ラトゥール家から帰宅して、家にいたロレーヌと一緒に孤児院に向かう。
「……そうだ、ラウラ・ラトゥールが、今度、ロレーヌを連れていってもいいって言ってたぞ」
孤児院への道を一緒に歩く道すがら、ロレーヌにそう言うと、ロレーヌは驚いた顔で、
「……いいのか? お前から依頼主の話を聞く限り、どちらかと言えば権力者でありながらも、隠棲しているような立ち位置のように感じていたが……」
ロレーヌも当然、この街の運営に携わる家についてはほとんどすべて知っているが、それでもラトゥール家だけは耳にしたことがなく、知らない。
どんな家で、どのような人物がいて、どのような考えでいるのかは、俺からの伝聞で判断するしかない。
一応、調べようとしてみたようだが、何も分からなかったということだ。
ラトゥール家の力が凄いのか、それとも調べられるような内実がそもそもないのか……。
後者の可能性はあの家や当主本人、イザークを見る限り、なさそうだな、と思う。
考えれば考えるほど変わった家だが……俺からしてみるとすごく親切な家である。
別にそれでいいよな?
……よくないか。
でも警戒しようがないのも事実だ。
なにせ、今俺がかの家にされたことと言えば、割のいい依頼をしてくれて、俺の好きなものを贈呈され、さらに今度用事があると言えばそのために役立ちそうな資料まで用意してくれたくらいだ。
何一つとして不利益がない。
何か目的があって俺にそのようなことをしてくれているのだ、と考えることも出来なくはないが……こう言ってはなんだが、最近、俺は俺なりに頑張って冒険者としていいとこに来ているとはいえ、結局はまだ銅級冒険者に過ぎない。
魔物としての人間離れした身体能力や、実用レベルに至った魔力、気、聖気を持っているかなり珍しい存在であるのは間違いないが、それでも純粋に実力だけ評価すれば、よくて銀級程度であろう。
そんな冒険者は当然、この世の中に掃いて捨てるほどおり、あえて俺に構いつける必要はあの家にはないのだ。
強いて言うなら、ニヴのような目的である場合だが……
イザークの実力はこの目で見たわけではないが、単身、人の身であの《タラスクの沼》を定期的に攻略できる技量の持ち主だ。
まともに戦ったら俺が負ける、と考える方が自然だろう。
そしてあれだけの財力を持つラトゥール家の戦力がイザークだけ、というのも考えにくく、そうなると俺を捕獲するくらいは容易なことだろう。
あとは、俺を泳がせて何らかの目的を達しようとしている、ということも考えられなくもないが……俺を泳がせて一体何になるんだ?
何もならんだろう。
存在こそ特異だが、やっていることは迷宮行って魔物を狩って納品してを繰り返しているだけだからな……。
たまに夜な夜な出歩いていたりとか。
そんなのに達成させられる目的があるのなら自分でやった方が早いだろう。
つまり、それはない、と思う。たぶん。
そうなると、ラウラがここまで俺に良くしてくれるのは、素直に、《タラスクの沼》に行ける人材の確保が難しいからだ、という彼女の申告通りのものになるのだろう。
分かりやすく、納得しやすい、極めて普通の目的だ。
色々くれたものも、ラウラにとってはそこまで価値が高い、というわけでもなさそうだったし……。
すごくいい人だな。うん。
「隠れ住んでいる、というよりかは静かに暮らしている、くらいなものだと思うぞ。存在を喧伝しているわけじゃないが、隠しているってわけでもなさそうだし」
俺がロレーヌにそう答えると、彼女は難しそうな顔で、
「……その割に調べてもほとんど何も出てこないのだけどな……」
「ほとんど? 少しは何か出てきたのか」
「あぁ。参事会の古い議事録に名前が載っているのは見つけた。確かに、街の運営に関わっているようだ。けれど、ここ最近……というか、ここ百年は特に何もしていないような感じだったな」
「……そんなもの、よく閲覧できたな」
マルト参事会は領主が主催し、マルトの力ある家が参事を輩出しているマルトを運営している機関である。
その議事録と言えば、一般市民が見せてくれと言って見せてくれるようなものではない。
それなのにロレーヌは……。
「これでそれなりの繋がりはあるんだ。まぁ、少し薬を調合するように頼まれたが……大したものではないしな」
対価という訳だ。
ロレーヌが錬金術を駆使して作る薬の数々は非常に効果が高く、そのことを知っている知り合いに頼んだのだろう。
ロレーヌは技術は色々と持っていても、街の薬屋や
特殊なものは本人と直接交渉するしかないが、ロレーヌは自分の研究第一の人だ。
頼まれたってやらないことが少なくない。
こういうときにしか、頼めないという訳だ。
「芸は身を助けるじゃないが、こういうときに便利だよな……俺も錬金術、身に付けておけばよかった」
そうすれば、銅級冒険者だったときもそれほど困窮せずに済んだのではないか、と思ってつい出た台詞だったが、ロレーヌは首を振って、
「今なら覚えられるだろうが、以前のお前には決定的に魔力量が不足していたからな……無理だっただろう」
と言われてしまった。
まぁ、それは当時から十分に分かっていた。
だからこそ近くに錬金術の達人がいても学ばなかったわけなのだから。
錬金術は必ずしも魔力がなければ無理、というものではないが、それで稼ごうとするなら最低限必要な魔力量というものがある。
毎回魔石を使って魔力を補う、というやり方をしていたら、金や時間がどんどんかさむからな。
それをするくらいなら、普通に魔物を狩って納品している方が効率的だ。
「それで? どうしてまた、私を招いてくれるんだ、そのラウラという方は」
ロレーヌが話を戻してそう尋ねてきたので、俺は答える。
「あぁ、さっき行ったときに、俺が自分の聖気の源――加護をくれた神霊が何なのか調べに行くと言ったら、そのための資料を色々と貸してくれてな」
「ほう? 資料と言うと、本か。私はその辺りは専門外だからあまり持っていないからな……」
全くないわけではなかったが、普通に一般的に流通している、特に教会の秘密に踏み込んではいない資料しかロレーヌは持っていなかった。
しかし、ラウラが貸してくれたのは、むしろそういう、外部に出てはいけないはずの知識が多く書かれているものだ。
……なんで持ってるんだろうな?
不思議過ぎる……が、考えても分からない。
とりあえず、ロレーヌにいう。
「あぁ。それで、その資料がある場所が、これがもう、物凄い図書室でな……広い空間に本棚が延々と続いているような光景だった。壁も床から高い天井までずっと本棚。納められている本は、どれも貴重なものばかりに見えたよ」
するとロレーヌは血相を変えて、
「な、なにっ……もしや、私を招いてくれると言うのは……!?」
「あぁ。友人に本好きなのがいるから連れてきたかった、と言ったら、ロレーヌさんですね、いいですよ、とこう来た」
「お前……お手柄だな。今ならお前の靴を舐めたっていいぞ」
と、冗談ではなく真面目な顔で言うものだからとりあえずやめろ、と言っておく。
それから、ロレーヌは落ち着いて、改めていう。
「……しかし、友人、と言っただけで私の名前が出るとは。別に、教えてはいなかったんだろう?」
「そうなんだよな……」
これは不思議、というか、相当な情報収集能力を持っていることの証拠である。
そんな家が、俺に興味を持つのはやっぱり奇妙だが……。
ロレーヌもそう思ったのか。
「ま、私に本を提供してくれる辺り、素晴らしい家だと思うが、それでも安心して良さそうな相手ではないようだな」
と言う。
それでも、ラトゥール家に彼女が行くことは決まっているあたり、完全に本に心を奪われているロレーヌなのであった。
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