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第9章 下級吸血鬼
第173話 下級吸血鬼と失敗

 俺もアリゼもどれを素材に使うか悩んだが、一応決まる。

 アリゼの方に先に選ばせたのは言うまでもないことだ。

 わざわざ彼女のために採取してきたのに、俺が我先にと良さそうだから目ぼしい素材を持っていったら意味がない。

 俺は余りでいいのだ。

 究極、新しいのが欲しくなったら俺は自分で素材を採りに行けるわけだしな。


 ちなみに、アリゼが選んだのはシラカバの灌木霊(シュラブス・エント)の木材と、鉱山ミナゴブリンの魔石だった。

 俺的には、魔石は地亜竜(テラ・ドレイク)のものが一番質が良いためおすすめだったので一応勧めてみたのだが、


「こっちの方が綺麗だから、私はこっちがいい」


 と言って鉱山ミナゴブリンの魔石をとった。

 アリゼが手に取った鉱山ミナゴブリンの魔石は確かに綺麗な青色をしていて、見た目は中々いいが、質はそこそこである。

 対して地亜竜(テラ・ドレイク)のものは真っ赤な輝きを帯びたもので、質はかなりいい。

 それでもタラスクのものには及ばないわけだが、選ぶなら地亜竜(テラ・ドレイク)なんだけどな……。

 と俺が思っているのが、ロレーヌに伝わったようだ。

 彼女は、


「別に究極の杖を作ろうという訳じゃないんだ。初めての杖は気に入ったもので作った方がいい。その方が成功しやすいからな。だから、無理に質のいいものを使う必要もない」


 と言った。

 まぁ、そういうことなら、これでいいのだろう。

 俺は地亜竜(テラ・ドレイク)の魔石がこの中だとお気に入りだし、灌木霊(シュラブス・エント)の木材の方はエボニーのものがいいし。

 

「じゃあ、二人とも素材を選んだところで、魔法陣を描くところからだな。二人とも、筆は持ったか」


 言われて、俺もアリゼも同様に筆を持つ。

 インクもしっかりテーブルの上に二瓶、置いてある。


「よろしい。じゃあ、最初だが、筆に魔力を込める。さっき、私がそれをしているのに気づかなかっただろう? それくらいに僅かでいい、沢山じゃなくていいということだ。注ぎ過ぎると……まぁ、注ぎ過ぎなければいいからそれは説明しなくていいか。ともかく、丁寧に、少しずつ筆に魔力を注ぎ、それからその状態を維持して、筆をインクにつける。ここからだな」


 言われて、俺はロレーヌの説明通り、僅かに魔力を筆に注いだ。

 これはもう、俺にとって慣れ切った作業であるので、非常に簡単である。

 武器に魔力を注ぐのとまったく同じだからな。

 ただ、アリゼには初めての作業であるから、かなり難しいようだった。

 十年選手と初心者ではそれは全然違うのは当然だな。

 しかし、アリゼは少し悔しいようで、


「レントに負けない!」


 と言って、気合いを入れた。

 けれど、その気合いは空回りしたようだ。


「あ、あんまり注ぐなと……」


「えっ?」


 かなり多めの魔力を筆に注いだアリゼがそれをインクにつけた途端、インクがぶるぶると震え、直後、噴水のように噴き出てアリゼにかかる。


「あっはっは」


 と、俺が笑うと、ギンッ、とインクで黒くなった顔で目を光らせて、こちらを睨んだアリゼ。

 俺は笑い声を引っ込め、それからまじめ腐った口調で、


「……なるほど、大量に魔力を注いでしまうとインクが飛び散る、というわけだ。注意、注意……」


 と言った。

 ロレーヌは頷いて、


「そうだが、あまり煽るなよ……。アリゼもあんまり張り合うな。まぁ、競争相手がいた方が良いとは思うが、この作業については張り合うだけ無駄だ」


「どうしてですか?」


 アリゼには分かっていなかったようで、不思議そうに尋ねる。

 ロレーヌは事情を説明する。


「筆に魔力を注ぐ、という行為は初めてやっただろうが、レントはいつも武具に魔力を込めて戦っている。十年間、ずっとだ。つまり、こいつはこの作業についてはまるで初心者ではない、ということだな」


「なにそれ、ずるい!」


 と、アリゼが知らされた真実に憤慨するが、


「ずるいも何も仕方ないだろ……今更初心者には戻れないしな。錬金術は初めてだけど、作業でやる魔力の操作については俺は割と得意だ。だからその辺りについては諦めろって」


 俺はそう言い訳した。

 言い訳も何も当然の話だが、アリゼはちょっとだけ不服だったのだろう。

 しかし聞き分けが悪いわけでも性格が悪いわけでもない。

 彼女は言う。


「レントと一緒にうまくなっていけると思ったのに」


 つまり、同じくらいの速度で同じように成長していきたかったらしい。

 分からないでもない。

 ただ……。


「別にそれは無理じゃないだろ。ただ、俺には得意分野があるってだけだ。魔術も錬金術も、習わないと使えないわけだしな」


「そうかな……?」


 少し納得しかねるように首を傾げたアリゼだが、ロレーヌが、


「そうさ。そもそも十年前のレントと比べたら遥かにアリゼの方がうまいしな。十年後、こいつより出来るようになってればそれでアリゼの勝ちだぞ」


 と言う。

 確かにそうだ。

 そして、きっと抜かれるなぁ、と思う。

 今から頑張って強くなっていくつもりではあるが、十年あればアリゼなら今の俺くらいにはなれるだろう。

 

 アリゼは素直なもので、


「……頑張る」

 

 と言った。

 それから、ロレーヌが彼女に洗浄の魔術をかけてやり、新しいインクを持ってきて作業に戻る。

 どれだけ在庫があるんだろう……。

 まぁいいか。


 俺は一発で成功させた筆への魔力込めであったが、アリゼは結構苦戦していた。

 しかし、それでも一時間ほど繰り返していると何とかできるようになっていたので、才能と言うのは羨ましいものだ。

 俺が身に着けるまでには、もっと時間がかかったからな……。

 体内の魔力は魔力を自覚する過程で簡単に動かせるようになったが、体の外に放出するとなるとこれはまた別のセンスが必要になるからだ。

 それでも一週間程度でなんとかできるようにはなったが……アリゼほど早くはない。

 

「では、次に魔法陣を描く。筆に魔力を込めたままでやらなければならないから、集中力が必要だ。頑張れ」


 ロレーヌがそう言ったので、俺とアリゼも作業に移った。

 俺は筆に魔力を維持するのは息をするように出来るので、それほど集中力は必要なかったが、アリゼは割とプルプルしながら頑張っている。

 出来るようになったとはいえ、まだまだ、というわけだ。

 そりゃそうだ。今日だけで俺と同じレベルまで出来るようになっていたら、面目丸つぶれである。

 まぁ、別に丸つぶれになったらなったで、筋がいいということであるからいいのだけどな。


「もうできたのか、レント?」


 ロレーヌが俺にそう尋ねたので、俺は頷く。


「あぁ。いいかどうか見てくれ」


「……やっぱり器用だな。しっかりとかけている。そういえば、お前は絵もうまかったか」


「うまいかどうかはよくわからないが、人並みには描けるかな」


 冒険者をしていると、出遭った魔物の特徴なんかを同じ依頼を受けた者同士で共有するときなどに、地面に絵を描いて説明したりすることがある。

 そのために、少しは練習した。

 色々やってきたことが生きているということだろう。


「ま、これなら問題ないだろう。普通に使える。アリゼの方は……」


 そう言って、ロレーヌがアリゼの方を覗きに行く。

 すると、


「どうですか?」


 尋ねたアリゼにロレーヌが、


「……悪くない。が、少しこの辺りが歪んでいるな。この程度なら問題ないが、大きく歪むと発動しなかったり、予想外の効果が発動したりするから気を付けるようにな」


 軽くそう、注意した。

 それにアリゼが、


「予想外ってたとえばどんな?」


「色々あるが……魔術師の間で良く語られる言い伝えだと、昔、絵心のない魔術師コンラーというのがいてな。口は達者だったんで、宮廷魔術師になれたんだが、ある日、その国に伝わる儀式を担当することになったんだ。別にそれ自体は問題なかったんだが、その儀式、魔法陣を描いて花火を上げる、というものでな。コンラーも自分の絵心のなさは理解していたが、それでも失敗しても適当に魔術で花火を上げればいいだろうと引き受けたんだ。で、実際魔法陣を描いて発動させた。かなり不格好なものだったと言われている。それで、そうしたら、どうなったと思う?」


「……どうなったんですか?」


「その場に火竜が召喚されて、辺り一帯を焼き尽くして去っていったとさ」


「それは……」


 あまりの結末にアリゼは顔を青くしている。

 自分が書いた魔法陣がそんな事態を巻き起こす可能性があると言われて、怖くなったのだろう。

 しかしロレーヌは、


「ま、今のはあくまで昔話、教訓話の類だ。実際にそこまでのことは起こらん。コンラーは魔法陣こそ描くのは下手だったが、それでも優れた魔術師で、魔力量も莫大だった。そのため、それだけ大きな失敗になってしまったのだ。アリゼが失敗したとしても……今はまぁ、せいぜいスライムが召喚されるくらいで終わるだろう。あとは大きな音がなったり命にはかかわらないくらいの軽い爆発とかな。だから安心しろ。そうなっても私が抑え込むしな」


 そう言ったので、アリゼはほっとしたのだった。


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