな小規模な山村でそれが出来るところはそれほど多くないだろう。いや、私が知らないだけで、これくらい山奥の村となるとそれが普通なのかな?」


「どうだろうな。昔は俺も普通だと思って来たが……いま改めて考えると、少し、おかしい気もする。薬師の婆さんの薬は少し効果が高すぎるし、狩人のおっさんたちも強すぎる気はしないでもない」


「それに加えて、お前が加護を得た謎の祠か……ヒルデには方便のつもりで言ったが、本当に面白そうな村だから困る。今から調べるのが楽しみだ」


 機嫌よさげにそう言うロレーヌ。

 別に構わないが、俺的には普通の村だ。

 祠以外に何かあるようにも思えないが……。

 ま、着いてから考えればいいか。

 そう思って、俺たちは馬車が村に到着するのを待った。


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