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第10章 旅
第198話 旅と竜巻

 それからしばらく森の方を見つめていると……。


「……人と言うより、人の成れの果てだったか」


 とロレーヌが同情的な声色でつぶやく。

 俺はそれに、


「数十年前と言っても、不死者(アンデッド)には関係ないからな。俺のように何か摂取しないといけないタイプならともかく、あれは……」


「ああ」




 ――腐肉歩き(ゾンビ)だ。


 


 そう言った。


 ◇◆◇◆◇


 俺とロレーヌの視線の先には、ぼろぼろの服と竹槍やクワなどを持った、腐肉を臭わせるよろよろとした人型がある。

 あれこそが腐肉歩き(ゾンビ)と呼ばれる魔物であり、俺とはタイプの異なる不死者(アンデッド)の一員であった。

 俺と異なるのは、俺は一応、吸血鬼ヴァンパイア系統で、存在するためには外部から血と言う形でのエネルギー摂取を必要とするが、腐肉歩き(ゾンビ)はそう言った制限が特にないことだろうか。

 ただ、その代わりなのか、腐肉歩き(ゾンビ)の力は酷く脆弱なことが多く、体も脆い。

 もちろん、そうは言っても普通の人間にとってはかなりの脅威だが。

 生きているときは体に過大な負荷をかけないように、構造的に人間の体は全力を出せないようになっているらしいが、彼ら腐肉歩き(ゾンビ)にとってはそのような制限など関係がない。

 体の可動域も広がっていて、その気になれば首はぐるんぐるん回るし、腕も足も関節など存在しないとでも言いたげにおかしな方向に稼働したりする。

 そのため、意外と冒険者にも嫌がられる面倒な相手でもある。

 一番会いたくない理由は、その臭いと不潔さだが……。

 彼らは病を媒介することも多いからな。

 周囲を適当に歩き回っているくらいならともかく、こっちに近づけるわけにはいかない。

 さっさと倒すべきだ。

 俺もロレーヌもすぐにそう結論した。

 問題はどう倒すかだが、これについては俺がロレーヌに、


「……魔術かな」


 とぼそりと言えば、その意図を即座に汲んで、


「ま、そうだろうな。お前がやれば確実に汚れるだろう。ここは私の出番だ」


 そう言って懐から短杖(ワンド)を取り出し、腐肉歩き(ゾンビ)たちに近づいていく。

 近付きながら無造作に短杖ワンドをふぉんふぉん振っていて、何をやっているのかな、と思っていたら風がこちらから向こう側に緩やかに吹き始めていた。

 無詠唱魔術だ。

 比較的低級の魔術であるが、それでもあそこまで何でもないように無詠唱魔術を行ってしまえることがロレーヌの実力を示している。

 俺も使えはするけど、二、三の生活魔術を十年使い続けて身に着けたにすぎないわけだから、たいしたものじゃないんだよな。

 なにせ、ほとんど制御が必要ないから。 

 ロレーヌの使った魔術はそうではないし、風を吹かせた意味を考えるとしばらく維持していなければならないから難しいはずである。

 腐肉歩き(ゾンビ)の匂いやら欠片やらがこっちに飛んでこないように吹かせたのだろうからな。

 

 そして、腐肉歩き(ゾンビ)たちの正面に辿り着いたロレーヌに、腐肉歩き(ゾンビ)たちはよろよろと囲み始める。

 生者の光につられてこの野営地に来たようだが、それでもあまり視力は良くないようだった。

 俺の方、つまりは馬車がある辺りにはほとんど関心を見せず、近づいてきたロレーヌの方ばかりを見ている。

 それでも、どこかに伏兵がいる可能性もあるから俺はここで警戒しつつ周りを見ているが、今のところ近くにはその気配はない。

 ま、腐肉歩き(ゾンビ)程度に少しでも気配を隠しながら近づく技術というか思考能力はないからな。

 あまり心配しすぎることもないだろう。

 ただ、若干遠くには目の前にいる腐肉歩き(ゾンビ)たちの気配を感じるが……なぜか徐々に減っていっているので問題ないだろう。

 同士打ちか、それとも他に冒険者がいるのか……。

 一応、警戒しておく。

 そしてとりあえず今はそれよりもロレーヌだな。

 

 囲まれたロレーヌは、


「……うむ。このくらいでいいだろう。他にはいないな……では。“風よ吹け、火よ燃えろ。竜巻となりて周囲を焼き尽くせ《小火竜巻(パルウム・イグニス・トゥルボー)》”」


 そう詠唱した。

 するとその直後、ロレーヌの周囲にいくつもの炎が灯火のように出現し、また風が吹きすさび始める。

 そして風は灯火を巻き込み、火炎竜巻を作り出した。

 腐肉歩き(ゾンビ)たちは、腐りきった脳でも一応、少しは思考能力があるのか、竜巻から逃れるべく、その外側に向かって引き始めたが、竜巻が彼らを巻き込もうとする力の方が強く、抜け出すことは出来なかった。

 彼らは赤い炎を上げる火炎竜巻に燃やされ、徐々に灰へと姿を変えていく。

 

 森の近くで火の魔術を使うのは色々な意味で自殺行為に思えるが、それは未熟な魔術に限られる。

 ロレーヌくらいになると、森で火の魔術を使っても、完全に制御できるために延焼させることがないので問題がないのだ。

 俺がやれば間違いなく森は山火事になって終わるけどな。

 恐ろしすぎて使う気にならない。

 

 しばらくすると、腐肉歩き(ゾンビ)たちはそのほぼすべてが灰燼に帰していた。

 とてつもない威力を持った魔術である。

 しかし、これでロレーヌは加減しているはずだ。

 詠唱が適当だったし、威力を抑える詠唱も加えていたくらいだしな。

 

 火炎竜巻が縮小し、消えると、その中心だった場所に無傷のロレーヌが立っていた。

 彼女は俺の方を向いて、言う。


「レント、こっちに来てくれ」


 何だろうか、と思って近づくと、そこには積み上げられた灰と、魔石が転がっていた。

 あの腐肉歩き(ゾンビ)たちのものであることは明白だが、すべて吹き飛ばしたのかと思っていたらしっかりと集めていたらしい。

 本当に魔術の細かい制御がうまいな……。

 しかし、これでなぜロレーヌが俺を呼んだか理解できた。

 ロレーヌは続ける。


「灰まで焼き尽くせば問題ないかと思ったが、集めてみると意外とダメだった。聖水を使ってもいいんだが、ここには便利にもお前がいるからな……頼めるか?」


 つまり、腐肉歩き(ゾンビ)たちの灰や魔石には、邪気や瘴気が満ちていた。

 俺の力で浄化を、というわけだ。


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