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第10章 旅
第197話 旅と焚き火

「出発する。乗り込んでくれ」


 しばらくして、数人の乗客が集まったようで、御者が俺とロレーヌにそう、声をかけた。

 荷台に乗って、乗客の顔ぶれをさりげなく確認してみる。

 俺とロレーヌを入れて、全部で六人だ。

 多いのか少ないのか……。

 若い娘と中年男の組み合わせと、老人夫婦がいるだけである。

 冒険者はあの中年男がそうでないかぎりは俺とロレーヌだけ、ということだな。

 向かう場所が場所であるから、御者が多少の戦闘能力を持っているし、街道のような人間の手によって開かれた場所には魔物は現れにくいが、それでも皆無ではない。

 また、道中の危険は魔物だけでなく、盗賊もいるから、いざというときは俺たちが頑張るしかないだろう。

 流石に老人や若い娘に戦えという訳にもいかないからな。

 ロレーヌも若い娘と言えばそうなんだが、その前に凄腕の魔術師である。

 戦わせて問題ない。


 御者が、御者台に座り、鞭を持つ。

 ぴしり、と大亀の甲羅をそれで叩くと、鈍く反応した大亀が、たった今目覚めたかのようにのっそりのっそりと歩き始めた。

 ……遅い。

 しかし、それは街を出るまでの事で……。


「……大亀の馬車には初めて乗ったが、意外と速いものなんだな」


 とロレーヌが少し感動していた。

 実際、荷台の幌から外を覗いてみると、景色がかなりの速度で後ろに過ぎ去っていく。

 間違いなく人間が普通に走るよりも速い。

 御者台の側から顔を出して大亀の動きを見てみると、その足は結構しゃかしゃかと動いていて亀っぽくはない。

 歩き始めは鈍いが、加速すると結構な速度の出る生き物なのである。

 これで馬力があるので、やはり重宝される理由は分かる。

 性質も温厚で、丈夫だしな。

 

 しかしそうはいっても……。


「……今日のところはここまでだ。野宿で悪いんだが、この辺りは宿場町の間隔が遠くてな。この辺りは魔物も少ないから、安全なはずだ」


 と御者が言って、馬車を止めた。

 その言葉に、馬車の乗客のうち、ロレーヌだけが目を見開いていて、


「……なるほど、これが田舎と言うことか……」


 と田舎を馬鹿にする発言をする。

 しかし、その気持ちは分からないでもなかった。

 西側に向かう道は、普通に進めばほぼ半日おきくらいに止まれる宿場町が配置されているからな。

 こんなことはふつうあり得ないのだ。

 しかし、こちらの道はど田舎だから、よくあると言うか、一日目はもうこういうものだと決まっている。

 間に小さくてもいいから町を作ればいいのだが、この辺りに前にあった村が数十年前に魔物に襲われて壊滅したばかりだ。

 問題の魔物は当時、しっかり討伐されたらしいが、もうこの辺りには住みたくないと生き残りたちはマルトか、それよりも西の都会に移っていった。

 それいらい、この辺りに宿場町が出来ることもなく放置されている。

 そろそろそんな災害の記憶も薄れてきたころだろうし、誰かが音頭をとれば村おこしも出来そうだが、そういうことをしようとする人間と言うのはそうそう簡単に現れないからな。

 難しいところである。


「別に野宿くらい、慣れてるからいいだろ?」


 俺がロレーヌにそう言うと、


「まぁな。昔、よくお前に引きずりまわされて、覚えさせられたことだしな」


 と返された。

 ちょっとだけ根に持っているような口ぶりだが、当然冗談だ。

 引きずり回したのは事実だが。

 なにせ、当時のロレーヌと来たら何もできなかったからな。

 今でこそその明晰な頭脳と器用な手先で大体のことは出来るようになっているが、当時は焚き火のために必要な木の集め方すら知らなかった。

 色々と魔術は知っているのだが、その使い方も生活に役立てる方向ではほとんど考えてなかった。

 だから、野宿なんて出来やしなかったのだ。

 

 ただ、今となっては野宿にロレーヌが一人いると非常に便利だ。

 

「御者どの。夕飯の煮炊きはどうするつもりだ?」


 ロレーヌが御者に尋ねると、


「干し肉があるくらいだが……別にやりたいなら好きにやってもええ」


 と返してきたので、


「ではそうさせてもらおう。銅貨三枚もらえれば御者殿の分も作るが?」


「む……そうだな、出来るなら頼む」


 そう言って、御者は三枚銅貨をロレーヌに渡す。

 ロレーヌはそれから他の乗客たちにも同じように言って、集金し、それから、


「じゃあ、作るか。レント」


 と俺に声をかけた。

 街を出る前に食料は結構買い込んでいる。

 原価より少し高いかなくらいの料金設定で、俺たちに損は出ない。

 俺は魔法の袋から食料や鍋、調理するための台を取り出し、下ごしらえを始め、ロレーヌは地面に魔法陣を描きだした。

 そして軽く呪文を唱えると、ぼっ、と火が付く。

 その様子を乗客たちは興味深げに見つめる。

 魔術師は探せばそれなりにいるものだが、あまり人前で魔術を披露することは無いからな。

 特にこういう、生活のために使うような魔術は魔力温存のために使うことは少ない。

 しかし、ロレーヌはかなりの魔力量を持つし、彼女の魔法陣関係は極限まで簡略化されているから非常に効率がよく、維持に使う魔力は少量らしい。

 らしい、というのは俺がロレーヌの魔術についてまださほど詳しくないため、はっきりとは分からない部分が多いからだが、実際、ロレーヌは軽々とこれくらいのことをやる。

 魔法陣自体も、初歩的な知識に基づいてみても、確かにとても綺麗なように思える。

 俺もロレーヌに学んでいれば、そのうち、あれくらいは出来るようになる……はずだ。

 ちなみに一人のとき、俺はどうやって野宿するかと言えば、魔法陣ではなく単純な焚き火をする。

 こっちの方が冒険者的にも一般的だな。

 魔力の温存は重要な問題だからである。

 

 ……っと、そんなことを考えているうちに、食材の下ごしらえが終わる。

 鍋に調味料と一緒に入れて、あとは……。


「ロレーヌ」


 そう言うと、ロレーヌが呪文を唱える。

 すると、地面の土が盛り上がって、即席のかまどが出来上がった。

 その上に鍋を置き、さらに鍋の中にロレーヌが魔術でもって水を注いでいく。

 これは俺にも出来そうだが、力加減とか間違って水浸しにしそうで怖いから、まだロレーヌ任せだ。

 ロレーヌは必要なだけの水量をぴったりと鍋に入れ、それを確認して蓋を閉めた。

 このままことこと煮込めば、かなりアバウトだがまぁまぁうまい煮込みの完成である。

 街中だと料理とも言えない料理だが、野宿のときには十分なごちそうとなる。

 

 しばらくして蓋をあけると、湯気と共に辺りにいい香りが広がった。

 親子連れも、老夫婦も、御者も、楽しみそうにそれを眺めた。

 彼らに煮込みを入れた椀と、それから黒パンにハムとチーズを載せたものを配り、


「じゃあ、食べるか」


 とロレーヌが言ったところでみんな食べ始めた。

 老夫婦は食べる前に何か神に祈っていたが、聞いたことがない祈りで、おそらくは土着の宗教か何かのそれなのだろう。

 この辺は田舎だから訳の分からない神様を祭る村々が結構あるのである。

 と言って、別にそれは責められることではなく、信心深い人たちだな、で終わりだが。

 俺が以前直したあの祠だって何を祀っていたのか謎だしな。

 

 煮込みはかなり好評で、これから目的地につくまでの間、有償でも作れるようであれば頼みたいと言われた。

 俺たちとしてはそのつもりで色々買い込んでいたので、全く問題ない。

 巨大なタラスクすら詰め込める魔法の袋の容量は六人の一週間分の食材くらい簡単に飲み込んでいるのだ。


 食事を終えて、見張りの時間が来る。

 比較的安全とは言え、魔物が全くいないという訳ではないので、どうしたって見張りが必要だ。

 こういう場合は、御者が二人いない限りは、乗客の中で体力のありそうなものが夜番を交代で任される。

 今回の場合は、俺とロレーヌ、それに親子連れの中年男だ。

 正直、このメンバーの中で一番この仕事に向いているのは、ほぼ眠らなくても問題のない俺なのだが、不死者アンデッドなんで寝なくて大丈夫ですよ、私やります!とか明るくいう訳にもいかないので、普通に御者を入れて四人で交代しながらやることになった。

 御者、中年男、ロレーヌ、俺の順番だ。

 

 大して眠くはなかったから、御者のやってるときだけ少しだけ眠り、あとはずっと起きていた俺である。

 そして、ロレーヌと焚き火を囲みながらどうでもいい雑談をしていると……。


「……招かれざる客かな」


 とロレーヌがふと呟いた。

 背後の森の中に人の気配を感じる。


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