当然のことながら、俺の唐突の不死者発言にウルフは目を見開く。
一体何を言ってるんだ、お前は、というわけだ。
本人がそう言っているからと言って、素直に受け入れられるような事実ではない。
しかし、現実として俺には通常の人間にはまずありえない異常な再生能力がある。
これを説明するには、やはり俺の意見を受け入れる以外にない、とウルフはすぐに理解する。
ただ、それでも聞きたいことは山ほどあるのだろう。
ウルフは口を開いて俺に言う。
「……唐突過ぎて、どこから聞きゃいいのか分からんが……まず、言っていることが事実かどうかはともかくとして、なぜ
まずはそこからだろう。
そう言いたげなウルフである。
そうなった、とは俺が
まだ、
そりゃそうだ。
俺だって、いきなり他人にこんなこと言われたらいくら日ごろ嘘を言わなそうな奴だ、とか思っていても信じきれないだろう。
だから俺は一つ一つ説明する。
ただ、《水月の迷宮》に隠し通路があることは言えない。
あの正体不明の女性との約束があるからな。
しかし、それでも問題はないだろう。
核心は、俺があれに食われたことだ。
あれについて、女性は予想外のことを言われたような顔をしていたし、口止めの範囲に入っていない。
あくまで、部屋について言うな、ということだった。
だから、俺は言う。
「もうだいぶ前になるような気もするが……俺は《水月の迷宮》をいつも通り探索していた。スライムとかゴブリンを狩ったりな」
俺の言葉に、ウルフは懐かしそうな顔をする。
「駆け出しが必ずやる仕事だな……俺も昔は良く狩った。《水月の迷宮》はあれでソロ冒険者にとってはいい狩場だからな」
そんなことを言って。
ウルフも昔はソロだったのだろうか。
パーティを組んでいたら、《新月の迷宮》の方がずっと効率がいいからな。
《水月の迷宮》のいいところは、魔物が徒党を組んで現れることが極端に少ないことだ。
だから、マルトでは他の迷宮を抱えた都市よりも比較的ソロ冒険者が育ちやすい。
一人で修行が出来る場所があるというのは、ソロ冒険者にとって、かなりいい環境なのだ。
ま、それはいいか。
それで……。
「そろそろ帰ろうかと思って、俺は《水月の迷宮》の通路を歩いてた。もちろん、ある程度警戒をしながら。けれど……ふと、広間に出たら、そこには俺が想像も出来なかった相手がいたんだ」
真実は、未踏破区域の広間に行ったら、だが……まぁ、嘘はついていない。
あそこも《水月の迷宮》の通路だし、あれに会ったのも広間と言って間違いではないからな。
「想像も出来なかった相手……《水月の迷宮》で出る魔物はあまり強力なものがいないから、何か強力な魔物が出たっていうことか?
「それくらいだったら良かったんだがな。あの頃の俺でも勝てはしないにしても、何とか逃げ切るくらいは出来ただろうさ。けど、そうじゃなかったんだ……」
「ふむ……で、その相手ってのは?」
続きを促すウルフに、俺は言った。
――それはなウルフ、《龍》、だよ。
と。
◇◆◇◆◇
俺の言葉に、ウルフは一瞬で色々と考えたようだ。
しかし、最後には頭をぐしゃぐしゃと掻いてから、
「……信じられねぇ、というのは簡単だが、今、ここでお前が嘘をつく理由なんざありゃしねぇ。つまり、少なくともお前がそれを事実だと思っているのは間違いねぇ。問題はそれが、どこから見ても事実だったかどうかだが……」
この言い方は、俺が幻覚を見たんじゃないか、とか何かの気のせいだったんじゃないか、と言う可能性に言及しているのだろう。
確かに《龍》なんてものは、普通は遭えない。
ウルフからすれば、遭ったと言うのはあくまで俺がそう思っただけで、実際は別のものだった、と言う可能性の方がむしろ高いだろうと考えるのも当然の話だ。
しかし、《龍》は実在している。
それは、歴史上、会った人間がしっかりとその容姿を記憶し、画家たちに描写させてきたことからはっきりと分かっている。
そんな絵画を、俺はロレーヌの家の書籍の挿絵の中で何度も見ている。
その中の一体が、間違いなくあれだった。
そして、何よりも俺があれを《龍》だと確信したのは、その圧力の大きさ、性質によるものだ。
とてもではないが、人の相対できる存在ではない。
見た瞬間にそう確信させる存在感。
俺は、通常の竜には何度か遭遇したことがある……たとえば、この間の
あれは確かに《龍》だった。
俺はそう確信している。
だから俺はウルフに言う。
「俺は、事実だったと確信してる。幻覚なんかの心配もしていると思うが、俺はその類については色々と経験してるからな。かかったら、分かるんだ」
「というと?」
「俺は故郷の村で、薬師に色々と学んでたことがある。その薬師が、ちょっと変わった人で……俺が冒険者になりたい、と言ったら、じゃあ、毒や幻覚の類については詳しくなっておくのがいいだろうと言って、色々な幻覚剤やら毒薬を試されて……」
あぁ、それはあんまり思い出したくないな。
味はもちろん、それを口にするとどういう症状になるかを実地で学ばされ、正解しないとまたやらされるのだ。
生活のあちこちにそれが組み込まれていて、もう二度とやりたくない経験である。
が、あれのお陰で、幻覚にかかっているのかどうかはすぐに自覚できるようになった。
毒についても種類や解毒方法も素早く浮かぶ。
まぁ、今となっては毒については気にしなくてよくなってしまったけどな。
幻覚は……かかるのかどうか謎だ。
俺の告白にウルフは、眉を顰めて、
「……お前、昔から結構キツい生活してきたんだな」
と同情的な視線を向ける。
……まぁ、キツいと言えばキツかったが、あの婆さんの意見に納得して頷いたのは俺だからな。
実際、あの婆さんに学んだことはかなり役に立っているわけで、文句など言えない。
それから、ウルフは頷いて、
「……ともかく、幻覚の類ではない、と言い切れるのは分かった。《龍》に出会ったことも。ただ、そのことがどうして今のお前の体と関係あるのかはまだ、わからねぇ。《龍》と関係するのは推測できるが……」
と尋ねてくる。
まだ話は途中だ。
俺は続ける。
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