――無駄遣いしたかな。
ステノ商会を後にして、手に魔法の袋を持ちながら一瞬そんな感想が浮かぶ。
しかし俺はすぐに首を振った。
なにせ、もともと必要だったものだし、性能も出した金額以上の素晴らしいものだ。
仮に今買わなかったとしてもいつかは必ず必要になるもので、だから余裕のある今のうちに手に入れておくのは正しいだろう。
これがあれば、同じくらい稼ぐのも容易だ。
タラスクをまた、狩ってきてもいいし、
どちらにしろ金貨数百枚単位で稼げる仕事だ。
……なんか金銭感覚が麻痺してくるな。
どう考えても銅級が稼ぎ出せるような金額ではない。
それもこれもすべてはこの特殊な体のお陰で、そうなったことに感謝しなければならないだろう。
人間に戻りたいのだが、戻りたくない。
そんな妙な心境になってしまうが。
さて、これからどうするか。
実のところ、一つ、目的があった。
旅立つ前に、出来ることなら解決しておきたいことだ。
以前であれば見かけの問題でどうしてもそれを行うわけには行かなかったが、今の俺なら少なくとも見た目は人間で通用する。
それ以外の存在である、と判別する方法もおそらくはない、ということはニヴが証明してくれた。
だから今なら、と思うことがあるのだ。
それはつまり、俺の
今のところは大丈夫だが、何かあったときにニヴに嗅ぎ付けられると面倒なことになりそうだからな。
出来ることなら、レント・ファイナがレント・ヴィヴィエと名乗っていることに何かお墨付きのようなものが欲しい。
そのための交渉をしよう、と思っているのだ。
誰に?
そりゃあ、もちろん、マルト
これはそこそこ危険なかけである。
けれど、俺には勝算があった。
だから、たぶん、なんとかなる。
俺はそう思って、
◇◆◇◆◇
「……レントさん? 今日は何の御用ですか?」
受付に座るシェイラが近付いてきた俺を見るなり、そう尋ねてきた。
その顔に怪訝な色が見えるのは、時間帯的に微妙だからだろう。
これから依頼を受けるには中途半端だし、依頼の報告をするにしても何も受けていないのは自明だ。
一体何をしに来たのかわからない。
そういうことだ。
俺はそんなシェイラに、至って冷静に言う。
「あぁ、ちょっとな。用事があって……
すると、シェイラは驚いた顔で、
「レントさん……大丈夫なんですか? 何をしに来たのかは、それで大体想像がつきましたが……
と、色々と察した台詞を言う。
俺がわざわざ
その中で一番重要なのは、今の俺の身分について、くらいしかないということは簡単に想像がつくだろう。
だからこその心配、というわけだ。
けれど俺は首を振って、
「それは知ってる。だが、俺は別に何か悪いことをしたわけじゃないからな。きっと
そう言った。
シェイラはそんな俺を疑わしそうな表情で見ながら、
「……十分に悪いことのような気がしますけど……」
と言った。
二重登録はそれほどの罪とは捉えられていないとはいえ、悪いことなのは間違いないのでこの場合はシェイラが正しいだろう。
ただ、大した罪ではないからなんとかなるとも言える。
心配はいらないとは言えないかもしれないが、それほど深刻な問題でもない、と俺は思っている。
「ま、悪いことをしている人はいっぱいいるからな。とにかく、
再度繰り返した俺に、シェイラは不安げな顔を一瞬浮かべたが、
「……そこまでおっしゃるのでしたら、きっと問題ないんでしょうね……分かりました。どうぞ、こちらへ」
そう言って立ち上がり、着いてくるように言った。
◇◆◇◆◇
――こんこん。
と、シェイラが辿り着いた扉を叩き、
「……
と言った。
その声に、
「……銅級冒険者レント・ヴィヴィエ? ……分かった、通せ」
重厚でいながら野卑さを感じさせる声が、少しの逡巡を見せた後にそう言った。
その反応にシェイラは若干驚いて目を見開いていたが、すぐに、
「承知いたしました」
そう言って、扉を開き、俺に中に入る様に促す。
それから、彼女自身は中に入らず、ゆっくりと扉を閉めて、コツコツと足音を立て、おそらくは元の場所に戻っていった。
部屋の中には、一人の男が執務机に座っていた。
言わずと知れた
というのも、その腕は荒くればかりの冒険者たちと比べてもそん色がないほどに……いや、むしろ、群を抜いて太く、またその顔には、左目を縦に切る切り傷があり、体はゆったりとした服装に隠れているが確実に巨体であった。
さらに、しっかりとこちらを見据える右目の光は明らかに文官ではなく、むしろ戦士のものそのものであり、噴き出る覇気はどう見ても文官の長、という感じではない。
それもそのはず、この男は元々冒険者であり、怪我を理由に引退したのだが、そのまま故郷に引っ込もうとしていたところを王都にいるヤーランの
冒険者を引退して、その後、
当然、反対の声も大きく、
そんな男の名前は……。
「ふむ……お前が、な。おっと、まずは自己紹介からだな。俺はマルト冒険者組合、
妙な部分を強調して、ウルフは俺に向かってそう言った。
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