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第9章 下級吸血鬼
第172話 下級吸血鬼と杖

「だろう?」


 俺がそう言うと、アリゼは頷いてロレーヌの短杖ワンドの魔石部分をもう一度覗いた。

 そして、


「魔法陣が……いっぱいあるよ。それに、いくつも折り重なってて、なんだか丸くなってる……」


 そう言いながら、俺に短杖ワンドを手渡した。

 俺はそこに何があるのかは知っているが、ついでにと魔石部分を見てみる。 


 するとそこには、先ほどロレーヌが作った魔石とは比べ物にならないほど複雑な魔法陣がぎっしりと詰まり、浮かんでいるのが見えた。

 いくつもの魔法陣が折り重なり、球形になって、しかも球体の数は一つではなく、三つはある。

 それぞれの球体は、お互いに触れない距離を保ちながら、それぞれ逆にゆっくりと回転していて、なんだか砂時計を見ているような、ずっと見ていたいような気分になってくる。


「立体積層魔法陣という奴だな。魔法陣を二次元ではなく三次元的に構成することにより、より多くの情報を書き込むことの出来る技術だ。魔法陣は一つ一つの文様や文字が様々な情報を持っていて、それをどれだけ効率的に組み込めるかが勝負だからな。平面よりは立体の方がはるかに多くの情報を組み込めるのは当然の話だ。加えて、もっと行くと、多次元立体積層魔法陣というものもあって、これは魔法陣を三次元ではなく四次元的に……っと」


 ロレーヌが説明していると、徐々にアリゼの顔がちんぷんかんぷんな表情になってきていた。

 気持ちは分かる。

 俺はロレーヌに本を借りたりしながら色々と学んできたので分かるが、孤児院で育ってきたアリゼにとっては流石に厳しい内容だろう。

 ロレーヌもそれを感じたようで、


「悪かったな。この辺りをすんなり理解するためには数学の方も先に教えた方が良かった。レントに話しているような気分になっていた……良くないな」


 と謝る。

 アリゼは首を振って、


「ううん……なんだか、凄いってことは分かりましたから。レントは、こんなに難しい話が分かるの?」


 と尋ねてきたので、俺は一応頷いて、


「なんとなくはな。なにせ、ここにあるロレーヌの本を読むのが俺の趣味だ。十年かけたから知識はそれなりだぞ」


 と言う。

 それはどのくらいかと言えば、一般人から見ると少し物知りに見えて、ロレーヌのような奴から見ると、とりあえず話は通じるかな、と捉えられるような微妙なところだろう。

 もちろん、冒険者関係の知識についてはこの街においては俺はかなり詳しい方だと自負しているが、学問となると流石にな……。

 一応、故郷の村、ハトハラーにいたときは、薬師の婆さんや村長に基礎的な学問は教わっていたから、独学的にロレーヌの本も読んでいたわけだが……。

 まぁ、大したものではないだろう。


 しかしロレーヌは、


「レントは中々のものだぞ。なぜこんな男がど田舎の辺境の村で育ったのか、謎だが……」


 と褒めてくれる。

 彼女が謎、というのは俺があんまり自分の出自と言うか、故郷での話をしないからだろう。

 一応、薬師の婆さんや村長なんかに色々教わったことがある、という話はしたことがあるが、その程度だ。

 ロレーヌも深く突っ込んで聞いてこようとはしない。

 冒険者と言うのは、大概触れられたくない過去を持っているものだからな。

 過去には本人が自発的に話そうとしない限りは、あえて触れる必要はないという感覚がある。

 

「ま、俺のことはいいさ。それより、杖の製作に戻ろう」


 俺がそう言うと、ロレーヌはあっさり引いて、


「そうだな……それで、魔石に魔法陣を込めるところまではやったな。次は、杖の柄の部分だが、これはやり方が色々ある」


「そうなんですか?」


 アリゼがそう尋ねると、ロレーヌは頷いて、


「そうなのだ。たとえば、普通に手で削る、というのがあるな。ナイフなどで細かく削って成型していく。昔ながらの手法だな。ただ、これだとかなり時間がかかるし、失敗するととんでもないものが出来たりするからな。あまりおすすめはしない。ただ、腕のいい者が行えば、滅多に見ない名品も出来上がることはあるが……まぁ、そこまでいくともはや職人の道になるからな。目指してもいいが、今は基本と言うことで気にしなくてもいいだろう」


 ロレーヌは続ける。


「最も有名で、基本的なやり方は、魔術を使っての成型だな。こんな風にやる」


 そう言って、ロレーヌは灌木霊(シュラブス・エント)の木材に魔力を注ぎ始めた。

 そして、魔力を操作すると、木材の一部が剥がれ、空中に浮く。

 大きさは短杖ワンドを作っているのだから、大体30センチ程度だ。

 それから、その木材に籠もった魔力を操ると、木材が徐々に形を変えていく。

 グルグルと、板が螺旋を描くように巻かれ、少しずつ杖の形になっていく。

 樹皮の部分を活かすように、外側部分を樹皮が出るように成型されて、また、先の杖頭の方に行くにつれて太く、また反対の杖先に行くにつれて細くなっていくように調整されていくそれは、まさに職人の業のように思えた。

 そして、杖の形が出来上がると、ロレーヌは、


「……ここからが一番難しいところだな。魔石と杖を結合しなければならない。いくぞ」


 そう言って、片手で魔石に魔力を注ぎ、またもう片方の手で杖の柄の部分に魔力を注いで浮かべ、近づけていく。

 すると、柄の杖頭の部分からバリバリとした青白い雷のような光が幾筋も放たれ、魔石が近づいてくると魔石に吸い寄せられるように繋がっていく。

 近づく魔石と杖の柄、そして完全にくっつくと、杖頭の辺りの木材がしゅるしゅると動き出し、魔石を固定するように包み、そして止まった。

 それから、ロレーヌが杖を手に取ると、杖と魔石の間にあった光は徐々に小さくなっていき、消えていった。


「……ま、こんなところだな。出来は……まぁまぁか」


 と、杖を矯めつ眇めつ見て、ロレーヌがそんなことを呟く。

 アリゼは、


「不思議な光景でした。綺麗で、でも、どこか怖くて……あんな風に出来る気がしないです」


 と自信なさげに言う。

 しかしロレーヌは、


「錬金術はその手法一つ一つに真理が覗く学問・技術だからな。その気持ちも分かる。あぁ、出来る出来ないで言うと、絶対できるぞ。これはなんというか、錬金術からすると、初歩だからな。料理で言う、包丁が使えるようになるレベルのものでしかない。それ以上となると、もちろん、研鑽や才能の問題も関わってくるが、これは練習すればだれでも出来るようになる。安心すると良い」


 と笑った。

 魔力のさっぱり使えない一般人からすると、本当に不思議で、何かとてつもない技法が使われているのではないかと思ってしまうような光景だったが、ロレーヌはこんなところで嘘や気休めを言うようなタイプではないから、その発言は事実なのだろう。

 ……俺もちょっと出来るのかな?とか思っていたのでアリゼが言ってくれて良かったな、と思う。

 手先は普通より器用な方だと思うが、それが錬金術にどれくらい応用できるものなのか謎だからな……。

 魔力の扱いも、大したことは出来なかったが、十年、小さく細かく効率的にやってきたのだ。

 おそらく大丈夫だと思うが……不安だ。

 一番は、アリゼに情けないところを見られないように頑張らないと、というところだろう。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ロレーヌは言った。


「では、お前たちもやってみようか。好きな素材を選ぶといい。レントの採取してきた素材はどれも質が良くて、どれを選んでも問題ないからな」


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