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第9章 下級吸血鬼
第195話 下級吸血鬼と兄

「ふう、買った買った」


 と、自宅に戻ってきて満足そうに床に置いた沢山の書物を眺めるロレーヌである。

 露店で大量に仕入れたそれらは、帰宅するまでは俺の魔法の袋の中に収まっていたのだが、帰って来るや否や、全部早く出すように要求された。

 これからじっくり読書したいらしい。

 その気持ちは分かる。

 買った本は出来るだけ早く読みたいもんな……。

 まぁ、一冊は手に持って歩きながら読んでたくらいだが。

 人にぶつかるからよせと言いたいところだったが、ロレーヌはこれで正しく銀級相当の実力を持った冒険者である。

 当然、通行人が近づいて来たら別に視認せずとも容易に避けることが出来るため、注意する根拠がなかった。

 良い子のみんなは真似してはいけない。

 この人は悪いお姉さんなんだぞ、と孤児院の子供たちに言ってやりたい。


「……じゃ、俺はさっき言った通りもう一度ちょっと出てくるぞ」


 ロレーヌにそう言うと、


「……あぁ……気を付けてな……」


 と適当に手を振りながら生返事された。

 もう完全に本の虜である。

 ダメだこりゃ。


 だが別に聞いていないという訳でもないので問題はない。

 俺はそれから家を出た。

 

 ◇◆◇◆◇


 ロレーヌにさっき言った通り、というのは先ほど露天市場でリナに出会い、彼女の兄に伝言を伝えると言う約束をしたために、その人と会ってくる、ということである。

 リナについては迷宮で出遭ったことはすでに告げていたので、会ってみたかった、と言っていたがそのうち機会もあるだろう。

 リナも忙しそうだし、呼びつけるわけにもいかないしな。


 ちなみにリナの兄であるイドレス・ローグの居場所は我らがエーデルの配下たちが追跡してくれている。

 俺の少し先をエーデルが先導するように進んでおり、それを俺が追いかけているところだ。

 仮面はイドレスと以前会ったとき、顔全面を覆う形だったので、今もそうしている。

 つまり客観的に見ると、骸骨仮面をつけたローブ姿の怪しげな男が、珍しい漆黒の小鼠(プチ・スリ)に先導されて歩いている、ということになるだろう。

 ……なんだか伝染病をもたらそうとしている死神か何かみたいだな、俺たち。

 実際、俺とエーデルを見て、「ひっ」と驚いたような声を上げる者もたまにいる。

 別に普通に見れば人間だと分かるから、それでほっとしているようだが、不吉な感じなのは否めない。

 仮面の形を変えて、フードも外していると大して見られないんだが、流石にこの感じは人通りの多い時間帯に突然見ると怖いか。

 まぁ、でも仕方がない。

 この格好じゃないとイドレスには認識してもらえないからな。

 

 そんなことを考えながら進んでいると、前方に見覚えのある騎士装束を纏った屈強な男の姿が目に入る。

 あれだな。

 そう思って速足になって近づき、声をかける。


「――イドレス殿」


 すると、男は振り返ってこちらを見た。

 そして俺の怪しげな風体を見て、少し首を傾げ、それから、


「……あぁ、以前、鍛冶屋の前で会った……」


「ええ、そうです。覚えておられましたか」


 そう言った俺に、イドレスは、


「その恰好では忘れようと思っても忘れられぬ。……おや、それにしても、声が変わったか? 以前はもっとこう……」


 その先に続けたいのはきっと、酷いだみ声だった、とかそんな感じだろう。

 発声器官が相当ダメダメだったからな。

 そりゃ、酷い声だったさ。

 しかし今は問題なく普通に話せている。

 まさか、不死者(アンデッド)として一段階進化しました!とかいう訳にもいかないので、俺は、


「喉を負傷していたのですが、治癒したのですよ。この間は失礼を」


 と無難な言い訳をする。

 ただ、至極全うと言うか、普通に起こりうることなので特にイドレスは不思議がることもなく、


「そうだったか。それは良かった。貴殿は冒険者のようだが、私も騎士だ。魔物を相手にしていると、大きな傷を負い、そのまま固定化してしまうことも少なくない。そうならずに済むことは幸運だ」


 としみじみとした様子で言う。

 もちろん、最上位の聖者や聖女たちになってくると、そう言った通常の治癒術や聖気によっても回復できない傷ですら、力押しでどうにかしてしまえるらしいが、そんな存在が一介の騎士や冒険者に自らの力を振るうと言うことはそんなにないからな。

 軽傷で済んで良かった、というのはそう言う話だ。

 

「ええ、そうですね」


 俺が頷くと、彼も同様に頷き、それから、ふと思い出したかのように尋ねてくる。


「……して、今日は一体何の用件で? 察するに私に何か用事があったような様子だが……」


「そうでした。この間お会いしたとき、イドレス殿は妹御をお探しになっておられたでしょう? たしか、リナ・ローグという……」


「あぁ、そうだ。もしかして、見つかったのか?」


 目を見開いたイドレスは、そう言って俺との距離を詰める。

 そのまま胸ぐらを掴んでぐらぐら揺らしそうな勢いだが、そうしないだけの冷静さはあるらしい。

 限りなく顔が近いが、それだけだ。

 俺はびびりつつも、はっきりと言う。


「ええ、おそらく」


「……おそらく? どういう意味だ」


「妹御のお名前が違っているので……リナ・ローグ、ではなく、リナ・ルパージュと名乗っているようですよ」


「……そうか、名前がな……だから見つからなかったのか。しかし、貴殿は一体どうやってそれを調べた?」


 名前を変えていると言うことは、少なくとも本人はもとの名前を隠す気満々と言うことだ。

 つまり、他人が尋ねてもそうだとは言わないのがふつうである。

 それなのに、俺がそのことを知っていると言うのが不自然に思えたのだろう。

 イドレスの視線が鋭くなった。

 しかし、別に俺にはやましいところはない。

 素直に言う。


「調べたのではなく、本人に尋ねたらそうだと言ったもので。この街の冒険者で、リナ、という名前で知り合いは彼女しかいないものですから、ついこの間、貴方にお会いしたことを言うと、兄だと言ったのですよ」


 それで、イドレスはほっと安心したような顔になって、


「……そうだったか。妙な疑いをかけて済まない」


「いえ、家族のことなら心配して当然ですから、お気になさらずに」


 俺がそう言うと、イドレスは不思議そうな顔になって、


「……貴殿はなんというか、失礼かもしれんが、見た目と違って大分、人が良いようだな?」


 そうかな?

 そうでもないけど。

 ただ、今回来たのは純粋な善意だし、そう見えるのは分かる。


「普通ですよ……それで、リナから伝言を預かってきまして……」


 それから、俺はイドレスに彼女が面会を希望している日時を告げた。

 しかし、イドレスは、


「……む、それだと、会うのは難しいな。そろそろ私は一度、王都に戻らねばならないのだ。機会を改めるか……仕方がない。リナに伝えておいてくれるか? 報酬は……」


 と言いかけたので、俺は、


「伝言を伝えるくらいなら別に何もいりませんよ。リナには恩があるもので」


 彼女がいなければ今の俺はここにいないからな。

 伝言板でもなんでもなってやるさ。

 イドレスは、


「……恩? ふむ、それについても尋ねたいが……本人に尋ねるのがいいか。では、頼む」


 そう言って、次にマルトに来れる日時と、待つ場所を俺に告げ、それから去っていった。

 大体一月後くらいか。

 騎士はそうそう休みはとれないように思うが、意外と暇なのかな。

 分からないが、俺も冒険者組合(ギルド)に向かう。

 リナへの伝言を、冒険者組合ギルド経由で伝えてもらうためだ。

 定宿も聞いてはいたが、市場で会ったとき、この後、迷宮に潜るようなことを言っていたからな。

 その方が確実だろう。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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