「……木とは何だ?」
ロレーヌが俺とクロープの会話を聞いて、そう尋ねる。
……そう言えば、ロレーヌには剣を使った結果について大まかには話していたが、あの生えてきた樹木については詳しく話していなかったような気もする。
クロープが答える。
「あぁ、以前、こいつが聖気を込めた剣で切り付けた木の人形から植物の芽が生えてきてな。面白そうだから俺が育ててるんだ」
別に隠すようなことでもないし、気安い口調であった。
ロレーヌはそれを聞いて、
「……また変なものを……しかし、なるほど、納得はできる。なにせ、レントは出張肥料だものな……面白そうと言うのは同感だな。クロープ、私にも見せてくれないか」
と、以前の冗談を引き合いに出して微笑んだ。
あまり驚いていないのは、羽で植物の成長を促したときのことがあるからだろう。
ああいうことが出来る聖気なら、木人形から芽を生やすことも出来るだろうと。
クロープはロレーヌに言う。
「別に構わねぇぞ。ちょっと待て……」
しばらくして、クロープが鉢植えを持ってくる。
そこには随分と育った樹木があった。
大体、俺の背丈の半分くらいだろうか。
あれからそこまで時間はたっていないのに、成長が早いような気がするが……。
「これだ。どうだ、何か感じるか?」
クロープが俺たちにそう尋ねてきたので、ロレーヌがまず言う。
「私には聖気は見えないからな、なんとなくでしかないが……少し空気が綺麗になった様な気がするくらいだな」
「私もそんな気がする」
ロレーヌに続いて答えたのはアリゼだ。
俺は、
「……確かに僅かに聖気を発しているな。俺と同じものだ」
そう言った。
聖気持ちにはやっぱりある程度視認できるもので、煙のように樹木を覆う光が僅かに見える。
とは言え、大した量ではないが。
「やっぱり、お前と同じか? となると、こいつが発している聖気も植物系統だから成長が早いのかもしれんな。そろそろ鉢植えでは窮屈になってきたくらいだ。しかし土地がな……」
クロープの店は別に狭くはないが、どこも鍛冶屋のために使っているスペースばかりだ。
中庭だってここで試し切りするために使っている以上、ここに植えるというわけにもいかないだろう。
普通の樹木ならまだ、端の方に植えるなどすることは考えられなくもないが、この樹木は特殊だ。
今の時点で結構なスピードで成長しているのを見せている以上、下手なところに植えるとまずいことになりそうだ、という想像は出来る。
俺の聖気で作られた品が半ば呪いの品に……申し訳ない。本当に申し訳ないと思う。
しかし育てる気になったのはクロープなのだから同情はしない。
すぐ処分すればよかっただろうに。
「……そうはいっても、まだ大丈夫そうだし、本当にどうしようもなくなったらそれこそどこかの山にでも植えてくればいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、クロープは、
「最後はそれしかないかもしれんな。しかし、何かに使えそうだからな……。さっき、聖樹の代わりにはならないと言ったが、あくまで代わりにならないだけで、武具の素材にはなりそうな気はしているんだ。どういう効果がつくかは試作が必要だが……」
「ほう、確かに素材としても面白そうだな。錬金術でも何かには使えそうだ。クロープ、私にも分けてくれないか?」
クロープの言葉に好奇心をくすぐられたのかロレーヌがそう言う。
聖気のこもった素材など、確かに通常あまりない。
それこそ聖樹の葉とか枝など幻のものが多く、一般的なものだと、教会が売る聖水とか聖者や聖女が力を注ぎ続けて出来上がる品とかだろう。
後者は比較的手に入りやすいのでそれを使ってもよさそうに思えるが……。
俺が二人にそう尋ねると、クロープは微妙な表情で、
「聖水は教会の秘匿技術で色々と加工されていてな。込められた聖気を他のものに転用するのは難しいんだ」
続けてロレーヌもクロープと似たような顔で、
「聖者や聖女が作ったものも同様だな。その辺りの流出については気を遣っている、というわけだ」
そんな風に言う。
まぁ、確かに何にでも転用できるようにしたら、それを販売している宗教団体的にはあまり良くはないのかな。
転用されても、もとの聖気自体の生産が聖者や聖女にしか出来ないことを考えると、別に構わないような気もするが、そんな簡単な話でもないのだろう。
たとえば、ロレーヌみたいなのが聖気の仕組みを解明して、聖者や聖女がいなくても浄化や回復が簡単に出来る、みたいな品を大量生産できるようにしたらまずい。
……そんな簡単に出来ることでもないだろうが。
しかし、必ずしも不可能ではないだろう。
なにせ、迷宮ではたまに、浄化や回復の出来る品は出るからだ。
効果の低い模造品に至っては、普通の魔道具店でも作られ、販売されている。
効果の高いものについては、かなり希少な素材を使わないと作れないため、やはり聖者や聖女たちの価値が揺らぐことは今はないが……永遠とも言い難い。
そのために秘密にしている、というところだろうか。
「かといって絶対に不可能、とは言わないが……そっちを使うより、レントのこっちの方が使い勝手が良さそうだろう。で、どうだ?」
なんだか俺の力によって生まれた樹木が即席聖気製造機のような扱いを受けている気がするが……。
間違ってはいないか。
クロープはロレーヌの言葉に頷いて、
「まったく構わないぞ。というか、これ一鉢だけじゃないんだ。あと四つあってな……二つ、譲ろう」
沢山あったというのは少し驚いたが、あのとき木人形に生えていた芽はもっと沢山あったからな。
全部植えてみて、生き残ったのがそんなものだった、ということなのかもしれない。
しかし、全部で五鉢もあって、二つしか譲ってくれないのか。
別に文句があるわけじゃないが、扱いに困っている感じだったから、一つ残して全部放出するくらいかと思っていたが……。
「三つも残して、大丈夫なのか?」
俺が色々な懸念を込めてそう尋ねると、クロープは、
「問題ないだろう。究極的には切って薪にするというのもあるしな。聖気が籠もった樹木に少し不敬な気もしないでもないが……どうせ、お前の聖気由来なんだ。不敬も何もないだろ」
と言う。
辿って行けば、俺に聖気を込めた神霊のものであるわけだから、若干不敬な気もするが、別に信仰心が深いという訳でもないなら問題はないか。
いかなる神を信じるかも、いかなる神を信じないかも人の自由だしな。
そもそも、神々が人の営みにどれほどの興味を抱いてらっしゃるのかは、はるか昔から議論の対象になって来た問題だ。
人の一挙手一投足などにさして興味は持たれていない、他人を傷つけ殺すことにすら何とも思われない、ただ大きな流れだけを見つめているのだ、という考え方もあるくらいだ。
それによると、木を燃やすくらい気にも留められない、ということになる。
だから、問題ないだろう。
実際、木を燃やしたくらいでどうこうなるなら、人類は滅びているだろう。
焚き火ぐらい誰だってやる。
「焚き火にする前に相談してくれよ……森に植林しに行くくらいならいつでも行くからさ」
別にそんなことする必要はないのだが、俺の聖気から生まれた樹木である。
なんとなく、我が子のような気持ちがちょっとだけ湧いてきてそう言った。
クロープは、
「じゃあ、そのときはそうすることにしよう……さて、大分話はずれてしまったが、嬢ちゃんの武具だな。まずはどんな武具を作るかだが……」
そう言って、クロープはまず、いくつかの基本的な武器を持って来た。
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