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第9章 下級吸血鬼
第170話 下級吸血鬼と武器決定

「……うーん」


 二つの武器を前に、アリゼが悩んでいる。

 色々と試して無理そうなのや合わなそうなものを省いた結果、今、彼女の前には二つの武器が残っているのだ。

 その内訳は……。


「……ダガーと片手剣か。決まらないのか?」


 俺がそう尋ねると、アリゼは頷いて答える。


「うん。ダガーの方が持ちやすくてしっくりくるんだけど、片手剣の方が冒険者になったとき、やりやすいんじゃないかと思って」


 つまりは、好み的にはダガーだが、現実的に考えると片手剣がいいだろう、ということだ。

 なるほど、分かりやすい理由であった。

 そして、その考えは間違っていない。

 魔物と言うのは危険だ。

 ゴブリン程度ならともかく、厚い脂肪と筋肉の鎧に包まれた豚鬼オークや、体がゲル状の不定形の物体で構成されているスライムなどを相手にしたときのことを考えると、ダガーでは厳しいだろう。

 ある程度、刀身のあるものでなければ……。

 ただ、アリゼには魔術がある。

 今は生活魔術を発動できるくらいだが、それなりに破壊力のある攻撃呪文を、低級のものでも覚えれば、十分に豚鬼オークともスライムとも戦うことは出来る。

 スライム相手にはむしろ魔術の方が効率がいいしな。

 この場合、武器はあくまで護身用というか、敵が近づいてきたときに最後の手段として頼るもの、ということになるだろう。

 そういうやり方もないではない。

 が、俺としては武器でも戦ってほしいなぁと思うが……師匠のエゴか。

 分かっているから特にどちらも勧めようとはしない。

 好きな方を選べばいいと思う。

 

 ただ、そういう悩みなら……と助言を一つ思いつく。

 ロレーヌの顔を見ると、同じようなことを思いついた表情をしていた。

 俺とロレーヌはお互い頷き合い、


「アリゼ、俺はどっちを選んでもいいと思うが……判断材料に面白いものを見せてやる。……ロレーヌが」


 するとロレーヌが、置いてあるダガーを手に取って、


「見ていろ……」

 

 と言い、剣に魔力を込めた。

 いや、少し違うか。

 魔術を発動させた、だな。

 

 すると、ダガーの切っ先、その何もないところから透き通った刀身が伸びてくる。

 透明だが、そこに何か物理的なものが存在していることが分かるように、僅かに光を反射していた。

 それは、大体、片手剣と同じくらいの長さまで伸び……。

 

「ロレーヌ」


 クロープがそう言って、テーブルの上に小さな丸太を置いた。

 ロレーヌは、


「アリゼ、少し下がっていろ。いくぞ」


 そう言って、丸太を横薙ぎにした。

 ダガーの本体には全く触れず、透明な部分で撫でるように。

 その切り方は非常に様になっていた。

 そりゃそうだ。かつて俺が教えたのだから。

 銅級だったころの俺より速い動きなのは、まぁ、なんというか、何とも言えないものを感じるが……ロレーヌは魔術に長けているから、身体強化もお手のものというわけだな。

 あれで、もっと出力は上がるだろうが、今は必要ないからこんなものということだ。

 

 丸太は、ずず、と線が入り、僅かに斜めにずれるようにして切れ、二つに分かれた。

 それを見たアリゼは、


「……今のは?」


 と尋ねる。

 ロレーヌは答える。


「魔術さ。このダガーの刀身を魔術によって伸ばして、おおよそ片手剣と同じくらいの長さの武器にしたわけだ。それほど難しい魔術ではないから、ダガーを選んでも何とかなるぞ」


 結局、なんでも好きなものを選んだ方が上達が早いしな。

 ダガーを選びたいが、片手剣並の刀身があった方がいい、というのなら、両方満たせる可能性を見せれば心も決まるかな、と思ったのだ。

 しかし、難しい魔術ではないと言うが……少なくとも、俺は出来ないぞ。

 まぁ、難しいから、というより魔力量の問題で出来なかっただけで、今なら学べば出来るのかもしれないが、あれを使っている他の冒険者は大抵銀級以上だ。

 つまり、簡単ではないのではないかと思うが……。

 

「……ロレーヌ、振った手前あれだが、アリゼが身に着けられる魔術なのか?」


 ひそひそとロレーヌに俺がそう尋ねると、彼女は、


「出来ないと思ったら見せてない。この間の生活魔術で十分に才能は見せてもらったしな。あれくらい出来れば、真剣に学べば確実に出来るようになる」


 と同じくひそひそした声で言う。

 ……そういうことなら、いいか。

 それから、改めてアリゼの方を向き、


「で、どうだった? 参考にはなったか?」


 と尋ねると、彼女は、


「うん。こういうことが出来るなら、ダガーがいいなって思った。いいかな?」


 と、心が決まったようである。

 俺は頷いて、


「あぁ、いいだろう。ただ、一応言っておくが、今のを身に付けるとなると、片手剣とダガー両方の技術を身につけなければならないから、努力が倍、必要になるぞ。それでもいいのか?」


 ほとんど決まったアリゼの決意に水を差すようだが、それは言っておかなければならないことだ。

 中途半端になって結果、死にましたでは話にならないからな。

 冒険者にはそういう奴が少なくないからこその台詞だった。

 しかし、それでもアリゼの返答はなんとなく想像がついていた。

 彼女は言う。


「大丈夫、かどうかは分からないけど、私、頑張るよ。一生懸命練習して、冒険者になるの。だから、レント、しっかり教えてね?」


 そんな風に。

 俺はそんな彼女に頷き、言った。


「もちろん。俺とロレーヌで一人前の冒険者にしてやるさ」


 それに付け加えるように、ロレーヌが、


「……魔術師と学者にもな」


 そう言った。


 ◆◇◆◇◆


「そんじゃ、ダガーを作るってことでいいか?」


 クロープがそう聞いてきたが、俺は首を振って、


「いや、こうなったらダガーと片手剣を作ってくれ。素材は足りてるだろう?」


 そう言った。

 クロープはすぐに俺の意図を察して、


「……あぁ、片手剣の使い方も習熟しないとならないもんな。あの魔術を身に着けるまでは、本物を使うしかないと」


「そういうことだ。それに片手剣は身に付けておけば潰しが効くからな」


 冒険者の多くが使っているスタンダードな武器である。

 身に着けておいて損はない。

 

「じゃあ、両方作ると……素材はお前の採って来た《魔鉄》な……どっちで作るんだ?」


 竜の魔力に浸された方か、普通の方かと言うことだ。

 これは、もちろん決まっている。


「普通の方で頼む」


「いいのか? お前なら、いいものを贈りたいと思ってそうだが……」


「初めからあんまり標準的じゃないものを使うと変な癖がつくからな。その辺りを考慮してる」


「あぁ、それなら分かるな。じゃあ、それで。しかしこっちの《魔鉄》はどうする?」


 クロープはそう言って、竜の魔力に浸された方の《魔鉄》を見る。

 俺がそれに、


「それでどれくらいのものが作れる?」


 と尋ねると、


「……そうだな、それなりに作れると思うぜ。普通の《魔鉄》ほどじゃないが、量はあるしな。いくつか試作する余裕もある」


 と言う。

 そういうことなら、


「なら、俺の作ったあの木を使ってなにか剣を作ってみてくれないか?」


 と言う。

 クロープは、


「おい、そのためには色々素材が必要だって言ったろうが。まぁ、聖樹はいいとしてだ、吸血鬼ヴァンパイアの血は無理だろ。魔石も……」


 吸血鬼ヴァンパイアの血は何とかなる。

 魔石は……厳しいか。

 うーん……。


吸血鬼ヴァンパイアの血液の方は何とかしよう。魔石の方は……」


「何とかってお前」


 何とかできるのだ。

 何か聞きたそうにしているクロープを置いておき、俺は続ける。


「タラスクの魔石じゃダメか?」


 それなら俺でも採取してこれるはずだ。

 今なら、楽に、とまでは言わないまでも、頑張れば何とかなる。

 まぁ、白金プラチナクラスとまでは言えないが……いいとこ金級程度という感じだからな。

 クロープは少し悩み、それから答える。


「……まぁ、ダメってことは無いが。ただもったいなくてな。聖樹や白金プラチナクラスの魔石を使えばかなりの業物が出来るかもしれねぇってのに」


「と言っても、俺が採ってこられると思うか?」


 いつかは、と思わなくはないが、今は無理だ。

 クロープも分かっているようで、


「ま、そうだわな。いいぜ。それで作ってみることにする。それでも余るだろうしな。そっちはいつかお前が聖樹の葉を採って来たときのために残しておくことにしよう」


 冗談交じりにそんなことを言って、頷いたのだった。


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