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第9章 下級吸血鬼
第165話 下級吸血鬼と鍛冶屋

「あ、二人とも来たんだ? 今日は何か用?」


 アリゼが近付いてきた俺たちに目を留めてそう尋ねた。


「あぁ、ちょっとな」


「……込み入った話?」


「そういうわけじゃない……ちょっと用事があって、俺たちはしばらくこの街から離れる。だから、講義はしばらく休みだって伝えようと思ってな」


 そう言うと、アリゼは驚いた顔で、


「……しばらくって、一年とか二年とか?」

 

 と言ってくる。

 まさかそんなつもりなど俺たちにはないので、ロレーヌが首を振って答えた。


「いやいや、二週間くらいだ。だからそのあとはちゃんとまた色々教えてやれる」


 するとアリゼはほっとした顔で、


「……良かった。てっきり、ずっといなくなってしまうんじゃないかって思った。それくらいなら全然構わない」


 と言った。

 別に、街を長期間出るようなそぶりをしたつもりはないが、なぜそう思ったのだろう。

 気になって俺は尋ねた。


「またなんで、ずっとなんて思ったんだ」


 するとアリゼは、


「だって。、レントは一応、神銀ミスリル級冒険者を目指してるんでしょう? それなら、王都に行った方がずっと早く手柄を立てられるだろうし、ロレーヌ師匠は凄い魔術師で、凄い学者様なんだもん。こんな辺境にいるより、すぐに都会に行ってしまうんじゃないかって……」


 なるほど、分からないでもない話だ。

 確かにいずれは、とは思っている。

 しかし、まだその時期ではない。

 それにしても、俺とロレーヌのアリゼ評価に何か差があるような……。

 俺は《一応目指している》、ロレーヌは《凄い魔術師で学者》……うーん。

 まぁ、間違ってないか。

 

 アリゼの台詞に、ロレーヌは笑って、


「……私はそれほど大した学者じゃないぞ。魔術の腕だって、まぁ、悪くはないとは思っているが、そこそこだ。レントもな……神銀(ミスリル)級を目指しているのは事実だが、王都でやっていけるほどかと言うと……もう少し、と言ったところだ。アリゼにそれなりに魔術師と冒険者の基本を叩き込むまでは、ここにいるさ」


 そう言った。

 実際、そのつもりだ。

 まぁ、基本を教えるくらいならそんなに時間はかからないだろうし、そもそも気長に教えるつもりなのだ。

 一年、は長すぎるにしても、何か月か出て、たまに戻ってきてその度に少しずつ教える、でもいいのだ。

 そう言う意味で、アリゼが心配する必要はない。

 アリゼはロレーヌの言葉に頷いて、


「なら、よかった……。二人がいなくなったら、私、冒険者になれる気がしないもの」


 そう言うが、ロレーヌはそれに、


「そうか? まぁ、仮になれなかったとしても、そのときは語り部や吟遊詩人にはなれそうだな。先ほどの朗読を聞く限りは」


 と冗談交じりに答える。

 アリゼは聞かれていたとは思ってもみなかったようで、


「え、聞いてたの? 恥ずかしい……」


 と頬を赤く染める。

 俺は、


「別に恥ずかしがることでもないだろうに。ただ、旅人が料理人とはな。食い意地が張っているのか?」


「レント! そんなことないわ……でも、料理の国が本当にあれば行ってみたいかな」


 と笑って言う。

 料理の国、か。

 そんなものはこの世に存在しない。

 なぜなら、アリゼが作り出した架空の国に過ぎないからだ。

 けれど、この世の料理全てが食べられる夢のような国があるのならば……。

 大人であっても行ってみたいと思うだろう。

 貴族たちなんか、常に美食を求めているからか、珍味になるような魔物の素材などは阿呆みたいな高値で買ってくれるしなぁ。

 この辺りだと豚鬼オーク肉くらいしかないが、他の地域にはもっといろいろある。

 動くキノコとか空中を泳ぐ魚とかな。

 

「なんだかそんな話をしていると腹が減って来たな……まぁ、それはいいか。アリゼ、今じゃなくてもいいが、今度、少し時間がとれないか」


 俺がそう言うと、


「どうして?」


 と尋ねてきたので、俺は言う。


「アリゼのために武具を作ろうと思っててな、素材をとって来たから、鍛冶屋に採寸に行きたいんだ。それと、魔術触媒の作成もする予定だ。もちろん、今日でも構わないが」


 まぁ、いきなり今日来て、はい行こう、とはならないだろうと思っての台詞であった。

 とりあえず、今日は講義が出来ないことだけ言って、時間が取れるとしたらいつかを聞こうと思っていただけだ。

 もちろん、今から行けるならその方が楽ではあるが……こればっかりはな。

 アリゼはこれで忙しい。

 

 しかしアリゼは意外にも、


「うーん。今日は特に予定はないからたぶん大丈夫だと思う……ただ、ちょっとリリアン様に聞いてみて、それからでもいい?」


 と言って来た。

 俺たちは暇……というわけではないが、多少待つくらいなら全く問題ない。

 無理なら今日は旅のための細々としたものを購入しに歩こうと思っていただけだからだ。

 だから、俺たちは頷く。


「ああ、問題ないぞ。ここで待っている」


 俺がそう答えると、アリゼは、


「うん、わかった。じゃあちょっと待ってて!」


 そう言って、礼拝堂を出ていった。


 ◇◆◇◆◇


 しばらくして、アリゼが戻って来た。

 返答は、今日これからでも大丈夫、ということだったから、一緒に鍛冶屋に行くことにする。

 それが終わったら、この間、倒してきた灌木霊(シュラブス・エント)の素材を使って短杖ワンドの製作である。

 必ずしもアリゼだけのため、というわけでもなく、二週間もある旅路で、それなりに触媒を使った魔術の練習をしておきたいと思っているので、俺の短杖ワンドも欲しいという理由もあってのことだった。


「……あ、レント……さんと、ロレーヌさんに……ええと」


 久しぶりに来たクロープの鍛冶屋《三叉の銛》で、まず、俺たちを出迎えてくれたのは店番をしているクロープの妻、ルカであった。

 彼女は俺の顔を見るなり、驚いたような不思議そうな、もしくは懐かしそうな表情になる。

 今は、仮面が顔の下半分を覆うくらいになっているからだろう。

 以前のレント・ファイナとしての顔をここで見せるのは久しぶりで、だからこその表情だ。


「あぁ。こいつはアリゼ。俺とロレーヌの弟子だ。それで、ちょっと武具を頼みに来たんだ。クロープはいるか?」


「ええ……はい、ちょっと待っててください。今、呼んできますから……貴方! 貴方!!」


 と、ルカは奥の鍛冶場の方に向かってそう叫びつつ、走り出した。

 その後姿を見ながら、ロレーヌが、


「……いいのか? 見せて」


 と、短く尋ねてきたが、俺は、


「まぁ、いいだろう。顔を見せなかったのはあれ・・だったからだからな。懸念もなくなったし、今は……問題ない」


 アリゼがいるので指示語だけの会話になるが、ロレーヌにはしっかりと通じだ。

 つまりは、前は不死者(アンデッド)でしかなかったが、今はもう見た目は普通の人間である。

 それに、聖炎によって、吸血鬼ヴァンパイアの疑いも晴れたので、この店に迷惑をかけることはもう、ないだろう、という意味が。


 アリゼは首を傾げているが、これで苦労人である。

 俺とロレーヌの会話に何か立ち入ってはならぬものがあると感じたのか、ふい、と俺たちから離れて、その辺に並んでいる武具の観察を始めた。

 

「そうか……冒険者組合(ギルド)の登録の方はまぁ、何とかなるだろうし、それでいいのだろうな」


 冒険者組合(ギルド)の登録関係のザルさを知るロレーヌがそう言って頷いたので、俺もそれに頷き、それから店で武具を見ているアリゼの方に近づく。


「何か気に入るものはあったか?」


 アリゼは俺とロレーヌの先ほどの会話には特に触れずに、


「うーん……分からないけど、あんまり重いものは持てそうもないなってくらいかな」


 と、店に並ぶ中でも一際重そうな大剣に目をやりながら答えた。

 確かにあれは……俺でも厳しそうだな。

 今なら持てなくはないし、振るえもするだろうが、あれを使ってソロ冒険者をする勇気は出ない。

 アリゼなら間違いなく持っただけで潰れることだろう。


「……まぁ、あそこまで極端なものは気にしなくていいだろう。それに、これから会う鍛冶師はベテランのいい鍛冶師だからな。相談しながら決めた方が良いぞ」


「そうなの? レントとロレーヌ師匠も一緒に相談してくれる?」


 そんな風に弟子らしいことを尋ねてきたアリゼに、俺は深く頷いて答える。


「もちろんだ」


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