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第9章 下級吸血鬼
第187話 下級吸血鬼と混乱する話

「ここからが問題なんだが……」


 俺は少しためらう。

 いや、もうウルフに話すことは決めている。

 しかし、それでも、これを果たして責任ある人間が信じてくれるのか、という不安があった。

 ……今更かもしれないが。

 今更だな。


「……《龍》に遭った、それだけで大分問題な気がするが……まだ、何かあるのか……」


 ウルフがそう言いたくなる気持ちも分かる。

 が、ここからが俺がこんな体になるまでの経緯の最も重要な部分だろう。

 俺は言う。


「まぁ、色々と言っても仕方がないからな。すごく簡単に言うが、俺は、そこで出会った《龍》に食われたんだ」


「はぁ? 何言ってやがる。お前、食われたらここにいねぇだろ?」


 即座にそう返される。

 しかし、事実として、俺は食われてもここにいるのだ。

 俺は続ける。


「……確かに普通ならそうなんだろうけどな。どういう理由かは分からないが、俺は《龍》に食われて……気づいたら、骨人スケルトンになってた。それで……」


「ちょ、ちょっと待て! 流石に俺でも処理が追いつかねぇ! 少し水を飲ませてくれ!」


 この際だから最後まで一気に言ってしまおう、と思ったのに、途中で遮られてしまった。

 ウルフは執務机のわきにある水差しから一杯の水を注ぎ、一息に呑み切って、深呼吸をしてから、


「……よし、人心地着いた。それで……骨人スケルトンになった、だったか……? なぁ、俺も冒険者だ。魔物についてもそれなりに知識や経験はあるがよ、生きてる人間が骨人スケルトンになるなんてこと、あるもんなのか? お前、あのロレーヌと仲いいんだろ。確か、今は一緒に住んでいたはずだな……何か聞いてねぇのか?」


 ロレーヌもこのマルト冒険者組合(ギルド)に所属する冒険者であるところ、ウルフは彼女の情報をしっかりと頭に入れていたらしい。

 そう尋ねてきた。

 たまに冒険者組合(ギルド)から魔物の情報について調査・報告するように求められることもあると言っていたから、ウルフもまた、ロレーヌの知恵を活用してきたのだろう。

 俺は彼に言う。


「俺も聞いてはみたんだが、よくわからないということだった。人が魔物になることは……それこそ吸血鬼ヴァンパイアが下僕を作ることからありうることは分かっているんだが、骨人スケルトンになれるかどうかは……。すでに死んでいる生き物の骨から、骨人スケルトンが発生することは普通にあるのは常識なんだが、それとは明確に異なるからな……なにせ、俺は、あのとき骨人スケルトンだったが、はっきりとした自意識があった。俺はレント・ファイナで、先ほど《龍》に遭遇し、食われた、という記憶もな。そんな骨人スケルトン、いないだろ?」

 

 もしかしたら、俺よりも遥かに経験豊かな冒険者であるウルフなら知っているかもしれない。

 そんな期待を込めての質問でもあったが、やはりウルフは首を振って、


「いねぇな……。一言二言、言葉を発する奴は見たことはあるが……その程度だ。お前は……だが、今はどう見ても人間だぞ? いや、吸血鬼ヴァンパイアだと言ったか……しかし、吸血鬼ヴァンパイアにしては……」


 と、色々と混乱しているようだ。

 それでも、その言葉の一つ一つが核心に触れているのは経験のなせる業か。

 俺は言う。


「今こんな見た目なのは、当然、もう骨人スケルトンじゃないからだ。あんたも魔物の《存在進化》は知ってるだろ?」


「あぁ、スライムがラアルスライムになったり、ゴブリンがグランゴブリンになるあれだろう? 冒険者の常識だな。ま、知らない奴は知らないが。最近の新人どもは勉強不足だしな……特に王都では適当な奴が増えてると総組合長(グランドギルドマスター)もぼやいてたぞ」


 俺の場合は元々字が読め、ロレーヌの家に大量の魔物に関する本があったし、俺も書物を読むのは好きだったからな。

 そうじゃない限りは、新人は冒険者組合(ギルド)の講習に参加したり、先輩冒険者たちに一つ一つ、その常識という奴を学ばなければならないが、そういう手順を面倒くさがるのが増えていると言うのは事実だ。

 マルトだとそこまででもないが、他の街だと酷いというのは俺も聞いたことがある。

 王都はもっとダメだと言うことかな……。

 いつか行ってみたいものだ。


 それよりともかく、続きか。

 俺はウルフの言葉に頷いて答える。


「そう、それだな。もうなんとなく察しはつくと思うが、俺は骨人スケルトンになった自分も、存在進化が出来ないかと思ったんだ。中身は人間でも、体は完全に魔物だからな。魔物らしいことが出来るんじゃないかと思った」


「また随分と突拍子もないことを……あぁ、でもそうか。骨人スケルトンから《存在進化》でなれそうな魔物っていやぁ、どれも人間っぽいものが多いもんな? そういうことか?」


 ウルフは察しの良さを発揮して、そう尋ねてくる。

 俺は頷く。


「ああ。とりあえず屍食鬼グールになれないか、と思った。そこからさらに進化して……と続けていけば、そのうち吸血鬼ヴァンパイアとか、見た目は人間そのものの種族になれるんじゃないかともな」


「結果として、今それってわけか……しかし、さっきも思ったが、吸血鬼ヴァンパイアにしては……お前、普通に昼間に活動してるだろ? それに、血はどうしてる。吸血鬼ヴァンパイア共は月に人一人や二人は血を吸わなきゃ存在を維持できねぇぞ……む? お前まさか、最近の新人の行方不明に一枚噛んでんじゃ……!?」


 話しながら徐々に深刻そうになっていったウルフがそう言った。

 俺は慌てて、


「いや待ってくれ。噛んでないって!」


 と叫ぶも、ウルフはすぐに、


「……だろうな。お前は他人を犠牲にして生きようってタイプじゃねぇ。仮にそんなものが必要になったら、素直に朽ちるだろ」


 と言ってくれた。

 なんだか妙に評価が高くてむずむずするが、こういうときすんなりこう言ってくれるというのはありがたい。

 ウルフは続ける。


「だが、そうなるとやっぱりどうやって血を確保してるって話になるな。一体……」


 考え込んだウルフに、俺は正直に言う。


「……ロレーヌにもらってるんだよ。あいつは、事情を知ってるからな」


 ロレーヌとの関係は言うかどうか悩ましいところだったが、ウルフはすでに俺がロレーヌと住んでいることも掴んでいるし、元々仲良かったことも知っている。

 そもそも、こんなおかしな状態の俺と一緒に暮らしていて、その奇妙なところに気づかないという言い訳が通用もしないだろ。

 だからいっそ言うことにした。

 案の定、というべきか、ウルフは別にロレーヌもまた、俺と同様に冒険者組合(ギルド)に秘密を持っていたことを責めはしなかった。

 むしろ納得、という顔つきで、しかし、


「それは……今までの話からすると別に驚くようなことじゃねぇが……おい、あいつ大丈夫なのか? 吸血鬼ヴァンパイアの吸う血の量なんて、一人じゃどうやっても賄えねぇって言うぞ」


 ウルフが心配げにそう尋ねる。

 

「そこも問題なんだよな……俺はそんなに血が必要ない。一日数滴あればそれで喉の渇きは癒える。食い物も普通に食えるし……それに色々あって、吸血鬼ヴァンパイアかどうかも怪しくなってるくらいだ」


「そりゃ、どういう意味だ……?」


「ニヴ・マリスを知ってるだろ? あいつが、俺を吸血鬼ヴァンパイアじゃないと断定したんだ。だから……」


 俺の説明に、ウルフは再度頭を抱え、それから水差しをとって、もう一度、水を一杯飲みほした。


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