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第9章 下級吸血鬼
第174話 下級吸血鬼と何気ない言葉

 当然のことながら、銅板に魔力を注ぐ過程でも、アリゼは苦戦した。

 対象が異なるとはいえ、筆に魔力を注ぐのも銅板に魔力を注ぐのも、物体に魔力を注ぐ、という点では全く同じである。

 同様に大変なのは当たり前の話だった。

 それがむしろ反対に作用しているのが俺である。

 魔力を武器に注ぐのも筆に注ぐのも銅板に注ぐのも同じ、ということは、武器に魔力を注ぎ続けて十年の俺は、この過程も楽勝と言うことだ。

 いやはや。

 何だかアリゼに申し訳ない気分になってくる。

 しかし、別に俺は楽をしているわけではない。

 むしろ、アリゼが今日一日で身に着けようとしているものを、何年もかけて身に着け、研鑽し続けてきたのだ。

 その意味ではアリゼの方がずるいと言える。

 才能でどうにかなってしまっているのだからな……いや、俺が才能がなさ過ぎただけか。普通はこんなものなのか。分からん。


「よし、次は魔石を銅板の上に置くんだぞ。見てたから分かるだろうがな……私の場合は時間がもったいないからと短縮するために色々とやったが、その作業については今はまだお前たちには早い。基本通り、ただ魔石を置けばいい。しばらく放っておけば自然に魔石が魔法陣を吸収してくれる」


 ロレーヌが魔法陣を銅板に書き終わった俺たちにそう言った。

 確かにロレーヌは時間がかかるからと何かいろいろやってこの作業をさっさと終わらせていたが、やはりあれは難しい技術だったらしい。

 挑戦してみたい気もするが、ロレーヌがまだ早い、というのだからきっと無理なのだろうな。

 ま、アリゼと一緒に地道にやっていけばいいか、と諦めることにする。

 一刻を争うと言うのなら別だが、俺は冒険者としては剣士としてやっているわけだし、特に困ってはいないから。

 もちろん、色々と技能を身につけられればそれだけ様々なことが楽になるだろうが、錬金術師の技能はなぁ。

 冒険者として、と言う意味ではそれほど即座に役には立たないからな。

 高品質な回復薬を自分で作れるのが強みと言えば強みだが、俺は故郷で薬師の婆さんに回復薬の作り方は教わっているし、錬金術師の作ったそれよりも効果は落ちるとはいえ、困ったら聖気もあるしな。

 問題はない。


 それから、言われた通り、魔石を銅板の上に置くと、銅板に模様のように染み込んでいた魔法陣がぺりぺりと剥がれるように魔石の中に吸い込まれていく。

 この過程は、ロレーヌのときは一瞬で終わってしまったからまじまじと眺めることが出来なかった部分だ。

 光っておしまいだったからな。

 不思議な光景であったが、特に変わったものでもないらしい。

 ロレーヌが、頷きながら見ている。

 つまり、今のところは問題なく、杖作成が進んでいるということだろう。

 そして、十分ほど経って、魔法陣の最後の模様が魔石に取り込まれると、ロレーヌは、


「……よし、いいだろう。二人とも、魔石にしっかりと魔法陣が取り込まれているか、見るといい」


 と言って、魔石を手に取り、内部を覗くことを勧める。

 俺もアリゼも、魔石を見たくてしょうがなかったので、そう言われた直後、魔石を掴み、中を覗いた。

 すると……。


「あ、出来てる! 出来てます! ロレーヌ師匠!」


 と、アリゼの興奮したような声がまず響いた。

 彼女の方はしっかりと成功したらしい。

 ロレーヌも、


「どれどれ……」


 と言って、アリゼから魔石を受け取り、その内部を覗く。 

 すると、


「確かによくできているな。魔法陣は、やはり少しゆがんだ形で取り入れられてしまっているが……問題はないだろう。初めてにしては上出来だ、アリゼ」


 そう言ってアリゼの頭を撫で、褒めた。

 次に、


「で、お前の方はどうだ?」

 

 と俺に話を振る。

 俺は、


「……いや、あの……」


 と歯切れ悪くつぶやく。

 いや、別にやましいことがあるわけでは……なくもないか。

 しかし、俺は断じていうが、ロレーヌの言ったとおりにやったのだ。

 俺の妙な様子を見て、ロレーヌは眉根を寄せ、


「……おい、レント、お前……」


 と怪訝な顔つきで寄ってきて、俺の持っている魔石を奪い取り、天に翳して内部を覗いた。

 そして……。


「お前……何が何でも普通には出来ないのか? これは……お前もおかしいと分かってるだろう?」


 と聞かれた。

 魔石を改めてロレーヌから手渡され、覗いてみると、確かにそこには少しばかり変わった魔法陣が浮いているように見える。

 俺は、ロレーヌのインクで銅板に魔法陣を描き、それがそのまま魔石に取り込まれたはずだった。

 その場合、ロレーヌが手本を見せてくれた時もそうだが、書いた色のまま取り込まれることになる。

 しかし、俺の魔石の内部に浮いている魔法陣は、緑と黄色のまだら模様に発光していた。

 正直あんまり気持ちのいい色合いではない。


「……きれいじゃないな」


 と俺がつぶやくと、ロレーヌは、


「問題はそこじゃない。が、こういうことはないではない。魔力の偏りや神霊の加護でこういう、妙な魔法陣が魔道具に浮き出ることはたまにあるのだ。お前の場合は……なぁ?」


 その、なぁ、に込められた意味を分からない俺ではなかった。

 俺は、聖気を持っていて、何かしらの神霊の加護を持っているし、魔力についても、不死者(アンデッド)であるためにその性質に妙な偏りがないとは言えないのだ。

 むしろ、こんなことが起こっている以上、あると断定すべきだろう。

 俺は、まともに錬金術をすることすら出来ないのか……ちょっとそう思って悲しくなり、ロレーヌに尋ねる。


「やっぱりこれ、まずいか?」


 俺の質問に、ロレーヌは、


「……いや、珍しい現象なのは間違いないが、全くないという訳でもない。先天的に魔力の性質に偏りがある者はいるし、聖気の加護を持つ者も少なからずいるからな……ただ、こうなると出来上がる杖の性質にも偏りが出てくるからな。それだけ覚悟しておけば問題ないだろう」


 と言った。

 どうやら、何の問題もない、という訳ではないにしろ、俺が錬金術を身に着けられないというわけでもないようだ。

 それなら、まぁいいかな、と思う。

 しかし、杖に偏りが……。

 どの程度偏るかが問題だが、それは作ってみないと分からないのかな。


「レントの魔石、見せて」

 

 考えていると、アリゼがそう言ってきたので、ロレーヌの顔を見る。

 あんまり変なものを見せると教育上良くないかもしれないと思っての確認だったが、ロレーヌが頷いたので、俺はアリゼに魔石を渡した。 

 それからアリゼは魔石の中を覗いて、言った。


「わぁ、綺麗だね。私のは普通の黒い魔法陣だから、なんだか羨ましいなぁ」


 ……無邪気である。

 しかし、なんとなく救われる発言であった。

 別に俺も自分の特殊性はもう、心の底から理解しているのだが、こういう何気ないところでそれが浮き彫りになるとちょっとだけ、落ち込むのだ。

 二日もすれば立ち直れるくらいのさして大きな落ち込みではないが、それでも何だか悲しいような寂しいような、俺ってやっぱり人間じゃないなと言う気分になる。

 眠りが浅い時や、小さな傷が数秒で治ってしまうときなど、そう感じるのだ。


 けれど、今はアリゼの言葉でそんな気持ちは吹き飛んだ。

 なんて良い弟子なのだろう。

 どっちが励まされているのか分からないな……。


 心の底からそう思いつつ、杖作りは進む。

 あとは、杖の部分だけだ。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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