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第9章 下級吸血鬼
第181話 下級吸血鬼とダメ押し

 もちろん、俺としてはその条件が悪いはずがない。

 ないのだが、なぜここまで値引きしてくれるのか……。

 シャール本人が申告した通り、俺に対して負い目のようなものを感じているか、というのは分かるが、それにしてもかなり大幅な値引きのような。

 

 俺がそう思ったのが伝わったらしく、シャールは、


「そうだな……別に何も下心がないとは言わん。が、何か企んでいるという訳ではない」


 と言ったので、俺は首を傾げて、


「と言うと?」


 と尋ねる。

 シャールは言う。


「まず第一に、これだけお前に良くしていれば、この間のことは今後、それほど気にしないでいてくれるだろう?」


 と、かなり正直にだ。

 これには俺も、まぁ、そうだろうな、と答えざるを得ない。

 人によっては絶対に許すべきではない、ここで縁を断ち切っておくべきだ、と言う者もいるかもしれないが、そこまでする気には俺にはなれない。

 あれは、ニヴが特異な存在に過ぎるから起こったことだからな。

 ここでなくとも、他の商会でもおそらくニヴに同じことを求められたら同じことをすることになっていただろう。

 ロベリア教の後ろ盾はそれだけ強力だ。

 後ろ盾、というよりかはニヴが引きずりまわしている感じを受けたが、それはいいか。

 

 俺はそこまで考えて答える。


「たしかに、気にしないでしょうね。それほどは」


 しかしだからと言って、全く気にしないと言うことは無理だろう。

 それなりに警戒しながら付き合う、くらいの関係になる。

 関わらないと情報も入ってこなくなるし、そうなると逆に面倒くさいことになる。

 

それほどは・・・・・、か。理解した。必ずしもただのお人好しと言うわけでもなさそうだ。それで、二つ目だが、商人としてお前には何かがあるような気がするのだ」


 むしろこっちの方が本当の理由だったのか、その言葉に力が入っていた。

 しかし、俺に何かがあるとは……確かに吸血鬼ヴァンパイアだから俺自身の身は価値があるが、そういう話ではないだろう。

 もっと抽象的な物言いである。

 

「何か……特に何もないと思いますけどね」


 そう言うと、シャールは、


「そうか? だとすれば、私の目利き違いと言うことになるが……私はそうではないと思っているのだ。それに、いずれ神銀ミスリル級冒険者になるのだろう? それが実現するのなら、間違いなく知り合っておいて損はない。つまり、一種の投資だ」


 と、俺がちらっと言ったことを覚えていて、言及してきた。

 俺としては本気で言った話だったが、真面目に受け取られていないものかと思っていた。

 しかし、そういうわけでもなかったらしい。


「そうなれたらいいなとは思いますが……多くの人は難しいと言いますよ」


「それはそうだろうさ。銅級で、神銀(ミスリル)級にいずれなる、と言われても夢のまた夢だ、となるのが普通だからな。しかし、目指さない者は絶対になれない。私とて、もとは小さな店から始めて、ここまでの商会にしたのだ。やってやれないことはないだろう」


 どうやら、シャールは意外と苦労人だったようだ。

 気になって尋ねる。 


「この店を一代で?」

 

「……そう言ってしまうと語弊があるな。もともと、父の代から店はやっていたさ。ただ、本当に小さな雑貨屋だった。それを徐々に大きくしていったのが私だ、ということだな。私も昔から言っていたぞ。いずれは王国一の商会にしてやると。――まだ、夢の途上だがな」


 シャールが以前、俺の神銀(ミスリル)級目指す発言を馬鹿にしないで聞いてくれたのはその辺りに理由があるのだろう。

 ニヴは……ニヴは何考えているかよくわからないからな。馬鹿にするとかしないとかそういう次元に生きてる気がしない。

 聖女ミュリアスは、その名の通り聖女だからな……他人が語る夢を頭から否定したりはしないのは分かる。

 

「しかし、そんな夢を持っている方が投資するには、その額が大きすぎるような気がしないでもないですが」


 最高で金貨二千五百枚になる品を、金貨千八百枚で売ると言うのだから、金貨七百枚の値下げ幅である。

 それだけあれば、毎日露店の串焼きを死ぬまで食べていられる。

 ……今は死なないからそれは無理か。

 ともかく、凄い額である。

 それなのに……。


 シャールはそんな俺に、


「お前からするとかなりの額に思えるかもしれないが、ステノ商会から見ればそれほどでもない。それに、お前の懐具合は知っているからな。どれだけ吹っかけようとも白金貨二十枚が限界だろう。そもそも、魔法の袋は貴重だ。私も元々は注文通り、金貨千八百枚程度の品を仕入れようと努力していたのだが、そんなに言い値通りの品は都合よく出回らんのだ。それで、なんとか見つけたのがその魔法の袋でな……値下げするのはその辺りに私が商人としての不甲斐なさを感じたこともある」


 と言う。

 確かに魔法の袋は手に入れにくい。

 少なくとも個人の冒険者レベルだと、すでに持っている者と話をつける以外にはオークションか迷宮以外に方法はない。

 そして、基本的に所有者はこれを手放すことはないのだ。

 迷宮で見つかることもほとんどなく、したがってオークションに頼るしかない。

 そんな事情は、商人からしてもそれほど変わらないのかもしれない。

 魔法の袋を作る職人はいるが、その素性が知られることはほぼなく、大規模な商会が囲っていることがほとんどだ。

 そして、その数は極端に少ない。

 ステノ商会は確かにヤーランにおいては大きな商会かも知れないが、そのような職人と伝手を持てるほどではないということだろう。

 そうなると、他の商会を回るか、冒険者がたまたま手に入れたものを買い取るか、しかない。

 狙った大きさのものを手に入れるのが難しい、というのはそういうことだ。

 それでも、ほとんど俺が求めていたものと同じくらいのものを短い期間で調達できているので、十分に優れていると思うが、俺の買える額ではないと言うのが致命的だからな。

 ふがいないと思うのは理解できた。


 それから、シャールは、


「それで、どうする? 買うか?」


 と、尋ねてくる。

 悩ましいところだが、こんなものが手にはいることは滅多にない。

 完全に信用しきれはしないにしても、これは普通の商取引だ。

 ここで買ったからと言って、何かどうしようもない要求をのませられる、ということはないと考えていいだろう。

 しかし……。


 と悩んでいると、シャールは、


「おっと、そうだった。この魔法の袋なのだが、ちょっとした機能がついていてな。見た目が変えられる」


 と言って、袋を持ち、念じ始めた。

 すると、袋が革製のバッグの形になったり、背嚢の形になったり、箱の形になったりした。

 これは……。

 シャールは続ける。


「この機能がついているから高い、というのがある。容量はそれこそ二千枚程度の品なんだ」


 と言った。

 こういうものがある、というのは聞いたことはあったが、実際に目にするのは初めてだった。

 職人の作ったものは、見た目は固定しているものなので、これは迷宮から持ち帰られた品なのだろう。

 こんなに早く手に入れられたのは、シャールがその辺りについてかなり念を入れて目を配っていたためだと思われた。

 

 そして、もうここまで便利そうな品を見せられたら、俺としても物欲が抑えきれない。

 そもそも、ほとんど買うつもりになっていたところ、ダメ押しがこれである。

 だから俺はシャールに、


「買います。はい、白金貨十八枚。ご確認ください」


 そう言ってテーブルの上に素早く白金貨を積み上げたのだった。


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