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第9章 下級吸血鬼
第179話 下級吸血鬼と得意属性

「……おい、ちょっと下がり過ぎじゃないか? 俺を何だと思ってるんだ……」


 つい、そんな声が出たのも仕方がないことだ。

 なにせ、俺から少し距離をとる、といったロレーヌとアリゼの二人は、豆粒のように小さくしか見えない位置に今、いる。

 さっき、俺とロレーヌがアリゼからとった距離と比べると、十倍は離れているのではないか。

 そんなに怖がられることを俺はしたか?

 ふとそう思う。


 不死者(アンデッド)吸血鬼ヴァンパイア、の時点で、なるほど怖いな、と思ってしまう訳だが。


 ともかく、


「……いいぞ! レント……!!」


 と、遠くからロレーヌの声が響く。

 もう魔術を使っていい、ということのようだ。

 あれだけ離れていれば、二人に被害が、なんてこともまずないだろうし、よくよく考えれば俺にとってもこの方がよかったのかもしれないな。

 とりあえず、やってみるか……。

 魔術は、先ほどアリゼが使ったものと同じ、生活魔術、点火アリュマージュにするか。

 結果も大体見て、イメージできているし、成功させやすいだろう。

 まぁ、杖は魔術師の制御力を上げ、魔力も増幅してくれると言うことだから、失敗などまずしないだろうが。

 あとは威力の調整だが……こればっかりは一度使ってみないと感覚がな。

 正直に言えば、杖を使ったことが一度もない、というわけではないのだ。

 ただ、それはあくまで生きていたころの話で、あの頃の俺の魔力量は雀の涙すらなお多い、というくらいに少なかった。

 魔力増加の恩恵などほぼなかったのだ。

 雀の涙を何倍にしても所詮は数滴に過ぎないわけだからな。

 しかし、今の俺は……。

 あの頃とは明確に異なる魔力量を持っている。

 使い心地も相当に違うだろう、というのは想像がつく。

 楽しみだな……。

 そう思いながら、俺は体に魔力を満ちさせ、それから杖を持つ手の一点に集め、魔力を杖に注いだ。

 そして、唱える。


「火よ、我が魔力を糧にして、ここに顕現せよ……《点火アリュマージュ》」


 その瞬間、ぼうっ、と杖の先から火が吹き出た。

 杖が魔力をかなり増幅してくれている気配を感じたので、慌てて注いだ魔力の一部を引っ込める。

 しかし、それでも結構な火と言うか、火炎が立ち上っていた。

 

 ……周囲に何も建物などの構造物がなくてよかったな、と心から思う。

 ロレーヌがあれだけ離れる、という判断をしたのも間違いなく正しかった。

 魔力の制御には自信があったが、今回のこれで割とその自信も砕け散ったな。

 杖は少し練習が必要そうである。

 けれど、それでもアリゼのように現れた炎の前に混乱してどうしたらいいのか分からなくはなったりしない。

 アリゼより長く生きてきた年の功の力である。

 といっても、二十五年程度な訳だが。

 

 冷静に魔力を注ぐのをやめ、残った魔力で燃え続ける火炎の方向を調整しつつ、数秒見つめた。

 そして、ふっと火炎が消えると、遠くにいるロレーヌとアリゼに手を振って、


「もう大丈夫だぞ!」


 と叫んだ。

 二人は、その俺の台詞が本当かどうか少しの間、観察し、それからどうやら事実らしい、と確認できると近寄って来た。

 慎重な……と思うが、これくらいの慎重さは必要だろうな。

 杖には暴発、ということもあるし、何かの異常で杖に残ってしまった魔力がおかしな反応を起こすこともあると聞く。

 それが起こるかどうかも含めての確認だったのだろう。


「……レントの《点火アリュマージュ》、ものすごく大きかったね」


 とアリゼがまず言い、続いてロレーヌも、


「やはり離れておいて正解だったな。近くにいたら消し炭になっていたぞ」


 と笑いながら言う。

 現実には近くにいても、ロレーヌが即座に結界を張っただろうから何の問題もなかっただろうが、何かの間違いと言うこともあるからな。

 彼女の言う通りであった。

 ロレーヌは続ける。


「しかし……《点火アリュマージュ》の魔術にしては少し巨大すぎではないか? 魔力量は確かに大きいが、それでもあれほどの火炎が噴き出すような魔術ではないはずなんだがな……」


「そうなのか? でも実際、見ての通りだぞ」


 そう言うと、ロレーヌは、


「確かにな……ふむ、レント、お前、他の魔術も試してみろ。生活魔術の《マー》は使えただろう?」


 と提案してきた。

 《マー》はコップ一杯の水を生み出す、冒険者にとって非常にありがたい魔術であると同時に、以前の俺の物凄く少ない魔力量でもなんとか発動させることの出来た魔術のうちの一つである。

 俺は、ロレーヌのその提案に、彼女の意図を感じ取る。


「あぁ。そうか……他の属性でも同じようになるか、試そうってことか」


 人には得意な属性、というものがあることがある。

 ほとんどの人間は満遍なく使えるものだが、どれか一つが偏って、得意、という場合があるのだ。

 なぜそんなことが起こるのかは色々と理由があるが、たとえば、生まれた土地が火山の近くとかと言う場合に火が得意になったりすることがある。

 また、神霊の加護も影響し、加護を与えた神霊の属性がそのまま得意属性となる、ということもある。

 俺の場合は……植物系の神霊の加護を得ているはずなので、むしろ火属性は不得意になるのが自然な気がするが、現実にはそうなっていないようだ。

 これは不思議なことだが……とりあえず何が得意で何が不得意なのかを判別しておくのがいいだろう、とロレーヌは思ったのだろう。

 俺は頷いて、とりあえず《マー》を試すことにした。

 アリゼとロレーヌは、念のため、再度、距離をとる。

 ……なんだか釈然としないものをやはり感じるが、さっきの結果を見る限り仕方がない。

 俺は、ロレーヌの、いいぞ、という声を聴き、呪文を唱える。


「……水よ、我が魔力を糧にして、ここに収束せよ……《マー》」


 生活魔術はどれも、詠唱がかなり似通っている。

 基本であるために、構成が簡素であるからだ。

 しかしそれだけにこんがらがりやすい。

 俺が改めてロレーヌに詠唱を聞かれたとき、少し自信なく答えたのはそのためだ。

 今回も、これであっていたかな、と少し思わないでもないが、魔力がしっかりと動いて杖に集中しているのを感じ、正解だった、と安心する。

 そして、杖の先に水が現れる。

 球体の、少し大きな水の塊だ。

 しかし、先ほどの炎のように常識外れに巨大という訳でもない。

 先ほど、アリゼが出した炎、それよりも一回り大きいかな、と言う程度のものだ。

 俺はそれを数秒維持し、そして観察してからかき消す。

 それを確認したロレーヌとアリゼが再度近づいてきた。


「……やはり、火属性が異常なまでに強いのかもな、お前は」


 ロレーヌは考えながらそう言う。

 俺も今の結果を見る限り、そう思った。


「水属性よりはな。ただ、他の属性はどうだろうな……」


 気になってそう口にするが、ロレーヌが、


「他も試したいが、何もかも試すわけにもいかんだろうし、基本的にお前、今の二つの呪文しか使ってこなかっただろう? 詠唱を教えればすぐに使えるだろうが、今のお前がいきなり生活魔術とはいえ試すのは怖いからな。今日のところはここで一旦やめておこう」


 と止める。

 確かにそれはそうだな。

 今使った二つはかなりこなれていたからしっかりと維持することが出来たが、まるで慣れていない魔術で同じことが出来るとははっきりは言えない。

 おそらくは出来ると思うが、何かまずいことが起こってからでは遅いのだ。

 自分の体がよくわかっていない以上、用心はしてもし過ぎることは無いだろう。


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