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第10章 旅
第204話 旅と下手物食い

 起こした他の乗客たちは皆、何も分かっていない様子で、腐肉歩き(ゾンビ)が現れたことも、それを俺たち……ロレーヌだけか……が倒したことも、ヒルデが一晩中いたこともまったく気づいていなかったようだ。

 基本的に腐肉歩き(ゾンビ)たちは不死者アンデッドであるがゆえにすでに死んでいるわけで、生者としての気配がまるでない。

 ヒルデにしても高ランクの冒険者であるから、その気配の消し方は、たとえ普通にしていても一般人には気取られないくらいのことは簡単に出来る。

 だから、彼ら乗客にしてみれば、普段の平和な野宿と変わらなかった、というわけだ。

 まぁ、御者だけは気づいていたようだが、こんな整備されていないど田舎路線をひた走る馬車の御者と言うのは腕っぷしのある程度ある、ボランティア精神の強い者がやるものだ。

 気づいていてもさもありなんという感じではあった。


 それから馬車は暁の中を走り出し、そして日が落ちる直前に宿場町に辿り着いた。

 今度こそは途中、何も問題が起きることなくたどり着けたことに、俺もロレーヌもほっとする。

 別に護衛依頼を受けているわけでもないのに、そういう緊張は出来るだけ味わいたくない。

 こんな田舎道に現れるような盗賊の類は簡単に倒せるだろうし、魔物にしても街道には大したものは現れないが、それでもだ。

 

「……やれやれ、今日はベッドで眠れそうだな」


 ロレーヌが馬車から降り、そう言った。

 ずっと荷台で座っていたため、体がバキバキで、歩きながらストレッチをしていると、ぱきぱき音がなる。

 道も酷く、ガタガタしきりだったからな。

 これが西に向かう街道となると、しっかりと整備されてて道に小石などが落ちていたりすることはあまりなく、もっとスムーズに進む。

 こっちの道も整備してくれよ、と思うが、費用や手間を考えると、まぁ無理だろうなという感じがするのはもちろんだった。

 私費でも投じてやりたいくらいだが、そんな金は残念ながらない。

 諦めるしかなさそうだった。


「俺は睡眠より食事の方が楽しみだな。ここの料理は……」


 大半は普通だが、例の珍味が出るのはこの村だ。

 ロレーヌの反応が楽しみ……と思っていると、彼女の口から意外な台詞が出る。


「あぁ、そうだったな。ソレストとゲッタンバがここの名物だったはずだ。あれは私も楽しみだ」


 と言われた。

 その魔術名のような謎単語はなんだ、と思っていると、ロレーヌが眉を顰めて、


「なんだ? お前、この宿場町はそれなりに使って来ただろう? 大冬蛙の卵の煮込み料理がソレストで、殺人蟷螂カーティス・マントの子供の揚げ物がゲッタンバだぞ?」


 と言ってくる。

 ……確かにそんな名前だったかな。

 名前よりも存在そのものが衝撃的すぎてぱっとは出てこなかった。

 なにせ、大冬蛙の卵の方は、中におたまじゃくし的なものが見えている状態だし、殺人蟷螂(カーティス・マント)の子供の揚げ物の方も、殺人蟷螂(カーティス・マント)そのままの奴が皿に五、六匹乗っけられて運ばれてくるんだからな。

 あれを平気で食べられる女性はこの宿場町の住人か、よほど肝の据わった者のみで、普通は大抵が慄いて口に含むことすら出来ない。

 しかしロレーヌはどうもそうではなさそうだ。


「あれを楽しみにできるとは、また、随分と……なんだ……」


 俺が言いにくく濁しているとロレーヌはその先を推測して言う。


「ゲテモノ食いだと思うか? まぁ、間違ってはおらんさ。どちらもこの間、露店で買った本に書いてあったからな。近場だし、一度食べてみたいと思っていた」


 そう言われてみると確かに《魔物料理~ゲテモノを美味しく食べるために~》とかいう本を買ってたな、こいつは。

 なんとなく知識欲を満たすためにジャンル問わず本を次から次へと買っているのだと思っていたが、本気で興味があったとは思わなかった。

 ……いや、むしろ知識欲のためにゲテモノ料理だろうが何だろうがバッチ来いな感じなのかもしれない。

 ロレーヌはそういうタイプだ。

 あんまり良くも悪くも先入観みたいなものがないのだ。

 だからこそ俺が不死者アンデッドになっても受け入れてくれたわけで……。

 別に食い物にまでその博愛精神を発揮してくれなくてもいいのだけどな。

 

 俺は大丈夫かな……。

 かなり久々に食べるんだが。

 食べないと言う選択肢はない。

 味は確かにいいからだ。

 

 ……ま、夕食を楽しみにして待っておこうか。

 

 そう思って、とりあえず宿の方へと進む。

 宿自体は御者がもともと手配してくれていたようで、この時間に辿り着いても問題ない。

 というか、別にどの時間帯についても問題ないことがほとんどだけどな。

 それだけ田舎だから。この辺は。


 ◇◆◇◆◇


 ぼこぼこと煮立っている鍋の中に、ゲル状のものに覆われた一連に連なる卵が躍っていた。

 中にはしっかり特大のおたまじゃくしが見える……。

 ソレストだ。

 

 その隣の大皿には、五、六匹どころじゃない。

 二、三十匹の蟷螂の素揚げが山の如く積み上げられている。

 壮観だ。

 壮観過ぎてもうおなかいっぱいだ。

 ゲッタンバ……手を出したくない。


 そんな俺の隣で、ロレーヌは普通に器に盛って食べている。


「なんだ、レント。食べないのか? ……あぁ、血をかけないと美味しくないかな」


 そんなことを言う。

 気遣いだ。

 最後の方は小声だったからな。

 しかし、そんな問題ではなく、単純に俺はこれが苦手だった。

 俺の故郷ハトハラーではここまであからさまな田舎料理は出なかったからな。

 大冬蛙も殺人蟷螂カーティス・マントもほぼいないというのも影響しているだろうが。

 ここでこれらを食べるのは、それらの魔物の数を小さなうちに減らしておく、という意図もあってよく食べられているわけだが、もともといないのであればそんなことする必要ないわけだ。

 

「……いや、別にそういうわけじゃない。食べる……食べるさ……」


 俺は心の中で泣きつつ、自分の器に申し訳程度に蛙の卵を盛り付ける。

 固まってはいるが、中の特大おたまじゃくしが未だに動いているように見える。

 あぁ、ごめんよ、その命、いただきます……。

 そんなことを思いながら口に運ぶと、まず、卵を覆うジュレ状のものが舌に触れる。

 変わった口当たりと言うか、ふわっとしていて、しかも鍋の出汁が染み込んでおりやはり味はいい。

 さらに覚悟を決めて食べ進める。

 そして、おたまじゃくし部分を噛むと、じわりとした優しい味が広がった。

 見た目は一切優しくないのに、味は優しい。

 柔らかな甘みと、出汁の旨みがちょうどよく、いくらでも食べられそうであった。

 ……見た目さえ普通なら。

 

 さて、殺人蟷螂カーティス・マントの素揚げの方は……。

 意外にももう、かなり数が減っている。

 ロレーヌや他の同乗している乗客たちと同じテーブルについているわけだが、彼らは流石に悲鳴を上げることもなく普通に食べているからだ。

 パリパリとした音が聞こえてくるたびに、ああ、あれは蟷螂を食べる音なんだなと思うが、当たり前の話だ。

 しかたなく、俺も手を伸ばす。

 ……蟷螂と目が合った。いやぁ……。

 これ以上、沈黙の中見つめ合うのも耐えられないので、俺はそいつを頭から口に入れる。

 そして上半身を思い切って噛んだ。 

 すると、パリッ、とした感触と共に、素揚げにしてはさっぱりとした味が口の中に広がる。

 やっぱり美味いんだよな……と思う。

 酒には最高に合う味で、実際御者や中年男などはひたすらにエールを飲んでいるようだった。

 明日の運転、大丈夫なのか……と思ってしまうが、大亀は賢い奴だから適当な鞭さばきでも問題なく運んでくれるだろう。

 

 そんな感じで、最初の内はかなり遠慮しつつというか、おっかなびっくり食べていた俺だが、あとの方になるともう気にしなくなって、普通に食べられるようになった。

 また次に来るときは再度、元に戻ってしまっていそうだが……。

 ロレーヌはまた来たいと言うので、帰り道はまた寄ることになるだろう。

 そしてこれを食べるのだ。


 それまでに俺は心の準備をしっかり整えておかなければ。

 そう思ったのだった。


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