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第10章 旅
第199話 旅と肥料

 通常、腐肉歩き(ゾンビ)に限らず、浄化が必要な不浄なる魔物を倒したとき、冒険者がどうするかと言えば色々と方法がある。

 たとえば、先ほどロレーヌが言ったように聖水で死骸を浄化する、というものだ。

 活動しているときや、よほど強力な存在でない限りはそれで必要にして十分なので、これを行う者が比較的多いだろう。

 ただ、一番多いのは、何もしないパターンだろう。

 聖水は値が張るものであるし、常にそれを持ち歩く者は冒険者でも多くない。

 不浄なる魔物の討伐依頼を受けているなら良識ある冒険者であれば持ってくるだろうが、そもそも面倒だとか、利益が減るからと持ってこない者が多いのだ。

 そうなるとどうなるかと言うと、その場に放置、ということになる。

 これはあまり良くない行動で、それは不浄なる魔物の死骸がそこにあると、その地は呪われ、いずれタラスクの沼のような地へと姿を変えることになるからだ。

 人の住めない土地が出来上がってしまうのである。

 もちろん、腐肉歩き(ゾンビ)程度の邪気や瘴気であれば、放っておいてもせいぜい、その死骸のあった場所に数年草木が生えなくなるとかその程度なのだが、それでも放置は良くない。

 それを考えて、ロレーヌはこうやって灰をしっかり集めたわけだ。

 魔石の方は単純に後で売ろうと思って収集しただけだろうが、これも浄化は必要だ。


 ただ、ロレーヌがやったように、灰になるまでに粉々にした場合には、浄化は必要ない場合もある。

 あのまま竜巻にのせて、周囲に細かくばらまけば、邪気も瘴気も分散されて、大した被害は出ないからだ。

 その場合、出る被害として考えられるのは、この辺りを通りがかるとちょっと気分が悪くなるとか、植物の成長が少し遅いなとか、そのくらいだな。

 それでも良くはないのだが、その程度は許容されているのが現実だろう。

 ただ、ロレーヌは良識ある冒険者だった、ということだ。

 彼女も聖水は持っていて、俺がいなければそれを使っただろう。

 

 今は俺がいるので、使う必要はないわけだが。

 なにせ、聖水は高い。

 温存できるならしたほうがいい。

 その点、俺は聖気をいくら使おうが、しばらくすれば回復するからな。

 聖気使いの有用さが分かる。


「じゃあやるか」


 俺はそう言って、集積された灰と魔石に向かって手を掲げ、そこに聖気を込め始めた。

 浄化も治癒も、感覚的にやり方が分かるのが聖気のいいところだ。

 きっと体系的な使い方をした方が効率はいいのだろうが、それを学ぶにはどこかの宗教団体に入るくらいしかないからな。

 あとはフリーの聖気使いに頼み込むとか。

 あんまりいないのだが、皆無ではない。

 

 ゆっくりと聖気を注ぐと、灰と魔石に籠もっていた禍々しい気配が解け、空気の中に溶けていく感じがする。

 しっかりと浄化されているようで、ほっとする。

 使い方が分かっているとはいえ、これで正しいのか、という不安は尽きないからな。

 今回は問題がないようだからいいのだけど。


 ただ……。


「……さすがは出張肥料だな。浄化するとこんなことになるのか……」


 と、ロレーヌが浄化された灰の中を見つめてそう呟く。

 俺は、


「……出張肥料はやめてくれ。この結果を見ると、その呼び名がまさに正しいことを認識せざるを得ないけどな」


 と答えて、同じく灰の中を見つめた。

 そこには、ぴょこぴょこと双葉のようなものがいくつも生えていて、明らかに今俺が聖気を使ったことにより生えてきたことが分かる。

 邪気や瘴気に穢されたところには草木は生えないものなので、こうやって小さい芽が生えていることは、ここがしっかりと浄化され、植物が生育できる環境が整ったということを示しているわけだからいいことなのだが、出張肥料感が増したことに愕然としたものを感じざるを得なかった。

 

「……まぁ、いいか。何か被害があるわけでもなし。魔石の方ももう手に取って大丈夫だな?」


 ロレーヌが諦めたようにそう俺に尋ねてくる。

 俺は魔石を見て、特に邪気や瘴気を感じないのを確認し、頷いた。


「ああ。ま、腐肉歩き(ゾンビ)の魔石じゃ大した金にはならんだろうが……」


「まぁな。そこは私が死霊術の研究にでも使うさ。ちょうどいいだろう」


 ロレーヌは何でもないことのように言ってるが、一応それは禁術である。

 国が認めてないとか使ったら処罰されるとかいう訳ではないのだが、倫理的に使うべきではないとされているという意味で。

 そもそも死霊術自体、伝説的な技術で今は失伝していると言われている。

 だからこその研究、というわけなのだろうが、ロレーヌが真面目にやったら復活させてしまいそうでちょっと怖い。

 しかし、ロレーヌがそんなものに興味があったとは意外だった。


「なんで死霊術の研究を?」


 俺が気になってそう尋ねると、ロレーヌは、


不死者(アンデッド)の理解に役立ちそうだからな。もう失伝してしまっているわけだから素直に現実に存在する不死者(アンデッド)の研究をする方が近道かも知れないが、もしかしたら何かの役に立つかもしれんし……」


 と答える。

 それで、理由が分かった。


「……要するに、俺のためか?」


 そう俺が尋ねると、ロレーヌはさも当然のような顔で、


「当たり前ではないか。流石の私も禁術に好き好んで手を突っ込んだりはしないぞ。ま、別に研究したからといって処罰されるわけではないからもともと問題ないというのもあるがな」


 と答える。

 なんだか負担をかけてばかりで悪くなり、


「……申し訳ないな」


 というと、ロレーヌは、


「そういうときはそうじゃないぞ、レント。他に言うことがあるだろう?」


 と言ったので、俺は、


「そうだな……ありがとう。いつも助かってる」


 と答える。

 するとロレーヌは、


「なに、気にするな」


 と言ったのだった。


 ◇◆◇◆◇


 それからしばらくして、


「……おや、また誰か近づいてくるな? 今度こそは人間か?」


 とロレーヌが言う。

 俺もそれには気づいていた。

 というか、先ほど遠くに感じていた腐肉歩き(ゾンビ)たちらしき気配が軒並みなくなっていることから、それと交戦していた何かが来たのだろう。

 近づいてくる気配は一つだ。

 遠くに感じた腐肉歩き(ゾンビ)たちは結構な数だったので、もし人だとすれば、一人で倒したと言うことになる。

 かなりの手練れだ。

 冒険者ならいいが、盗賊か何かだったらまずい。

 俺もロレーヌも警戒しつつ、その何かが近づいてくるのを待った。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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