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第9章 下級吸血鬼
第180話 下級吸血鬼と袋

 その日、俺はステノ商会から連絡を受けた。

 一体何の用か、と思って使いの者に尋ねると、魔法の袋が手に入ったと言う。

 ついては現物の確認と、問題ないようであれば購入を、と言われ、また必要ないと言うのであればそのままオークションに流れるので、出来るだけ早く来られたしとのことだったので、俺は慌てて準備をして、ステノ商会に向かった。

 魔法の袋は貴重品である。

 豚鬼オーク数体を詰め込める程度のものならそれでもまぁ、手に入らなくはないが、俺がステノ商会の主であるシャールに頼んでおいたものは、タラスクが入るような大きさのものだ。

 そんなものは滅多に流れず、流れても即座に売れる。

 それなのに、こうやって連絡を本当にくれたのはありがたい。

 

 ステノ商会につくと、以前案内してくれた店員が同じように応接室まで案内してくれた。

 今回もまた、昇降機に乗って上まで運ばれた。

 何度乗っても、面白くて、これはいいものだ、と思う。

 ロレーヌの家にも設置できないものか……と少しだけ考えるも、個人宅には流石に必要ないかな、とすぐに改めた。

 そもそも、手に入れるのはステノ商会がその商会としての伝手を全投入してやっと、というレベルのものであるし、個人宅に設置してくれと言ってもおそらくは断られるだろう。

 俺の夢、破れる……。

 ロレーヌなら、言えば自分で作ってしまえそうな気もしないでもないが……そこまでしてほしいわけでもないからな。 

 残念。諦めよう。


 応接室で、お茶とお茶請けを楽しみながら待った。

 今回は板のような黒っぽい物体で、初めて見たものにどう扱っていいのか悩んでいると、店員が、


「それはチョコレートというもので、西方ではやりつつある新たなお菓子です。温度を変えると溶けたり固まったりすることから、色々と加工も出来ると言うことで、面白い食材であるとのことですよ」


 と言われた。

 チョコレート……初めて聞いた。

 匂いは甘く、それだけなら美味しそうな気がするが、板である。

 口に含めそうだが、大丈夫なのかと言う気がしてくる……。


「……このまま食べていいのか?」


「ええ、もちろん」


 と言われて、恐る恐る口に運ぶと、甘い香りと、少しのほろ苦さが口の中に広がった。

 

「これはうまい」


 と称賛の言葉を口にすると、店員は、


「ありがとうございます」


 と言い、そして準備をしてくる、と言って去っていった。

 それから、俺はチョコレートをひたすらに楽しむ。

 こんなに美味い菓子があるとは寡聞にして知らなかった。

 温度によって溶けたりする、というのも店員の言った通りで、口に含むと溶けていくのだ。

 紅茶にもまぁまぁ合う。

 ただ、なんとなく紅茶よりはきつい酒に合いそうな気もするが……流石に酒を出せとは言えない。

 まぁ、これだけで美味しいのだし、いいか。


 そう思ってばくばく遠慮せず食べていると、扉を叩く音がして、


「シャールだ。入ってもいいか」


 と言われたので、俺は慌てて自分の指先を見つめ、そこがチョコレートで結構汚れていることに気づき、魔法の袋から布の切れ端を出して拭った。

 それから……あぁ、口元もきっとまずいだろう、と思い、しかし、一応拭いたがどうなっているかを確認できないので、仕方なく仮面の形を顔下半分を覆うものに変える。

 それから、すぐに、


「ええ、構いませんよ」


 と冷静を装って言うと、シャールが入って来た。


「この間ぶりだな、レント。あれからどうだ?」


 随分と大雑把な質問であるが、俺と彼の関係においてどうだ、と聞かれる心当りは一つしかない。

 ニヴと聖女のことだろう。

 あれから何か付きまとわれたりなど何か問題がないか、と言うことだろう。

 俺は彼に首を振って、


「特に問題はないと思います。もちろん、気づいていないだけかもしれませんが」

 

 ニヴならそれくらいのストーキング技術を持っていてもおかしくないからな。

 というか百パーセント持っているだろう。

 それがゆえの、吸血鬼ヴァンパイア討伐数であるのだから。

 しかし、あれからの自分の行動を鑑みるに、さして怪しい行動はとっていない。

 少なくとも、吸血鬼ヴァンパイア特有の行動ですね!とニヴが嬉々として指さしそうな行動はとっていない。

 夜に出歩くのも極力控え、普通の時間帯に動き回っているし。

 先日の魔術の訓練はちょっと変わった結果が出たが、極端に異常と言うわけでもなかったしな。

 大丈夫だろう。

 強いて言うなら、これから旅立つために色々とそういう品を買い集めたりしているくらいだが……旅行くらいは誰だってする。

 問題ないはずだ。


 俺の言葉に、シャールは頷いて、


「ならいいのだ。色々と迷惑をかけたからな……あの後のことは気になっていた」


 そう言う。

 この人は普通の人間より遥かに忙しく、わざわざ一冒険者のために時間を割くような立場ではないのに、再度こうして会ってくれているのはなぜだろうと思っていたが、そういう理由があったのかと納得する。

 しかしそこまで気にしなくてもいいのに、と俺は思ってしまう。

 お人好しかもしれないが、そもそもシャールはニヴが俺を吸血鬼ヴァンパイアとして疑っていると詳しくは知らなかったわけだしな。

 ニヴにしたって、危険な存在である吸血鬼ヴァンパイアを出来るだけ素早く、周囲にそれほど多くの一般人がいない状況で捕縛、もしくは消滅させたいと考えるのは理解できる。

 狩られる本人からしたらたまったものではないが、吸血鬼ヴァンパイアはそこら辺の通行人の中に混じっているのだ。

 何らかの方法によって判別し、疑いがある程度ある、と判断したらふるいにかけてその疑いを確信に持っていかなければならないのは当然の話だ。

 だから俺は言う。


「あまり気にされなくても構いませんよ。もう疑いは晴れたわけですし、それに、魔法の袋も用意してくれたと言うことですし」


 そう言うと、シャールは、


「おぉ、そうだった。今、持ってこさせよう」


 と言って、テーブルの上に置いてある鈴を鳴らす。

 すると、部屋の外から店員が銀盆の上にみすぼらしい見た目の袋を載せて持ってきて、テーブルの上に置き、去っていった。


「これが、例の?」


 と尋ねると、シャールは言う。


「あぁ、お前が求めていた、金貨千八百枚相当の魔法の袋だ……と言いたいところだが」

 

 と言葉を止めたので、


「違うのですか?」


 とふと不安になって尋ねる。

 シャールは頷いて、


「ああ、少し違う。と言っても、性能が悪いと言うわけではないんだ。むしろ逆でな。二千枚から二千五百枚相当の品になる」


 ……大幅に違うではないか。

 いや、性能がいいのは別に構わないのだが、俺の支払い能力を考えてほしい。

 金貨千八百枚、つまり白金貨十八枚ですら大金なのだ。

 白金貨二十枚までならニヴにもらった対価で払えるが、それを越えるような額を言われても……というのが正直なところだ。

 そんな不服な気持ちが出ていたのだろう。

 シャールは笑って、


「いや、別に金貨二千枚払えと言いたいわけではない。むしろ、私にはお前に大幅な借りがあるからな。その分負けて、金貨千八百枚でこれを売ろう、ということだ。どうだ?」


 と言って来た。


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