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第10章 旅
第202話 旅と看破

 正直言ってあまり言いたくない。

 ヒルデの質問にまず思ったのはそれだった。

 人に知られていない手札は一杯持っておいた方が、後々いろいろと楽になるからな……。

 まぁ、しかし聖気を使える、ということについては昔からあまり隠してはいないのだが、あの頃は大したことは出来なかったからな。

 今、それなりに色々と出来るようになったということについては、俺が事情について話した人々以外にはあまりいないのだ。

 

 それを踏まえて、さて、どうするかということだが、そんな俺の悩みを吹き飛ばすような台詞を、ヒルデが言う。


「……と言っても、大体わかっとるのじゃがな。レント、お主、聖気使いじゃろ?」


 これに、俺は少し驚く。

 少し、というのはヒルデは聖術師だと名乗っているわけで、何か俺の知らない技術を持っているのかもしれないと思ったからだ。

 実際、ヒルデはその点について続けて言う。


「普段であれば分からんのじゃがな、聖気を使ってしばらくは、よく見ればその者の体に聖気の残滓が残るのじゃよ。ただ、よほど注意してみなければ分からないが……すまぬな。勝手に見させてもらったぞ」


 と。

 それが本当なのかどうかは、俺にもロレーヌにも分からない。

 俺はラウラに聖術の本をもらったが、まだあまり読み進められておらず、身に付いていないからだ。

 読めば何とかなるだろう、と思っていたが、意外と内容が難しいと言うか、雲をつかむような話と言うか。

 魔術であればイメージが浮かぶから本からでも魔術を修められるのだが、聖術は感覚的に分からないところが多く書いてある。

 まぁ、感覚で分かる部分については、今でも出来ているわけだから、主にそういうところではなく、理論的に誰かが組み上げてきたものを書いているわけで、そうなると本の内容がそうなってしまうのもさもありなんという感じはする。

 だからこそ、さわりだけでも教えてもらえなければ、俺に聖術はきつい。少なくとも時間がかかる。

 そんな状態の俺に、ヒルデの言葉の真偽が分かるはずもない。

 ロレーヌはロレーヌで、聖気は使えないし、基本的に見ることは出来ないから分かるはずがない。


 つまりはヒルデの口調やら雰囲気から嘘かどうか判断しなければならないが……。

 無理だな。

 俺とロレーヌは顔を見合わせて諦める。

 ヒルデの顔には一切、そういうものを匂わせる仕草が出ない。

 長い年月を生きたエルフのゆえか、ヒルデ個人の技術か。

 どっちにしろ、俺たちには分が悪いだろう。

 そもそも、仮にヒルデの言葉がブラフであったとしても、半ば以上確信があって言っているのは分かる。

 聖水の浄化ではむらがある程度できることは事実だからな。

 俺も強く聖気が感じられるようになるまでははっきりとは分からなかったが、聖気の力が上がっていくにつれ、邪気や瘴気にも敏感になってきた。

 その目で見ると、聖水の浄化能力は、聖気に劣ると言うか、性質が違うのだ。

 聖水はピンポイントで浄化するのに向いている。

 ある程度広がってしまうと、量が必要になるのだ。

 ……霧吹きとかに入れればいいのかもな、とふと思いつくが、流石に罰当たりか。

 売れないかな。聖水入り霧吹き。絶対売れないな。宣伝が必要だ。

 まぁ、それはいいか。


 それでヒルデをどうするかだが……ここまで推測されている以上、言ってしまった方がいいだろう。

 変な目で見られ続けるのも辛いし、そもそも吸血鬼ヴァンパイア案件とは違って、知られたからと言って殺される類の情報ではない。

 そう思って、俺は口を開く。


「……はぁ、そうだよ。俺が浄化した。少しだけ聖気が使えてな。ただ、聖術みたいな体系化された技術はないんだ。特に深い信仰心もないからな……」


 使えればここでも隠し通せただけに、悔やまれる話ではある。

 これにヒルデは、


「やはりか。しかし、信仰心がない、というのはまずいかもしれんの」


 と少し眉根を寄せる。

 

「どういうことだ?」


 俺がそう尋ねると、ヒルデは、


「さっきも言った通り、お主が聖気持ちなのは、ある程度の使い手には分かることじゃ。聖気使いが貴重なのはお主も分かっておるじゃろ? そしてどの宗教団体も、聖気使いは欲しいものじゃ。布教に大きな力を発揮するのは、聖者・聖女じゃからの。じゃから、昔から勧誘合戦が行われてきたわけじゃが……」


 しかし、俺は未だにそう言った勧誘は受けていないな。

 ニヴとミュリアスに会った時も、リリアンに会った時もだ。

 あれで気を遣ってくれていたということだろうか。

 リリアンは単純に俺が聖気持ちだと分からなかっただけかもな。

 ニヴとミュリアスは……ニヴが強烈すぎて言い出せなかった感じかもしれない。

 大体あそこで勧誘されても嫌だ以外に答えはない。


「……別に、断ればいいんじゃないか?」


「まぁの。ただ、一々それをするのは面倒じゃろ? それに、中には強硬な手段に出るところもないではないしの。聖気の隠し方くらいは知っておいた方がよいぞ」


 と、言われてもなぁ。

 聖術の本を呼んでも今一よくわからないのだ。

 言い回しなども特殊で、読みこなすのも精一杯で。

 その辺りの逡巡を、ヒルデは読んだようだ。


「……わしが教えてやっても構わんぞ? わしはどこの宗教団体にも属しておらんからな」


 これは事実だろう。

 エルフは独自の信仰を持っていて、人間が作り出した宗教を信じることは少ないと言われている。

 それも、エルフは信仰、というよりかは生活の一部としてそれを取り入れていると言う。

 つまりそれは《聖樹》だ。

 エルフたちは《聖樹》を崇敬するものとして見ている。

 まぁ、別に全員じゃないし、神々の存在を認めていないという訳でもないのだけど。

 その辺りは難しいところだ。


 ともかく、ヒルデの提案は俺にとっては悪くはなさそうに思える。

 が、とりあえず今は用事があるからな……。

 それに、ただで教えてくれるのか?

 いやぁ、無理だろうな……何を要求されるのか怖い。


「代わりに何かしろっていうんだろ?」


 正直にそう尋ねると、ヒルデは笑って、


「いや、無理は言わんぞ。ただ、そこに生えてる草をもらってもいいか?」


 と、予想外のことを言った。

 そこに、とは灰の中に生えている草のことだ。

 双葉の小さなのがたくさんある。

 別に俺はこれを放置してそのまま旅を続行する予定だったから、何も懐は痛まない。

 痛まないが……。


「なぜ?」


 理由は気になる。

 聖気を僅かながらに放っているからだろうというのは分かるが、それほど使いではなさそうだが……。

 ヒルデは言う。


「人の事情をつらつら述べるのもどうかと思うが、レント、お主はおそらく植物系の神霊の加護を得ておるじゃろう? じゃから、浄化したときにそのようなものが生えた。昔はそれなりにいたのじゃが、今はかなり少なくなっておっての……聖気を生み出す植物の数は減少してきておる。つまり、珍しいから欲しいのじゃな。どうじゃ?」


 色々と思う所はある。

 あるが……単純にこの程度のものでいいというのなら、断る理由は少ない。

 俺が聖気使いだ、と言い触らされる可能性もあるが、それはもう防ぎようがないしな。

 証拠なんてなくても、分かる奴には分かるわけだから。

 だから、俺は頷いて言った。


「……分かった。好きに持っていくといい。その代わり、しっかり教えてくれよ」


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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