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第9章 下級吸血鬼
第164話 下級吸血鬼と料理人

 男の旅路は平坦なものではありませんでした。

 いくつもの困難が、彼を襲います。


 男が西に進もうとすると、道の真ん中に何かが立っていました。

 なんだろう、不思議に思って男は近づきます。

 すると、男は驚きました。


 そこにいたのは、赤い眼をした、怪物だったからです。


 怪物は言います。


「ここを通りたければ、お前にとって最も大事なものを置いていけ」


 男は怪物の言葉に少し悩みましたが、懐から包丁を取り出すと、怪物に渡しました。


「なんだ、これは?」


「私は料理人です。料理をするためには包丁がなければなりません。ですから、最も大事なものは、これなのです」


 男の答えに怪物は奇妙な顔を歪めて、言います。


「こんなもの、もらったところで何の意味もない。返す。道も勝手に通るがいい」


 男はその言葉に頷いて、先を急ぎました。


 ◇◆◇◆◇


「包丁か。まぁ、そうだな、ないと料理は出来ない」


 俺が頷くと、ロレーヌは、


「別に野菜をちぎって炒めれば何かしら作れはするだろう。男はうまく場を切り抜けたのだ」


 と、男の意外な狡猾さを指摘する。

 まぁ、確かにそうか。

 しかしそうなると、怪物の頭がちょっと足りないような気もしてくるが……。

 童話だしそんなものだろうが。

 

 アリゼは続ける。


 ◇◆◇◆◇


 男が道を進んでいると、途中で、その道は途切れてしまいます。

 そこから先は、延々と荒野が続いている景色が男の瞳に映りました。

 この先は魔物が出て、大変危険なので進むべきではない。

 旅立つ前に、道を教えてくれた村人がそう言っていたのを思い出しました。

 けれど、男には目的があります。

 西にある、新しいレシピを探さなければならないのです。

 他に道はありません。

 男は決意を固めて、歩き出しました。


 荒野を進んで、どれくらいの時間が経ったでしょう。

 男の目に、何かが前にいるのが映りました。


 なんだろう。


 不思議に思って男が近づくと、そこには、荒野には似つかわしくない、白い服を纏った女が立っていました。


 女は男に言います。


「ここからならまだ戻れます。あちらにまっすぐ進めば、貴方の故郷に帰れることでしょう。しかしこのまま進むのなら、貴方は命を失うかもしれません」


 なぜ、女がそんなことを知っているのか、それは分かりません。

 ただ、男には目的があります。

 西に、新しいレシピを探しに行くと言う目的が。

 たとえ、命の危険があっても、進まないということは出来ません。


 男は女に言います。


「私はそれでも西に向かいます。そう決めているのです」


 と。

 女はその答えに残念そうな顔をし、尋ねます。


「なぜ? 命より大事なものはないはずです。あなたは何のために西に行くのですか?」


「西に、新しいレシピがあるからです。私は料理人です。この手で、多くの人を笑顔にしたいのです。そのためには、命をすら惜しまないのです」


 男の言葉に、女は少し考えた顔をし、それから手を軽く振りました。

 すると、何もなかった荒野に、突然、キッチンが現れました。

 驚く男を後目に、女は言います。


「そこまで言うのなら、私に貴方の料理をご馳走してください。出来ないのであれば、通せません」


 男はなぜ、女がそんなことを言い出したのか分かりませんでしたが、料理人として、ご馳走をしろ、と言われると断れません。

 それに、長い旅で長らくしっかりとしたキッチンには触れていませんでした。

 むしろ嬉々とした様子で調理に取り掛かり、そして女の前に、やはり突然現れたテーブルにいくつもの皿を置いて言いました。


「どうぞ、召し上がれ」


 女はそれに頷き、食べ始めました。

 最初はゆっくりでしたが、だんだんと速度が上がっていき、そして最後にはすべての皿をぺろりと平らげてしまいました。

 女は満足げな様子で男に言います。


「なるほど、貴方は確かに料理人です。西に渡れば、もっと美味しいものが作れるようになるでしょう。どれ、加護をあなたに与えましょう」


 そう言って腕を振るうと、男の体がぴかりと光りました。

 すると、とても体が軽くなったように感じて、これなら西にもすんなり渡れそうな気がしました。

 女は続けます。


「お供もつけましょう……」


 そう言って、女は目をつぶると、いつの間にか、女が四つに分かれていました。

 一人は暗い笑みを湛えた女に。

 一人は穏やかな微笑みを持った女に。

 一人は幼い笑顔の少女に。

 一人は人を惹き付ける笑みを浮かべた女に。


 女たちは同時に言います。


「この少女を貴方に。旅路の成功を祈ります」


 そう言って、幼い笑顔を持った少女を残して、他の三人はどこかに消えてしまいました。

 少女は、


「よろしくおねがいします」


 と頭を下げたので、男も同じようにしました。


 それから、奇妙な二人旅が始まりました。


 ◇◆◇◆◇


「いつも思っていたんだが、他の三人はどこに行ったんだ?」

 

 俺がロレーヌに尋ねる。

 旅人がどんな人物だろうと、この部分の筋はそれほど変わらない。

 しかし、他の三人はこのエピソードのあと一切、出てこない。

 だから不思議だった。

 ロレーヌは、


「童話は色々な比喩をしているものだからな……たぶんだが、本来は、この女が善意で何かをくれたんじゃないか? それをこういう表現にした、とか。他の三人は、人の本質を表しているのだろう。一人だけ、悪意を持ってそうな女がいるじゃないか。善意で何かしてくれる人の心の中にも、闇はあるというところではないか。まぁ、《西に向かう旅人》には解説書もいろいろあるからな……私は専門家じゃないから、詳しく知りたいならそういうのを読め」


 一応、考察をしてくれたが、最後にはさじを投げたロレーヌである。

 若干捻くれた解釈な気もしないでもないが、まぁ、そんな感じもするかなと言う話である。

 

 それから、アリゼは話を続けた。


 その後の展開は、旅人がまた、何人かの人に出会い、話し、なぞかけや試練を乗り越えていき、西に辿り着く。

 レシピを手に入れた男は、その才能でさらにレシピをよりよいものにして、少しずつ名前が知られていき、多くの料理人が男のもとに集まるようになる。

 功績を王様に称えられた男は、領地を手に入れ、国を作る。

 そして、料理の王様として、幸せに暮らすのだ……。


「めでたし、めでたし」


 とアリゼの声が、本を閉じる音と共に聞こえた。

 どうやら、すべて読み終わったらしい。

 しかし、俺は不思議に思う。


「……これで終わりか?」


 するとロレーヌは、


「あぁ。《西に向かう旅人》は国を作って終わりだろう。色々といじくりまわすところはあるが、結末は同じだ」


「……そうか」


 頷きつつも、あれ、と思った俺である。

 なにせ、俺が昔聞いていた話だと、その後、国は滅ぼされる。

 たとえば、料理人が旅人だとすると……。

 料理に秀で過ぎた男は、ありとあらゆる国から料理人を呼び寄せてしまい、料理の国を作ってしまったから、他の国から憎しみの目で見られるのだ。

 そして、男の国の持つ、料理の力を羨んだ他の国が、それを手にすべく攻めてくる。

 男は戦いを望まなかったが、仕方なく応戦する。

 結果として、男の国は荒廃し、また、他の国々も同様に疲弊する。

 料理で多くの人を幸せにしようとした男の夢はかなわず、男は絶望し、国を出て、何処へかと消える。

 男の力で国となったのである。

 男がいなくなった国は、権力争いでさらに疲弊していき、そして歴史の波間に消えていった。

 今ではもう、名前も分からない古い国の話だ。


 と、こう終わるのだ。

 

「……あれはうちの両親の創作か?」


 だとすれば、随分と悲劇的な結末にしてくれたものだが、現実的と言えば現実的か。

 いや……。


「何か言ったか?」

 

 ロレーヌがそう尋ねてきたが、


「いや、何でもない。それよりアリゼのところに行こう」


 そう言って俺たちは立ち上がり、アリゼの方へと歩き出した。


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