ここの鍛冶場には何度も入っている。
したがって、俺にとってはさして目新しいものはほとんど何もないわけだが、アリゼには違うようで目を輝かせて周囲を観察している。
……鍛冶場に入る機会なんて冒険者や騎士などでもない限り、それほどないのが普通であるから、そういう反応にもなるか。
それに女性であると言うのも微妙にネックになる。
クロープはロレーヌも普通に鍛冶場に入れてきたくらいにそういうこだわりはないのだが、中には鍛冶場に女性を入れるのはよろしくないという者もいるのだ。
理由は色々だが、鍛冶の神はともかく、炉の神は女性だから嫉妬する、とか、そういうことが多いな。
炉の神が男性なのか女性なのかは人によって議論のあるところだが、まぁ、信仰心に嘴を挟むのもどうかと思うので、仕方ないかと言う感じである。
ただ、事実としてそういう者は少なくないので、女性が鍛冶場に入る機会はかなり少ないのだ。
そういう諸々を考えると、アリゼの気持ちはよくわかる。
「……素材はそこの上に出してくれ」
クロープがそう言って示したのは、大きめのテーブルだ。
色々と加工するのに使っている台なのだろう。
かなり丈夫に出来ているようで、ここならインゴットを置いても問題なさそうだ。
俺は魔法の袋から色々と取り出して置いていく。
すると、
「……《魔鉄》か。となると、《新月の迷宮》か? それともハムダン鉱山の方か?」
クロープが見ながらそう尋ねてきた。
この街の鍛冶師だけあって、当然、ここ周辺に存在する素材の採取できる場所は頭に入っているのだろう。
特に鉱石類については完璧に違いない。
《新月の迷宮》で正解な訳だが、ハムダン鉱山とは、マルトから二日程度でたどり着ける位置にある小さな鉱山だ。
かなり昔に放棄されているところで、今では冒険者くらいしか行かないところでもある。
《魔鉄》はまだ残っているらしいが、中には魔物が巣食っており、坑道自体もかなり老朽化していてとてもではないが商売としてやっていけなくなったため、放置されていると聞いている。
それでも都市マルトで《魔鉄》が採れる場所は、《新月の迷宮》と、そのハムダン鉱山だけ、というわけだ。
「《新月の迷宮》の方だよ。第四階層で採って来た」
俺がそう答えると、
「四階層か……ソロでは一、二階層が限界だったお前が……いやはや、これだから鍛冶師ってのは楽しいんだよな」
と笑う。
俺の成長を喜んでくれているらしい。
厳密にいうと成長ではなく、ただ魔物化しただけなのだが、それについては別に言わなくてもいいだろう。
色々とややこしくなるからな……。
それから、すべての
するとクロープは目を瞠った。
「真鍮か? いや……おい、レント……こいつぁ……」
そう言ったので、俺はクロープに言う。
「これも《魔鉄》だよ。なんでかわからないけど、第四階層に
するとクロープは、
「ああ……かなり珍しい。《魔鉄》を変質させるほどの魔力を持った竜種など、そうそういるもんじゃないからな。しかし、いいのか? こいつを素材に出しちまって。オークションに出せば、それこそ高値で売れるぞ」
と言う。
そう言えば、そういう選択肢もあったな、と思うが……。
……一応、一応いくらくらいになるのか聞いておこう。
「売るつもりはないんだ。だが……もし仮に、仮に売ったらいくらくらいになる?」
「ん? そうだな……まぁ、ちゃんとした鍛冶師がいれば、このインゴット一つで、大体、白金貨くらいは出るんじゃないか?」
……白金貨か。
となると、金貨百枚ということになる。
高いのか安いのか微妙だな。
しかし馬鹿高いわけでもない。
普通の《魔鉄》と比べれば、その価値は百倍くらいあることになるが……。
「つまりそれだけ性能が高いと言うことか」
ロレーヌがそう尋ねると、クロープは、少し悩んで、
「……難しいところだな。使い方次第と言われている。普通に武器を打ったんじゃ、《魔鉄》よりも若干強いくらいで落ち着くだろう。ただ、工夫次第でかなりのものを生み出せる可能性があるとも言われている」
「随分と曖昧な言い方だな。工夫と言うと?」
ロレーヌがさらに尋ねると、クロープは、
「この《魔鉄》だけで打っても大したものにはならないのさ。他にも色々素材を使わねぇと。
なるほど、かなり難しいらしい。
しかし、クロープは全く知らないことだが、
つまりは、俺の血だ。
……俺が
あとは……魔石と聖樹の葉か……。
魔石は頑張ってどうにかするしかないとしてだ。
聖樹というのは……。
「確か、聖樹ってのは、
俺が尋ねると、クロープは頷く。
「ああ、ハイエルフたちが治めるあの国にある聖樹のことだ。無理だろ?」
「かなり厳しそうだな……」
古貴聖樹国、とはクロープが説明したように、ハイエルフが治めるエルフを主体とする国家のことである。
国家とは言っても、実際はその国土のほとんどが森林に囲まれており、また人間のもののような統治体制を持っておらず、集落同士の緩い紐帯をもって国を称している、というのが実態に近い。
国境の線引きもかなりあいまいで、なんというか、国と言っていいのかどうか悩ましい国だ。
国名も昔、どこかの国の王が勝手に決めただけだ。
古き貴き種族が聖樹を守って暮らす国である、と言って。
エルフの方は国名など一切気にしていないらしい。
もちろん、行ったことは無い。
というか、行けない。
彼らがどういう風に領地を線引きしているのかは分からないが、彼らが領地と定める森に足を踏み入れると、それが人間である限り襲い掛かってくるらしい。
エルフは皆、精霊魔術の熟練した使い手であり、また鍛えられた弓術師でもあるところ、人間が不用意に踏み入れてもろくに戦えもせず追い返されるという。
聖樹というのは、そんな国の最も奥に存在している樹木で、常に聖気を放っているらしいが、人間で見たことがある者なんてどれくらいいるんだろうな?
そうそう、聖気を放つ樹木と言えば……。
「クロープ、以前俺が切った人形から生えてきた木はどうなった?」
「あぁ、あれか。順調に育ってるぞ……ん、お前、あれが聖樹の代用にならないか考えていないか?」
……ちょっとだけ考えていた。
無理なのか、と思ってクロープを見ると、彼は首を振って答える。
「流石に無理だ。あれも流石にお前の聖気から作られたものだからなのか、確かに僅かながら聖気を放っているのは呪いの品を近づけてみたら少し浄化されたから分かったがな、せいぜいその程度だ。本物の聖樹は近づくだけで
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