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第10章 旅
第201話 旅と煙

「ま、そりゃそうじゃ。大体わしとて、ここで強力な魔術の使われた気配を感じて少々警戒してやってきたしの。お互いさま、という奴じゃな」


 アルヒルディスはさらりとそう言って笑う。

 先ほどから無邪気かつアバウトな雰囲気を彼女に感じていたので、この言葉は少しだけ意外だ。

 少しだけ、というのはやはり彼女はエルフであるため、そういう老獪さを持っていることはむしろ普通であるためだ。

 極めて幼い……人族であれば十歳前後にしか見えない容姿であるにしても、精神は何十年、何百年生きているか知れたものではない。

 そこまで年齢が離れていては、もうその精神は俺たちから見れば別の生物と言っても過言ではないだろう。

 

 ……実際、俺は別の生物だしな。

 俺、ロレーヌ、アルヒルディス、三人とも別種族というわけだ。なんか面白い。

 が、そんなことは言えないから素知らぬ顔で話を続ける。


「そう言ってもらえると助かるな。おっと、こちらも自己紹介を。私はロレーヌ・ヴィヴィエ。学者兼冒険者の魔術師だ。で、こっちが……」


「レントだ。俺も冒険者だな。主に剣を使ってる」


 戦い方を言うのは、冒険者の名乗るときの形式だな。

 アルヒルディスの方は冒険者証を見せてくれた時点で分かっている。

 魔術師、と一応書いてあったが、聖気を使う時点でそれは表向きと言うことになるからな。

 あんまり意味はない。

 俺やロレーヌにしたって、別に魔術や剣術だけ、というわけでもないし。

 冒険者証も二人そろって提示しているが、書いてある内容を見たところで深いところが分かるわけでもない。

 やっぱり、一応の身分証明なのだ。


「ふむ、ロレーヌに、レントか。覚えておこう……あぁ、わしのことなんじゃがな、アルヒルディスじゃながいじゃろ? ヒルデとかヒルディと呼んでほしいのじゃが……」


 アルヒルディスがそう言ったので、俺とロレーヌは顔を見合わせて、


「……では、ヒルデ、と呼ぼう。言葉遣いは……」


 ヒルデはエルフであるところ、その年齢はおそらくは俺たちより遥かに上だ。

 さっき言っていたこと……昔の冒険者は、と言った台詞からしてもそれは明らかだ。

 聖水を誰もが持ち歩いていた時代なんて、それこそ俺たちの祖父や祖母の時代だからだ。

 つまりはそれくらい年かさの相手に、果たしてこの言葉遣いでいいのか、とロレーヌは思ったのだろう。

 しかし、ヒルデは、


「別にそのまんまで構わんぞ。だいたい、皆わしを年寄り扱いしすぎじゃ。見れば分かると思うが、年の割に結構若いじゃろ、わし」


 若いどころか幼いが、エルフの実年齢と外見年齢の差をどうやって見るのかは俺には全く分からない。

 ロレーヌは分かるのか、と思って目を見るも、私にもよくわからんとそこには書いてある。

 まぁでも、本人が若いと言っているのだし、若いのだろう。たぶん。

 そんな意識で、ロレーヌは頷き、しかし若さがどうこうという辺りには触れずに、


「では、言葉遣いはこのまま冒険者らしく行こうか。それで……ヒルデ。貴女はなぜここに?」


 答えによっては戦わざるを得ないわけだが、ここまでしっかり話してしまってそんなことになるのは勘弁願いたいと言うのが正直なところだった。

 そもそも、ふざけてはいるが絶対強い。

 金級なわけだし、ニヴに匹敵するか、それ以上である可能性もある。

 エルフは長命であるがゆえに様々な技術に長けていることが少なくないし、種族固有の精霊魔術だってある。

 敵に回すと厄介な存在なのだ。

 

 ロレーヌはとりあえず目的を聞いて、安心を得たいと考えている。

 俺もまた同感だ。

 そんな俺たちの心を知ってか知らずか、ヒルデはやはり邪気のない口調で、


「おぉ、そうじゃな。語ると長くなるんじゃが……かいつまんで話そう。わしは王都を拠点にする冒険者なんじゃが、ついこないだ、依頼を受けてのう。その依頼の内容は、トラカ村の復興のため、そこに巣食う不死者(アンデッド)の討伐、じゃった。先ほどまでそれをやっておってな……親玉は倒したんじゃが、腐肉歩き(ゾンビ)は数が多くて、いくつか討ち漏らしてしまって……それがこっちにやってきた、というわけじゃな。これについては実にすまんかった……」


 と言う。

 トラカ村、というのは数十年前に滅びたと言うこの辺りにあった村の名前だ。

 俺は故郷の大人たちから聞いたことがあるから知っている。

 ロレーヌも話の流れでそうだということは分かったようだ。

 ヒルデの話も、先ほどそのトラカ村が四十年ほど前に滅びた、と比較的正確な年代を知っていたことからすると嘘は言ってなさそうだなと感じる。

 大体、そもそもこの辺りはど田舎だ。

 わざわざ何かしにくる理由が他に考えられないと言うのも大きい。

 

「討ち漏らしがこっちに来たことは別に構わないさ。すでに倒したんだからな。俺じゃなくてロレーヌが、だけど」

 

 俺がそう言えば、ロレーヌも、


「私も別に構わん。あれくらいなら大したものではないからな……」


 まぁ、今馬車で眠っている乗客たちからするとたまったものではないだろうが、仮に俺とロレーヌがいなくても御者辺りで十分片づけられただろう。

 怪我はしたかもしれないし、浄化も無理だっただろうけどな。

 しかし街道を進む以上、それくらいの覚悟をしていなければならないのは当然なので仕方がないと言えば仕方がない話だ。

 

「それにしても、腐肉歩き(ゾンビ)以外にもいたのか? 親玉がどうと言っていたが」


 ロレーヌの質問に、ヒルデは、


「おぉ、いたぞ。腐肉兵士(ゾンビ・ソルジャー)が一体きりじゃがな。おそらく、あの村で狩人か何かをしておった者じゃろう。奴らは死したのち、生前の技術も振るうものじゃからのう。弓がうまかったが、強敵でもなかった……と、それはいいのじゃ。ま、わしの方はそんなところじゃ。お主らは?」


 この質問には俺が答える。


「俺たちは依頼でもなんでもない。ただの里帰りさ」


「なるほど、そこに見える馬車に乗って、どこかの村に向かう途中じゃということじゃな。しかし男女二人でとは、お主ら、夫婦か恋仲か?」


 少し面白そうにヒルデがそう言ったので、俺は即座に、


「いや、違う。色々事情がな……」


 と言うと、ロレーヌがそれを継いで、


「さっき学者だと言っただろう? こいつの故郷が面白そうなんで、ちょっと一緒に見に行こうと思ってな」


 と、嘘ではないが微妙に外した発言をする。

 しかし、これは意外にヒルデには理解できる話のようで、


「確かにこういう手つかずの地域には過去の遺跡などもあったりするし、民話など集めてみても面白かったりするからのう。ふむ、お主らの目的は分かった。それで、本題じゃが……」


 色々話しつつ、最終的に煙に巻けないかな、と俺もロレーヌも思っていたが、この語り口調からして無理らしいことを察する。

 ヒルデは言った。


「この灰はどうやって浄化したのじゃ? それに、この生えている植物は……。できれば、理由を教えてくれると嬉しいのじゃが?」


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