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第9章 下級吸血鬼
第171話 下級吸血鬼と魔術触媒

 結局、アリゼのための武器は片手剣とダガーを、ということで決まった。

 と言っても実際にそれを使い始めるのは俺たちがハトハラーの村から戻って来たあとになるだろう。

 しばらくマルトを空けることをクロープとルカに告げ、したがって納期も戻って来たあとでいいということも言っておいた。

 その前に少しはアリゼに訓練をつけるだろうが、片手剣とダガーの在庫くらいは俺かロレーヌのものを貸せばいい。

 訓練に使うならともかく、魔物相手に使うにはどうかなという使い古しがいくつかあったはずだ。

 一応は、それでいいだろう。

 防具についてはクロープに依頼しようかと思ったが、クロープの方から、アリゼには革の鎧やローブなどの方がいいだろう、と言われて、他の店を紹介された。

 ダガーと魔術を主体にした戦い方をこれからするだろうから、身軽な方がいいだろうということでの提案だった。

 しかし、今日のところは防具店まで行ってしまうと時間がなくなってしまうのでまた後日、ということになった。


 なにせ、今日は他にまだ、やることがあるからな……。


「これから魔術触媒を作る。お前たち、準備はいいか」


 鍛冶屋から戻ってきて、今は俺、ロレーヌ、アリゼの三人でロレーヌの家のリビングにいる。

 そこに大きなテーブルと文字を書くための板を置き、ロレーヌが棒を持って説明していた。

 板は魔道具であり、書いたり消したりが何度も出来る優れものである。

 今日は短杖ワンドを作るので図があった方が分かりやすいだろうとロレーヌがどこかから引っ張り出してきたのだ。

 これで魔道具である。

 決して安い代物ではないはずだが……学者ならみんな持っているものなのかな?

 その辺りは俺は詳しくないので分からないが、ロレーヌが持っているので持っているのだろう。きっと。


「はいっ。準備できてます!」


 アリゼが元気よくそう言った。

 それを満足げに見て、頷いたロレーヌは、


「……では、レント君はどうかね?」


 と尋ねる。

 俺は渋々、


「……準備出来てます」


 と答えた。

 ロレーヌは、


「もう少し元気に」


 と要求してきたので、不服そうな顔をすると、びしり、と棒で指されて、


「やる気はあるのかね?」


 と聞かれた。

 俺は仕方なく、


「準備できてますっ!」


 と腹の底から叫ぶ。

 アリゼが笑った。


 ……まぁ、当然ただのじゃれ合いである。

 それからはロレーヌも俺も普通の様子に戻り、講義は続く。


「ま、別に何も難しいことはないんだがな。今日はお前たちに最も基本的な魔術触媒である短杖ワンドの作成をしてもらう。他にも指輪とか武器に組み込んだりとか、種類は色々あるが、そういうのは若干高度だからな。とりあえず基本を身に付けて、その後、高度なものに移っていくのがいいだろう。ここまではいいか?」


 俺とアリゼは無言でうなずく。

 ロレーヌはそれを見て、


「――よろしい。では、早速作っていこう。とりあえず、見本を見せる」


 そう言って、ロレーヌはこの間俺が採取してきた素材の中からモミノキの灌木霊(シュラブス・エント)の木材と、豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)の魔石を手に取った。


「材料は、これだけでいい。基本だからな。ただ、それだけに細かく追及していくと奥が深くもあるが……その辺の玄妙さは今は分からんでもいいだろう。さて、ではやっていくぞ。まず最初に、このテーブルの上の板の上にこの魔法陣を描く」


 そう言って、ロレーヌは色々と図面の書いてある板を棒で叩く。

 板には、円と三角形、それに四角が組み合わされた簡素な魔法陣が描かれていた。

 ロレーヌはそれを、テーブルの上に置いてある銅のような風合いの板の上にインクに浸した筆でその通りに描いていく。

 すると、インクで描かれた魔法陣はすっと、銅の板に吸い込まれるように定着した。

 

「触れてみろ」


 と言ったのでアリゼが触ってみると、今書いたばかりのはずなのに完全に乾いている、というか、板の模様になってしまっていることに驚いていた。


「この板は何か特別なものなのですか?」


 アリゼが尋ねると、ロレーヌは首を振って答える。


「いや、これは普通の銅の板だな。インクの方が特別なんだ。魔法陣を書くために特別に作られた特殊なインクだ。まぁ、なくても別に構わないんだが、こんな風に素材に染み込むように定着するからあとでにじませたり間違って消してしまったりする心配がない。成功率が上がる、というわけだ」


 魔道具店などでは普通に販売している品だが、魔術師や錬金術師しか基本的に購入しないものだ。

 なにせ、高価だからな。

 それに、書くのにも、また一度書いたものを消すためにも魔力が必要なため、一般人には扱いが難しい。

 そのため、アリゼはその存在を知らなかったのだろう。


「なるほど……」


 と頷いている。

 そんな彼女にロレーヌは言う。


「次は、この魔法陣に魔力を注ぐ。……いくぞ」


 そう言って、板に手を触れて、魔力を注いでいくロレーヌ。

 無造作にやっているように見えるが、そうではない。

 あれは慣れているからそうできるだけだ。

 俺やアリゼがこれをやるためには、練習が必要そうなことは一目でわかった。

 しかしアリゼにはそんなことはまだ、分からないからか、


「結構簡単そうですね……」


 と言っている。

 簡単じゃないんだよ……たぶん、これを身に着けるだけでしばらくかかってしまいそうだ。

 しかしロレーヌはそういうところについては若干意地悪と言うか、


「そうだな、簡単だな」


 とアリゼに言っている。

 本気で思っているのか、それともスパルタで短時間で身に着けさせる気なのか。

 どちらにしろ恐ろしい話であった。

 

「で、次は……」


 十分に魔法陣に魔力が籠もったのを確認し、ロレーヌは魔石を手に取った。

 それを魔法陣の上に置く。

 すると、魔石が発光し始めた。


「うわぁ……」


 とアリゼが呟き、ロレーヌは説明する。


「このままの状態では魔石を触媒としては使えないからな。今描いた魔法陣を魔石が取り込んでいるんだ。このまましばらく放っておいてもいいが……今日はさっさと終わらせよう」


 そう言って、魔石に触れるか触れないかのところに両手を置いて、ロレーヌは再度魔力を操り始めた。

 すると、魔石の発光が激しくなり、それから数秒の後、ふっとその光は消えた。

 ロレーヌは光を失った魔石を手に取って見ながら、


「……うむ。問題ないな。魔石はこれでいい。見てみるか?」


 そう言ってロレーヌがアリゼに魔石を手渡す。

 アリゼが魔石を見て、少し驚いた表情を浮かべていた。


「どうした?」


 と俺が尋ねると、アリゼは、


「魔石の中に、魔法陣が……」


 と言って俺に魔石を手渡してきた。

 見てみると、アリゼの言う通り、魔石の中に先ほどロレーヌが描いた魔法陣が浮きながら回転しているのが見えた。

 これが、魔法陣を取り込む、という意味である。

 俺は割と見慣れている光景なので驚きはない。

 俺は魔道具関係はまだ一切作れないが、目利きだけは結構してきたのだ。

 と言っても、大体どのくらいの値段になりそうかな、という冒険者の即物的なあれだが。

 この魔石で作った短杖ワンドはその感覚で言うとお安い品になるだろう。

 ふと思いついて、俺は言う。


「アリゼ、ロレーヌの杖を見せてもらうといい。面白いぞ」


 ロレーヌは杖やら指輪やら魔術触媒を山のように持っている。

 そのため、常用しているうちの一つを見せてもらったらどうか、と思ったのだ。

 ロレーヌは俺の提案に、


「そうだな、その方が色々分かりやすいかもしれん。ほれ」


 そう言って、壁に立てかけられていた一本の短杖ワンドを取って、アリゼに手渡す。


「アリゼ、魔石部分を見るといい」


 俺がそう言うと、アリゼはその通りにした。

 そして、


「わっ。これ凄いね……!」


 と先ほどよりもずっと大きく目を見開く。


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