百鬼あやめへの想い
みなさんお久しぶりです。
失踪していた時雨です。
読者が主人公に入り込めるように、主人公の特徴とかは書かないで置いたつもりです。
もし、入ってしまっていたらコメントで伝えてくれると嬉しいです。
(性格は作者似です。ごめんなさい)
あと、タイトルの空白は気にしないでください
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カーテンの隙間からかすかに差し込むほんのりと暖かい日差しで目が覚めた。
(朝か…)
頭で認識するのと同時進行で、夢の中だった意識をゆっくりと現実に持ってくる。
意識が戻ってくるのを実感していると、右腕にかすかな重みとしびれを感じた。
その重みとしびれた理由に心当たりこそあるが、自らの目で確認しないわけにはいかず、チラリと右腕のほうに視線を向ける。
(あぁ…)
記憶にある通りだった。
そこには、俺の腕を枕代わりにし、丸くなって寝ている"最愛の彼女"がいた。
彼女の名前は、鬼人"百鬼あやめ"
幽世から現世に来て少し経った後に出会い、付き合い始めた。
そして今、二人一つ屋根の下で暮らしている。
ふと、時刻を確認すると午前八時。
彼女はというと、まだぐっすり眠っているようだった。
そう、ぐっすり眠っているだけである。ただそれだけなのにものすごく可愛い。
赤色が入った腰まである白髪が、微かに差し込んでくる光に反射して、まるで銀髪のように輝いている。
儚い可愛さと美しさを兼ね備えた彼女を見ていると、今にも天使の翼が生えてきそうな程だった。
朝からそんな感じで見惚れていたのだが、まだ起きる気配が無かったため、ゆっくりと自分の右腕の代わりに普通の枕に置き換え、自由になった俺はそっとベッドから降りてキッチンへと向かった――
◇ ◇ ◇
「朝ご飯、どうしよう…。」
ボソッと呟きながら、棚を開ける。
まず、目に入ったものはパンケーキミックスだった。
(今日はこれでいいか。)
とりあえずの感じで決めたが、何気に甘いものを食べたい気分だったので、彼女にも付き合ってもらうことにする。
「とりあえず作り終わり」
パンケーキを2枚焼いて、もう一枚は直ぐに焼けるように準備してある。
パンケーキは机に置いて保温してあるので、シロップとフォーク、ナイフを準備しておく。
それなりの準備を終えたと同時に、階段をバタバタと降りてくる音が聞こえた。
「人間様~!おは余~!」
元気そうだが、今にも二度寝し始めそうなくらい眠そうな声で挨拶をしたのはあやめ。
「あやめ。おは余!朝ごはんはパンケーキだけど大丈夫?」
「全然大丈夫!人間様、準備してくれてありがとう!」
「どういたしまして。」
パンケーキが冷めたら美味しくなくなるので、早めに食べ始めようと、先に席に着くと、あやめが俺と向き合うような形で座る。これがいつもの食事の時の座り方。
「「いただきます!」」
シロップをたくさんかけて、作る時も少し砂糖を多めにしてあるから、かなり甘くなっていて、太る原因になりそうだったが、『朝からしっかり脳に糖分を送るのも大事だよね!』と、自分を丸め込ませたような形で言い聞かせた。
一応、あやめが体重管理しているかもしれないので、あやめのパンケーキには砂糖を入れないでパンケーキを焼いておいた。
「にゃ~。」
「人間様、ジルにご飯あげた?」
「あっ……。ごめん、あげてもらえる?」
「わかった余。おいで~ジル~!」
『ジル』というのは、あやめが飼っている愛猫のことである。
ジルという名前は、目がブルージルコンという宝石に似ていた。という理由でジルになったそうだ。
「あぁ~かわいいねぇ♡ ジルぅ~♡」
あやめがご飯をあげるためにジルを呼ぶと、鳴きながら近づいて来る。
猫なで声であやめがジルに話しかけながら、抱き上げる。
正直、これだけで絵になるんだから自分の彼女は世界一可愛いと再認識した。
散々ジルを愛でた後に、ご飯をあげ、また席に着く。
多少冷めてしまったが、シロップを二人ともかけた後だったので、誤差程度に過ぎない。
「うん!甘くて美味しい!」
「美味しいって言ってくれると、作ったかいがあるよ。
「人間様!おかわり! おかわり…ある?」
「あるよ。何があってもいいように、もう一枚分生地を用意しておいたからさ。今から焼いて来るから、俺の分も食べててもいいよ。焼いた後だと冷めちゃってるだろうしね。 」
「えっ!人間様の分…。う~ん…。じゃあ、お言葉に甘えて!」
「どうぞ。じゃあ、少し待っててね。」
そう言い残して、キッチンへと向かった。
手順はさっきと同じ。軽くゆすいでおいたフライパンの水を飛ばして、生地を流し込む。そしてある程度焼けたら、ひっくり返してしばらく焼く。これで完成。
あやめの料理と比べるとあまり手の込んだものじゃないから、どうも見劣りしてしまい、何とも言えない気持ちになる。
何がともあれ、とりあえず作り終わったので、あやめに焼き立てを渡しに行くことにする。
「焼けたよ。」
「わぁ~!」
「わかってると思うけど、本当に焼き立てだから、口の中を火傷しないように気を付けてね。」
「ありがとう!」
あやめの手元の皿を見てみると、半分ほど残っていたはずのパンケーキがなくなっていた。
『かなりお腹、空いてたんだな。』とか考えながら、食べ終わった皿を回収し、シンクに置き、自分の座っていた席に戻る。
パンケーキが残り半分程度になったころ、あやめがチラチラとこちらを見てくる。
「人間様、これ食べる…?」
チラチラと見てくる視線を感じた時から薄々察してはいた。
多分、唐突にお腹がいっぱいになったんだろう。急いで食べると、初めのほうは脳の認識が遅れるせいで、しばらくすると唐突に限界が来る。
「じゃあ、もらおうかな。」
そう返事をすると、あやめがパンケーキが載った皿とシロップを順番に取りやすい位置においてくれる。
そのかけがえのない気遣いが出来る。それも彼女の美徳となっていた。
『正に、気遣いの鬼。』とかどうでもいい事を考えると同時に、
『この人くらいさり気ない気遣いができるようになりたい。』と強く思った。
あまり時間は経っていなかったので、パンケーキはほぼ冷めていない。
冷める前に食べ始めることにした。
「今日、ショッピングモール行かない?」
「いい余!どうしたの?」
「買いたいものがあるんだよね。」
「じゃあ余、化粧したりしてくるね!」
「洗い物とかはやっておくから、ゆっくりとしておいで。」
今日の予定が決まった。
サクッとパンケーキを食べ、ナイフとフォークを回収し、シンクにある皿と一緒に洗い物をする。
あやめはシャワーを浴びているので、タオルを脱衣所に置き、自分の部屋に帰る。
いつも通りのお出かけで使うバッグの中に、モバイルバッテリーや念のための現金、ポケットティッシュ、頭痛薬、目薬など、必要になるかもしれないものを詰めて、玄関に置き、歯磨きをしに行く。
このまま洗面所にいると、丁度出てきたあやめと鉢合わせる可能性があるため、リビングのソファーに座って歯磨きをする。
歯磨きも終わり、あとはシャワーを浴びるだけなので、ゆっくりとあやめを待つことにした。
ツイッターでも適当に見ながらゴロゴロしていると、リビングと廊下をつなぐドアを開ける音がした。
「人間様、シャワー空いたよ」
そういいながら入ってくるのは湯上りのあやめ。
その姿を直で見てしまい、他人には理解できないコンマ数秒硬直する。
あやめだからというべきだろうか、別に布面積が少ないというわけでもない。ないのだが、女の子のそれも彼女の湯上りである。
湯上りというものは、可愛さに追加して艶めかしさも乗り、言葉で表現できないが、男心にグッとくるものがある。
そんな思考の中、唯一まともな機関『脳』が危険信号をものすごく大音量で鳴らしていることに気が付いた。
『この場にいたら、大切な恋人を傷つける結果につながるかもしれない。』そう感じた俺は、この場を離れることにした。
「ありがとう。 じゃあ入ってくるね。 準備して待ってて。」
そんな一人波乱万丈だったリビングを抜け出し、シャワーを浴びる。
あやめが待っているかもしれないので、できるだけ早くしっかり体を綺麗にして、シャワー室を出る。
しっかり取りやすい位置に新しいタオルが置かれていた。流石あやめである。
髪を乾かしたので、服を選びに部屋に帰る。
(ちょっと意地悪でもしてみようかな)
とある服を着て部屋を出る。
「あやめ、服、これでいいと思う?」
「ねぇ~!!! 人間様ぁ!!!」
かなり大きい声で、身悶えるよな声で訴えかけてくる。
それもそのはず、着ていったのは、上はあやめのパーカー、下もあやめのスウェットパンツ。
あやめが『今すぐ着替えてこい』と言いかねない顔でこちらを見ているので、謝罪をしつつ着替えることにする。
「ごめんって。着替えてくるね。」
流石にいじりすぎたか…。と少し反省をしながら部屋に戻り、ちゃんとした服に着替えに行く。
しばらくして、二人とも準備が整った。
俺は派手とも言えない、身の丈に合った服に落ち着いた。
あやめはと言うと、デートということで派手目の服を着ている。ただ、それは悪目立ちするものではなく、本人の可愛さを強調…どころか倍増させるよな服を着ている。
服に追加して、整っている綺麗で可愛い顔に化粧までしているので、あやめの可愛さは累乗に匹敵するものとなってた。
このままだと、道行く人々の視線を集めてしまうこと間違いなしだが、それもまた彼氏としては誇らしいものである。
だが、このままだとあやめが可愛すぎて、自分が惨めになってくるレベルである。
ただ、惨めになるようなことは日常茶飯事なので、そんなことでは一々落ち込んではいられない。
まず彼氏側がやることとすれば、服を褒める。それに限るだろう。
「流石あやめ。めっっっっっちゃ可愛いね」
「ありがとう。」
そっけない返事だが、少し頬が紅潮して言うのが見てわかる。
そんなあやめを見て、好きだという気持ちを抑えきれぬまま、家の扉を開いた――
移動手段は、電車とバスを乗り継いで、ショッピングモールまで行く。
さほど遠くないので、30分程度で着く。
「今日って何か買う予定ある?」
「行ってから決めようと思ってる余。」
なにも予定も立てず、マイペースにショッピングをする。これがいつものパターンだった。
「とりあえず、駅まで歩いて行くかタクシーで行くかどっちがいい?」
「歩きでいこ!」
「荷物持つから貸して」
持ち物を持つのと同時に、車道側にさりげなく出る。
なんとなく手持無沙汰で寂しかった俺は、あやめの手を取ることにした。
まるで、壊れやすいものに触れるかのように、優しく指を絡める。
指を絡めると、あやめが物凄く幸せそうな顔をする。
それだけなら微笑ましいだけなのだが、あやめは気づいていないが、案の定人の目を引いしまっているので、あやめに視線が釘付けになる男が多くいた。
中には、彼女連れなのに釘付けになってしまい、彼女に怒られる。といった男まで出てきた。という状況だ。
正直、彼氏としては面白くない。
多少ならいいが、ここまで露骨に見られると独占欲的な問題で少々不快になる。
そこで俺は閃いた作戦を決行する。
バッグの中から雨で濡れても大丈夫なようにタオルを二枚持ってきていたので、そのうちの一枚をあやめに頭から被せ、耳元で「めちゃくちゃ視線、集めてる。」と小さな声で本人に伝える。
すると、本人も周りに気づいたのか、タオルに顔を埋めてしまった為、周りの男の視線は一気に散らばった。『悪い気はしないが、彼女が可愛過ぎるのも困ったもんだな。』と感じた。
そんなこともあったが、二人、手を繋ぎながら駅に歩いて行く。
そこには一言も会話が無かったが、嫌な気持ちにならない。
これは持論だが、会話していて楽しいも大切だが、無言が苦じゃない。これが一番大切だと思っている。
特に会話もなく電車、バスと順調に乗り継いでいく。
会話も無く、移動していただけだが、互いに手だけはずっと離さずにいた。
ショッピングモールについたのは午後2時過ぎ。
ここから色々な店を見て回ることにする。
「あやめ、行きたいところとかある?」
特に自分の希望はなかったため、選択を委ねることにした。
「ん~。無〇良品とか二〇リとかかなぁ」
「了解。じゃあ二〇リで最初に荷物が増えても困るし、先に無〇良品行こっか。」
「じゃあそれで!」
こうして、二人で無〇良品へと歩き始めた…。
「わぁ~!これ!めっちゃデザイン良いんだけど!?」
お店に着くや否や、早速小物を見て回っているようで、すごい楽しそうにしているあやめを見守りながら付いていくの置物と化している自分がいた。
家の家具、小物、デザインは全てあやめのセンスに任せっきりなので、特に提案することもない。
話は変わるが、唯一心残りなのは、お店の中でも手を繋いでいる訳にはいかないので離してしまったことだった。
「あやめ、籠貸して。」
「どしたの? 人間様、欲しいものでもあった?」
「そういうわけじゃなくて、籠、結構いっぱいだったから俺が持とうかなって。
色々見たりするのに、籠あっても邪魔になりそうだしね」
「じゃあ、お願い!」
「承りましたよっと。」
かなり沢山の物が入った籠を受け取った。
籠はそこそこ重く、自分が気付かなかったあまりに、あやめにこれを持たせていた。ということに罪悪感を覚える。
かなり広い無〇良品だったので、ほとんどの棚を見て、デザインを試行錯誤して…とやっていたら、 なんやかんや2時間位掛かった。
「結構買っちゃったのに持ってくれてありがとね。」
「全然問題ないよ。こういう時は男が持つのが常識だしね。」
あやめと折角デートしているので、手を繋いでいたい。が、さっきまで繋いでいたので、しつこいって思われたらどうしよう…とかあれこれ考えていた。
自分は勇気がない。それをここまで憎んだ時は無かった。
そんな葛藤を繰り返しているうちに、細く柔らかい指が絡まってくる感覚がした。
それに驚き反射的に、あやめの顔を見てみると、悪戯な笑顔を浮かべていた。
先を越されたのは悔しかったが、結果的に手を繋げたので良しとしよう。
「ちょっと買いたいものあるから、一人で行ってきてもいい?」
「余も買いたいものあるから、ここから個人行動で!」
「了解!合流は携帯で伝えるね。」
実は、今日は付き合い始めて3年目である。
それに今日、プロポーズをしようと秘かに計画していた。
やっぱり、性格も合うし、自分自身あやめのことが大好きで将来も見据えての願望だ。
少し事前に調べたのだが、このショッピングモールは夜景がとても綺麗な場所がある。
そこでプロポーズをしよう。と少し前から決めていた。
荷物をコインロッカーに預け入れ、あやめに合う指輪を買いに行く為に早歩きで歩き始めた――
やはりいつ来ても、装飾品売り場は綺麗で心を惹かれる。
値段が高くなくても、美しかったり、可愛かったりして多種多様だ。
「多すぎて何がいいのかわからないな…。」
個人で買いに来るなら店員さんに聞くのが一番だろうが、プロポーズに使うものを店員さんに聞くのは、後ろめたい気持ちになるので自分で選ぶことにする。
どうしようか迷いながら見ていると、特別心を惹かれる名前の宝石を使っている指輪をペアで見つけた。
特別心を惹かれる宝石とは『ブルージルコン』である。
正直なところ、この宝石を使った指輪、しかもペアと来た。
ほぼ即決だが、値段を見てからにしよう。
「7万…か。」
一つ7万ということは、二人で14万。これが結婚指輪として、高いのか安いのかはわからない。
きっとこの指輪は結婚指輪、ということになるのだろう。
ただ、この宝石は俺らにとってはただの宝石ではない。
結婚指輪は、二人が結ばれ、家庭を築く。ということに対する誓いの代物となる。
俺たち二人にとっての家庭とは、自分、あやめ、ジル。この三人揃って初めて家族(家庭)となると思っている。
理由としては完璧この上ないだろう。
ならば後は装飾だ。
この指輪が結婚指輪としてふさわしいものなのか。というところだが、華やかさと美しさを兼ね備えている。
それにブルージルコンは水色。あやめが好きな色だった。
このブルージルコンの指輪には非の打ちどころがない。買うならこの指輪しかない。
そうと決まれば店員さんに伝え、一つはプロポーズに使えるように軽くラッピングしてもらう。
そしてもう一個は、プロポーズする寸前に着けようと思っている。
そうして会計を終えたのだが、思ったより時間が経っていたらしく、あやめからメールが来ていた。
『今どこ?』
超完結的なメールが届いていたので、多分買い物をあやめも終えたと予想して電話をかける。
『もしもし?』
『もしもし~。』
『今どこ?』
『余はねぇ、中央広場の噴水のとこ!』
『近いから多分直ぐ行けると思う。』
『了解!待ってるね。』
ここで通話は終了した。
合流したら、あやめの手を取って、例の場所に行けば丁度いいくらいの時間だと思われる。
冬場ということもあり、少し肌寒いかもしれないがが早い時間帯でも夜景が見れる。
噴水が見えてきた。噴水の淵に座っている人が多く、あやめが見当たらない。
すると突然、視界が真っ暗になった。が、意識はある。
つまり、この暗転の犯人は———
「あやめ、なんも見えないんだけど…?」
「ばれちゃったかぁ。」
その声と同時に世界に明るさが返ってくる。
まぁ、あやめに悪戯されても、悪い気はしない。これが俗にいう、好きな人補正だと思う。
「ねぇ、あやめ」
「何?人間様」
「夜景が綺麗なところがあるんだけど、行かない?」
これからの計画のことを考えると、下手に緊張してしまい、誘った時の声が小さかったような、震えてたような気もした。が、何も気づかなかったふりをしておく。
ここで下手にうろたえても良いことがない。それは感覚で理解していた。
「え!行きたい!人間様、案内して!」
「もちろん!」
乗り気で来てくれたことに安堵しつつ、あやめの手を取り歩き始めた――。
今までの人生で一番緊張している気がする。
このプロポーズで、これからが決まる。その重大さに気がついてしまった。
気づくのが遅い。と言われたら、ごもっともとしか言えないのだが、気づかないほどあやめに夢中だった。
そんな考えは置いといて、今はこれからの事の為に覚悟を決める。それに集中することにした。
そして、覚悟を決めたと同時に目的の場所に着いた。
景色も良く、天気もいい。それにそれなりの人気スポットのはずだが、人も少ない。
神が味方してくれていると心から思った。
自分が着ける用の指輪は、あやめと合流する少し前に、左手の薬指に着けてある。
深呼吸をし、覚悟を決め、最愛の彼女の名前を呼ぶ。
「あやめ。言いたいことがある。」
名前を呼ぶと、前にいたあやめがこちらを振り返り視線が合う。
ただ見ているだけなのに、愛しい気持ちがあふれ出てくる。
あやめ表情と仕草に夜景、そして高所でしか吹かない風に靡かれながらも夜景に照らされ、光り輝く赤色の入ったサラサラの白く美しい髪。
俺目線からすると、もはや、景色はあやめのために用意されたスポットライトのようだった。
これを幻想的と言うんだな。と目の前の景色を目の当たりにして初めて理解した。
だが、今日の俺はあやめに見とれている場合ではない。
しっかり深呼吸をし、気合いを入れ、覚悟をし直す。
そして俺はおもむろにポケットへ手を入れ、仕舞っていた手のひらサイズの箱を取り出し、箱を開けながら、片足を地面に付け、口を開く。
「百鬼あやめさん。世界で一番愛してます。結婚してください。」
透き通ったルビー。それも心の中に秘めた、情熱をも表しているような瞳を見つめ、そう伝える。
「人間様、指輪。すごい素敵だね。その宝石、ブルージルコンでしょ?」
流石あやめ。ブルージルコンを選んだことに気づいてくれたことに喜びつつ、首を縦に振る。
「その指輪、余の左手の薬指に着けてほしいな。」
あやめにそう言われたので、そっと左手に触れ指輪をはめる。
夜の街の光に反射して輝く、水色の宝石。自分の見解は間違っていなかったようだ。
あやめに似合う。端的な言葉だが、そうとしか言い表せなかった。
そして、あやめが指輪の宝石部分。ブルージルコンを見ながら言葉を発する。
「今日ってさ、付き合い始めて丁度3年だよね。人間様、覚えててくれたんだ。」
「あやめと付き合い始めた。そんな大切な日を忘れるわけにはいかないよ。」
「ねぇ、余も人間様に伝えたいことがある。目を瞑って、かがんでくれる?」
かがんでほしい。そう言われたのであやめの近くに寄り、目を閉じ、かがむ。
かがんで少し経った後、柔らかく暖かい指先の感触とひんやりとした鉄の感覚が首元でする。
「もう見ていいし、立っていい余。」
その言葉に従い、立って自分の首元を確認する。
首元には銀色のネックレスが着いていた。
そのネックレスの真ん中には『N』と書かれた装飾が着いていた。
何故『N』なのか、自分の思考回路ではわからなかった。
「なんで『N』なの?って思ったでしょ?」
考えていたことをそっくりそのまま言われ、おもむろに目を丸くしてしまった。
『言い方的に答えを教えてくれるのかな』とか楽観視して物事を考えていられたのもつかの間、瞬間的にあやめの表情がいつもの優しさ溢れる表情から一気に真剣そうな顔つきへと変化した。
真っ直ぐ、互いに目を見つめ合い、沈黙の数秒が訪れた。
その沈黙の後に言葉を発したのはあやめだった。
「『N』は百鬼のNだ余。人間様、余の苗字、もらってくれますか?」
あやめは自分の首元にあるお揃いのネックレスをこちらに見えるように片手で持ちながら、そう伝えてくる。
多分先ほどの沈黙で、この言葉を伝えるために覚悟を決めていたのだろう。
結果的に、双方考えていることは一緒だったらしく、心から安堵した。
ここまで幸せを感じたのは人生で初めてかもしれない。いや、かもしれないじゃない。初めてだ。
一人の女性を好きになり、付き合い、結婚する。
このごく普通に聞こえることこそが一番の幸せなんだな。と強く感じた。
一生あやめを愛していたい。
一生あやめの隣にいたい。
一生を使ってあやめを幸せにしたい。
付き合い始めて3年目、プロポーズが成功し、あやめを愛しているという気持ちが昂った俺は、あやめに声をかける。
「あやめ。」
「何?人間様。」
さっきも感じたが、やはり俺の嫁は世界一可愛い。
この可愛さを表現するのには、今現実である言葉ではイマイチ物足りない。
自分の嫁が可愛いと自慢する世の夫の気持ちが理解できたような気がする。とかを考えながら、あやめの近くに歩みを進める。
俺は、あやめの瑞々しく、さわり心地の良い小さな顔を両手で優しく包み込むようにして触れる。
自分が何をこれからされるのかをあやめは察したようで、目を合わせたままゆっくりと目を瞑り……
そこでは、二人の首元にある銀色のネックレスが二つ、夜の街の光を反射し闇夜の空を二筋の光が照らしていた――
FIN