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第10章 旅
第203話 旅と基礎伝授

 とは言っても、俺たちにはこれから予定がある。

 今すぐ教えてくれという訳にもいかないと思った。

 その事情はヒルデ側も同じはずだ。

 なにせ、彼女は今依頼遂行中なのだから。

 しかし、彼女は、


「……本格的に教えるのはまたそのうちにしておくとして、聖気隠しと基礎だけ叩き込もう。なに、それほど時間はかからん。見るに、お主ら夜番をしておったのじゃろ? その間に、ついでに教えられるぞ」


 と言った。

 本当か?

 なんだか、以前街で見た詐欺師の手口《たった一週間で十キロ痩せる方法》と似た口上だぞ。

 《たった一晩で聖術の基礎が身に付くヒルデ式聖術》。

 うーん……胡散臭い。

 

 俺のジトッとした目にヒルデは気づき、不服そうに言う。


「これでわしはそこそこの聖術師じゃ。別に聖術の深淵を見せようと言うわけではないのじゃから、一晩あれば余裕じゃ余裕。魔術だって似たようなもんじゃろ?」


 と、ロレーヌにも水を向けた。

 ロレーヌは彼女の台詞が理解はできるらしく、


「……まぁ、魔力操作とか、生活魔術を使えるようになるくらいのレベルならば可能だな」


 と、俺とアリゼが実際に体験したことを言う。

 確かにあのくらいなら、一晩あれば出来る者は出来るだろう。

 出来ないものは出来ないが、ある程度は才能の問題だから仕方がない。

 

「ともかく、やってみるのじゃ。一晩と言っても、夜が明けるまでそこまで長くないしの。付け焼刃程度にはなるが、感覚が分かれば自分で伸ばすことも出来る」


 ヒルデのその言葉は俺にも分かる。

 聖術は魔術とは勝手が違いすぎるから、そもそもその感覚が分からないのだ。

 もしできなかったとしてもまた習いに行けばいいし、と思い、ヒルデに頼むことにした。


 ◇◆◇◆◇


「……まぁ、いいじゃろ。それだけ隠せていれば、わしでも気づけん。通常の聖気使いたちにはまず、気づくのは不可能じゃろうな」


 ヒルデが暗闇から橙へと染まりつつある暁天を背にしてそう言った。

 一晩、彼女に聖術の基礎を学び、その実践をこなし続けて、一応、それっぽいものが本当に身に付いた俺である。

 今、俺は聖気を隠蔽すべく聖気を操っているわけだが……これ本当に基礎なのかな?と言いたいくらいに難しい技術だ。

 しかしこれがないと今後色々問題が起きそうな気もするし、甘いことは言っていられない。


「……これを、ずっと維持するのか」


 俺がそう呟くと、ヒルデは、


「なれればさほどでもないでな。それまでは修行じゃと思ってやるといい。早ければ一週間もすれば息をするように出来るようになるじゃろう。ほれ」


 そう言って、聖気を放出した。

 彼女は聖術師であり、当然、聖気の隠匿を行っていたわけだが、それがどのくらいの量なのかは今までわかっていなかった。

 しかし改めて放出されたそれを見てみると……俺の聖気の何十、何百倍くらいありそうである。

 すごい。

 まぁ、ニヴも似たようなものだったが……俺って成長しているのかなと自信がなくなってしまいそうなほどだ。

 それにしてもあれだけの聖気を隠すのを、特に表情に何も出さずやってのけていることを考えると、相当な聖術師なのだろうか。

 聖術、というものに足を踏み入れたのが最近過ぎてその辺りの感覚はよくわからないが……。


「……桁が違い過ぎて参考にならないな」


 それが正直な感想だった。

 ヒルデは、しかし首を振って、


「まだ聖術の《せ》の字を知ったくらいの若造に負けてたらそれこそ話にならんじゃろうが。まぁ、これで基本は大体いいじゃろ。後は、さっき見せてくれた本でも読んで研鑽するといい。大体分かったじゃろ?」


 ラウラにもらった本の内容が果たして正しいのか、この通りやっても大丈夫なのかをヒルデに見せて聞いていたわけだ。

 すると、太鼓判を推して問題ない、と言ってくれた。

 

「あぁ。だが、また分からなくなったら……」


「そのときはわしに尋ねればよい。わしは王都で冒険者をしておるから、何か聞きたいことがあったら来るとよい。わしの連絡先と冒険者組合ギルドの登録番号じゃ」


 そう言って、ヒルデは荒い紙を手渡してきた。

 そして、俺がしっかり受け取ったのを確認すると、


「……よし、ではわしはそろそろ行く。馬車の他の乗客も突然わしがいたら驚くじゃろうしな。ロレーヌにもよろしく言っておいてくれ。そなたとは今度、学問について話したいとな。では、さらばじゃ」


 そう言って手に灰に生えていた草を握り締めながら、そそくさとその場を去っていった。

 その足取りには全く迷うところがなく、なんだか俺の方が呼び止めたくなるほどだった。

 昨夜会ったばかりなのに、なんだか妙に親しみを感じさせる好人物であった、と思う。


「……もう行ってしまったのか……?」


 ロレーヌが気配に気づいたのか、目を擦りつつ、俺にそう尋ねてきた。

 ロレーヌは今の今まで眠っていたのだ。

 俺は別にまったく寝なくても体調に問題は起こらないが、流石にロレーヌにそれは無理だ。

 一晩くらいそれをやっても、多少眠い位で済むかもしれないが、ここから先、道はさらに荒くなるから馬車の中で眠ると言うわけにはいかないし、魔物も出てくる可能性も高くなる。

 眠気で誤射、なんてことは勘弁してほしい。

 その辺りのことはロレーヌもしっかり分かっていたため、ヒルデと話したいことがもっとあっても、睡眠を優先したわけだ。

 ロレーヌとヒルデは意外に話が合っていたからな。

 やはり、ヒルデがかなりの年月生きているようで、その知識や経験はロレーヌから見ても相当に貴重なものだったのだろう。

 本を読むのは楽しいが、本を読んでいるだけだとわからないこともあるからな。

 ロレーヌは読書家だが、そのことも分かっているタイプの人間である。

 ヒルデと話が合うのは、なるほど、と言う感じであった。


「ああ、ロレーヌにもよろしく、と言っていたぞ。あと、聖術について何か分からないことがあったら王都に来たらいいとも」


「……王都か。なんだかんだあまり行ったことがないな」


「それは俺もだ」


 俺の場合は単純に王都に行っても冒険者として仕事をしようがないから行かなかったわけだが、ロレーヌの場合は面倒くさがりの側面が強いだろう。

 都会に行かないと手に入らないようなものが欲しい時は、レルムッド帝国にいる知人とやらに手紙をやって送ってもらっていたしな。

 ヤーランのような田舎国家の都会など、ロレーヌにとってはマルトと似たようなものなのだろう。


「ま、今はまだそんな暇はないが、そのうち検討しようか。王都に行ってみたくないわけでもないな」


「そうだな……で、そろそろ皆を起こそうか。出発する時間だろう」


 そう言って、俺たちは乗客や御者たちを起こして回った。

 日が昇り始めてすぐ、出発しなければ距離が稼げない。

 流石に今日も野宿、というのは嫌だった。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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