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第9章 下級吸血鬼
第190話 下級吸血鬼と二重登録の扱い

 しかし、二重登録を冒険者組合(ギルド)公認の下、使うことが出来る、か。

 それが事実出来るのだとしたら俺にとって非常に都合がいいのは言うまでもないな。

 二つの身分の使い分けが出来れば、それだけ色々な場面で動きやすくなるからだ。

 たとえば、今の状況で言うなら、俺はニヴの前ではどんな出自かよくわからない存在、レント・ヴィヴィエとして振る舞っている。

 だからこそ疑われた、という面もあるが、レント・ファイナだと言う前提で色々と調べられたら、俺が迷宮で吸血鬼ヴァンパイア化したんじゃないかという疑いも持ち始めそうだ。

 実際、それは事実で、《水月の迷宮》を探索され、あの怪しい通路を万が一発見されたら、結構な問題になる気がする。

 あのとき会ったあの女性は、結構短気だったし、俺の不注意でばれたとしったら怒るんじゃないだろうか。

 ……まぁ、もしものときはもしものときだろう。

 ニヴの行動を制御するなんて出来る気がしない。

 

「……その制度を使ってもらうのが俺にとっては良さそうに思えるんだが、出来るのか?」


 俺がウルフにそう尋ねると、ウルフは頷いて答える。


「もちろん。ただ、問題もあるぜ? お前が受け入れてくれるかどうかだな……」


 なんだか話が怪しくなってきたが、他の方法は採りにくい。

 というか、この方法が一番都合がいいから、少しくらい条件があっても受け入れたいところだ。

 そう思った俺は尋ねる。


「どんな問題なんだ?」


「簡単な話だぜ。さっき言ったろう? これは《冒険者組合(ギルド)職員のための制度》だってよ」


 ……確かに言ってたな。

 ということは、つまり……。


「俺が冒険者組合(ギルド)職員にならないと使えないって言いたいのか?」


「まぁ、有り体に言えばそうだ。ただ、無理強いはしねぇがな? お前は神銀(ミスリル)級を目指して頑張ってる奴だ。出来ることなら、それだけに専念したいだろう。そんな体になったり、色々と問題を抱える中で、さらに仕事を抱え込むなんてまねをするこたぁねぇからな」


 俺の質問にウルフは寛大であるかのようにそう答える。

 実際寛大なのかどうかは、そのあとに続けた彼の言葉で分かる気もするが。

 ウルフは続ける。


「ただ、この制度を使わない場合は、二重登録はさっき言った方法でくらいでしか解決できねぇからな? ロレーヌとの結婚、どっちかの登録の抹消・隠蔽、無理やりな統合……どれもどっかで無理が出そうな気がするけどな……。その点、冒険者組合(ギルド)職員になれば、色々な特典がついてくるぞ。二重登録はそのままでも規則の例外として許されるし、冒険者組合(ギルド)の情報網を利用することも出来る。それにこの制度は、冒険者の中に職員が自然に混ざって、冒険者たちの意識や考え、情報なんかを収集するための制度だからな。今まで通り普通に冒険者として活動できるし、ランクも上げられるぞ。今はいないが、昔は神銀(ミスリル)級の冒険者組合ギルド職員だっていたって話だし……あとは、そうだな、冒険者組合(ギルド)がある各都市にある、冒険者組合(ギルド)所有の建物なんかの利用が割引で、もしくは無料で出来たり、提携している店なんかが格安で使えたり、素材の売却金額に色がついたりとか、得することばっかりだぞ?」


 物凄い福祉の良さを上げてくるウルフである。

 激烈な勧誘員か何かにしか見えない……。

 しかしそれでも言っていることはどれも魅力的であるのは確かだ。

 端的に言うなら、今まで通り生活して問題ない、冒険者の施設は使い放題、物を買うにも安くなり、売る場合は色がつく、と至れり尽くせりだ。

 速攻で、今すぐ冒険者組合(ギルド)職員にしてくれ!と言いたくなるほどである。

 

 が、本当にそうするわけにもいかない。

 そもそも、ウルフはほぼメリットしか言っていないのだ。

 デメリットだって確実にあるだろう。

 すぐに思いつくものとしては……。


「……あんたも言ったが、冒険者組合(ギルド)職員なんかになったら他に仕事を振られることになるわけだろう? 俺にそんな暇があると思うか?」


 意外と暇だ。

 合間合間に弟子の育成とか魔術の訓練とか気まぐれでやれるくらいには。

 が、そんなことはわざわざ言う必要はない。

 ウルフは少し考えて、


「それはそうだろうな。だから、出来る限りお前には仕事なんて振らないさ。いわば、名簿に名前があるだけの職員ということでどうだ? まぁ、もしかしたらたまに何か頼むことはあるかもしれないが、そういうときはしっかり相談してからする。緊急を要する場合には命令するかもしれないが……ダメならダメって言やぁ、それで不問としよう」


 とまたもやひどく都合のいいことを言う。

 しかし、冗談ではなく本気らしいことはその視線で理解できる。

 

「……本当にそうしてくれるのならありがたいが、なんでそこまでしてくれる?」


「言ったろ? 俺はお前に期待してたってよ。今でもそれは変わらん。魔物になったのかもしれないが、心は変わっていないことは話してみてよくわかった。何の問題もない」


 本気で言ってるのか……?

 本気で言ってるんだろうな。

 そういう表情だ。

 しかしこうなると、困ったな。

 断る理由がなくなってしまった。

 強いて言うなら嫌がらせとしてくらいしか理由はないが、これだけ好条件を提示されたのにそんなことをするのは流石に不義理だろうと思ってしまう。

 それも含めての提案なのかもしれないが……これはもう、どうしようもないだろう。


「……はぁ。分かったよ。冒険者組合(ギルド)職員でもなんでもしてくれ。ただ、俺は自分のことを優先するぞ? それでいいんだよな」


「あぁ、それで構わねぇ。よし、話はついたな……ところで」


 頷いたウルフがふと顔を上げて、俺に言う。


「なんだよ?」


「見せられる顔じゃなかったから、その仮面をつけたってことだったが、以前は骨人スケルトンとか屍食鬼グールとかだったからってことでいいんだよな?」


 話を変えたウルフに、俺は頷く。


「そうだ。流石に腐ったむき出しの筋肉とか見たくないだろ?」


 言われて想像したらしい。

 ウルフは顔をしかめた。

 それから、


「……そうだな。だが、今は……吸血鬼ヴァンパイア、かどうかは確定できないにしても、見た目は吸血鬼ヴァンパイアなんだよな?」


「そうだ……」


 頷いて、何が言いたいのかわかった俺は、先んじて尋ねる。


「この仮面のことか?」


「おう……レント・ヴィヴィエとして顔は見せられねぇからってことか?」


 と彼なりの推測を口にしたが、俺は首を振る。

 確かにそういう理由もあるが、一番の理由はもっと分かりやすいところにあるからだ。


「いや、それもあるけど……単純にこれ、外れないんだよ」


「……呪いの品か」


「そういうことだ」


 俺が頷くと、ふとウルフが立ち上がって、


「おい、ちょっと引っ張ってみてもいいか?」


 と尋ねてきたので仕方なく頷く。

 ウルフは、俺の仮面の縁に手をかけ、思い切り引っ張った。

 すると、俺は体ごと前に持っていかれる。

 外れる気配は、当然ない。


「おい、レント。もっと踏ん張れよ」


 とウルフが言うが、これでも割と踏ん張った方だ。

 人間離れしている俺の身体能力だが、まだウルフには及ばないらしい。

 冒険者をやれないから引退したとか言っているが、まだ十分やれそうである。

 

 それから何度か試したが、まったく外れる気配はなかった。

 仮面だけ掴まれてぶんぶん振られたが、それでも外れないのだ。

 正攻法ではまず外れない、とウルフもそれでやっと理解した。

 仮面を手に入れた経緯――露店で買った――も言ったが、ウルフは不思議そうな顔で、


「……呪いの品は街に入ってくる時点で弾かれるはずなんだがな? 気になるから調べておくことにするぜ」


 そう言った。

 それから、俺はウルフの執務室を後にする。

 登録についてはレント・ヴィヴィエの方を冒険者組合(ギルド)職員として扱うようで、あとで職員証をくれるということだった。

 色々とあったが、概ね、話し合いはうまくいったと言っていいだろう。


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