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第9章 下級吸血鬼
第169話 下級吸血鬼と武器選択

「とりあえず、試すといい」


 と言ってクロープが置いたのは、それこそ古今東西の色々な武具で、中にはこれを初心者に進めるのはどうなんだというマニアックなものまである。

 ……円月輪?

 無理だろ……。


「あの、私、こういうときどういうものを選んでいいのかが……」


 おずおずと言った様子でアリゼがそう言った。

 確かにいきなり武器を選べ、と言われても困るだろう。

 俺が初心者だった時は、とりあえず一番最初は狩人に戦い方を学んだからな。

 弓と剣鉈を主体にしたまさに狩人のそれで、悩むと言うことは無かった。

 冒険者になろう、と決めていたので、剣鉈の扱いに習熟しつつ、片手剣も独学で練習していた。

 幸か不幸か選択肢というものを選ぶ必要がなかったわけだ。

 まともな剣術はたまに村に来る行商人の護衛とかの冒険者に暇つぶしがてら教えてもらったりして、いつまでも繰り返して身に着けた。

 そこそこうまくなってくると、教える方も面白くなってくるようで、結構熱を入れて教えてもらった記憶がある。

 いつの間にか別の冒険者が来るようになっていたけどな。

 依頼中に死んだのか、それとも他の土地に行ったのか……。

 マルトの冒険者じゃなかったからマルトで調べても分からない。

 もっと大きな街の、地方の冒険者組合(ギルド)を束ねているようなところで調べれば消息もつかめるかもしれないが、時間がかかりそうだし、それにあのときの冒険者は言っていた。

 会えるなら会えるし会えないなら会えない、と。

 妙に風来坊気質の変わった男だったが、その感覚は今の俺には分からないでもない。

 あえて調べようと思わなかったのはその辺りに理由がある。


 アリゼにはそんなある意味で不便な環境ではなく、好きに選べ過ぎるために難しいわけだ。

 こういうときは、やっぱり師匠の助言が必要だな!

 そう思って口を開こうとすると、


「ふむ、アリゼは魔術師としても戦う訳だから、遠距離攻撃については心配する必要がない。主に近接戦用のものから選ぶといいかもしれないな」


 と、ロレーヌが適切な助言を与えていた。


「ほう、魔力を持っているのか。なら、この辺りは要らんな……」


 クロープがそう言って、弓矢や円月輪などの遠距離戦用の武具を取り除く。

 残ったのは大体、スタンダードな近接戦用の武具だ。

 片手剣にダガー、槍に斧、両手剣……。


「……これはちょっと持てなさそう……」


 と言いつつ、アリゼが両手剣に手を伸ばし、持ってみた。

 言うほど持てていない、というわけではない。

 十二程度の子供にしては頑張って持っている。

 しかし、かなりふらついていて危なっかしいのは言うまでもない。


「……こいつも無しだな」


 クロープがそう言ってふらつくアリゼから両手剣を軽々と受け取り、端に置いた。

 鍛冶師は体力がないとまず務まらない商売であるから、彼の筋力は中々のものである。

 両手剣くらいなら何の問題もないのだろう。


「……レントはこれを使ってるよね」


 そう言って次にアリゼが持ったのは、片手剣である。

 言わずと知れた、俺の主武器だ。

 とは言え……。


「別にそれしか使えないわけじゃないぞ。他の武器も一通り使える」


 そう言って他の武器、槍や斧を持ち、一応身に付けている型をいくつか披露する。

 自慢げに。


「すごい! レント、何でもできるんだね」


 と、アリゼが褒め称えてくれ、いい気になったところで、


「無駄に器用だな……」


 とクロープから呆れたような声が。


「器用貧乏を形にするとレントが出来る。一家に一人いると非常に便利だぞ」


 と冗談交じりのロレーヌの言葉が聞こえた。

 

「今は結構戦えるんだぞ」


 と、ちょっとむきになって反論すると、


「もちろん、知っているさ。冗談だ。しかし、それだけレントが出来るわけだから、アリゼは別にレントに武器選択を合わせる必要はないぞ」


 とアリゼに言う。

 アリゼは少し目を瞠って、


「……そうなの?」


 と言った。

 俺が片手剣を主武器としていることを知っているためか、合わせて選ぼうとしていたことを察知してのロレーヌの助言だった。

 子供のするような気遣いではないが……アリゼの出自を考えるとむしろ自然である。

 アリゼは孤児院の子供だし、当然今までもそうやって他人の顔色を良くも悪くも見つめながら生きてきただろうから、こういう選択肢を与えられても意外と自由には選べない。

 それが分かってのあえての俺たちの軽口の応酬である。

 その辺りは、ロレーヌは即座に理解できるし、クロープも子供好きだから意外なほどにうまくやるのだ。


「あぁ、もちろんだ。槍だろうが弓だろうが斧だろうが、なんだって俺は教えてやれるぞ……まぁ、一流かと言われると疑問だが……」


 一流なら、冒険者としても一流になれただろうからな。

 そうは言えない。

 しかしクロープは、


「いや、そう馬鹿にしたものでもない。こいつは型やら基礎やらをひたすらにやり続けるのが大好きな訓練馬鹿だからな。今の動きを見ても……基礎を教わるのにこいつ以上の人材は中々いないぞ。滑らかで、淀みがない」


 と褒めてくれた。

 実際はそこまで大したものでもない気がするが……なにせ、俺は結局銅級でしかなかったからな。

 けれどそう言ってくれるとじんわりと嬉しいものである。

 もちろん、その通りだ、とは言えないので、


「……少し褒め過ぎだ。アリゼ、俺はそこそこだからな。そこまで期待はするなよ。お前をいっぱしの冒険者にはしてやれるだろうが、一流になれるかどうかはお前の努力と才能次第だからな。そこは忘れないでくれ」


 と若干説教じみたことを言ってしまう。

 しかし、アリゼは、そんな俺の言葉に、


「うん。大丈夫、分かってるよ」


 と即座に頷いた。

 やはり、アリゼの目から見た俺は三流冒険者か……。

 と、一瞬がっかりするが、そんな俺にアリゼは続けた。


「私は刺繍が好きだけど、あれは、こんなに細い糸を紡いでいって、大きな模様にするものだもの。きれいな糸で丁寧に紡げば、素敵な模様が出来上がるけど、そのためには一杯時間をかけて、一杯頑張らないといけないんだよ。冒険者だって同じなんだよね? レントは一杯頑張って来たから、強いけど、私はまだ頑張ってないから……」


 ……おそろしく殊勝な台詞だった。

 こんなに思慮深く素直な娘を本当に俺なんかの弟子にしていいのだろうか?

 今すぐに王都に行って、一流の冒険者たちの門戸を片っ端から叩き、土下座してでもこの子を弟子入りさせてくださいとお願いしに回るべきでは?

 そんな考えが一瞬浮かんでしまったほどである。

 しかし、そんなわけには行かない。

 俺が教えると決めたのだから、アリゼは俺が責任をもって育てるのである……。

 少なくとも、冒険者として、独り立ちできる知識と技能を身に着けるまでは。


 だから、というわけじゃないが、俺はつい、言った。


「この間、ロレーヌにしっかり魔術の基礎を学んだじゃないか。アリゼは頑張っているよ。これからもそうしていけば、そのうち俺なんか飛び越えていくさ」


 親ばかならぬ師匠ばか発言だった。

 ……俺はダメかもしれない。


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