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第9章 下級吸血鬼
第161話 下級吸血鬼と民話

 ――個人でこんなに本を所有している人間がいるんだな。


 ラトゥール家の財力を今まで何度となく見せられてきたが、それでも改めてそう思いたくなるほどの蔵書がその部屋にはあった。

 

「長い年月をかけて集めたものですから……時間をかければそれほど難しいものではないですよ?」


 とラウラが言う。

 イザークはその部屋の蔵書の中から、聖気関連のもので俺の役に立ちそうなものを探してくれている最中で、今のところ俺とラウラは手持無沙汰だ。

 イザークがあっちこっちの書架の間を行ったり来たりし、梯子を上ったりしている様を見ていると、なんとなく手間をかけさせて申し訳ないような気分になってくる。

 俺のために本を探してくれているのだ。

 手伝うべきなのだろうが、いかんせん、どこになにがあるのかさっぱりわからない。

 イザークの方はしっかり頭に入っているようで、書架を行きかうその足取りに迷いはあまりない。

 ただ、数が多いだけだ。

 机の上に次々と詰み上がっていくが……こんなにいるかな。

 まぁ、俺も読書は嫌いではないが、基本的には普通の冒険者だ。

 多少字が読めて、まぁまぁ難しい書物を読める程度で、専門書に関しては流石に厳しいものがある。

 ロレーヌに丸投げするしかないかな……。

 

「時間をかけても、本は安くないだろう。俺には無理そうだ」


「そうですか? 最近のレントさんの活躍は耳に届いていますよ。私の依頼はともかくとして…タラスクの素材の売却で相当に儲けられたと聞きました」


 確かに、最近の俺の収入源は非常に多い。

 タラスクの素材はつい先日売却できたし、ラウラの《竜血花》については今日はそれが目的で来たわけではないにしても、一度はせめて納品しなければと言うことで手土産がてら持ってきて、先ほど納品しているのでその報酬ももらっている。ニヴがいるから出来る限り早く、都市マルトから離れたいとは思うが、そもそも長旅になるため準備もある。一週間ほどかかると考えているので、その間に、《タラスクの沼》に行って来て、もう一度くらいは納品するつもりである。一度行って地形は分かっているし、俺には毒沼を突っ切っても問題ない体がある。以前よりも遥かに早く《竜血花》の群生地までたどり着けるようになったので、準備の合間に採取してくることも十分に可能だ。

 また、豚鬼オークやら何やらの迷宮素材など、昔とは比べ物にならないほど色々なものを採取できるようになったため、普通に生活していく分には余裕はある。

 けれど、それでも本は厳しい。

 数冊くらいなら買えるけれど、ここにあるほどの数を集めるのはどうやったって無理だ。

 白金貨が何千、何万枚と必要だろうからな……。

 そこまで額が大きいと、神銀(ミスリル)貨とかになるのかな。

 一度たりとも見たことがない貨幣だが。

 国や大商会の支払い専門で用いられる、まず一般庶民が目にすることのない貨幣だ。

 ……ラウラは唸るほど持ってたりしそうだが。


 しかし、それにしても……。


「耳が早いと言うか、良く知っているな。タラスクの取引なんて、つい、こないだのことだぞ」


 そう言うと、ラウラは少し微笑んで、


「ラトゥール家の耳は都市マルトのことなら何でも聞いているのですよ」


 とちょっと怖いことを言う。

 この都市マルトの運営に大きく関わっている家である。

 当然と言えば当然なのだが、一個人と商会の取引の一つ一つまで把握してそうなその言葉には驚かざるを得ない。


 それから、


「……これで、概ねよろしいかと」


 イザークが蔵書を集め終わったようで、積み重ねられた書物の前でそう言った。

 すべて一か所に積み上げられているわけではなく、三つほどに分類されて積み上げられている

 イザークはまず、一つの山を示して、言う。


「こちらは、聖気の運用――つまりは、聖術とか聖気術、もしくは聖剣術などと呼ばれる技術について、概要が説明されているものですね。始めはこの辺りを読まれるのが宜しいと思います」


 聖気版の魔術に該当するのが、聖術とか聖気術、になるだろう。

 聖剣術は、聖騎士などが使用する武具を媒介とした聖気の運用方法のことだった、と思う。

 俺もそこまで詳しいわけではないのだ。

 聖気については、ただ、なんとなくの概要だけしかわからない。

 イザークは他の山を示して、続ける。


「こちらの書物は、聖気の源となる神霊についての資料です。神霊の数は、ご存知の通り数えきれないほどですので、その全てを網羅的に記載しているわけではありません。それに単純な説明ではなく、歴史的なものが色々と関わってまいりますので、比較的読み解くのに知識と時間がかかると思います。この辺りは、ゆっくりと読まれることをお勧めします」


 神霊については色々と難しい問題がある。

 世の中に数多ある宗教団体、それぞれが崇めている神が全く同じ、ということはあまりなく、あっても言い伝えなどが大幅に異なることはざらだ。

 宗教間における、戦争なども何度も行われているし、結果として滅びた宗教や、それが祀っていた神なども少なくない。

 そのため、それらについて調べるには、どうしたって広範にわたる知識が必要になってくる。

 当然のことながら、俺にはそんな知識などなく、この辺りについてはロレーヌに丸投げするしかないだろう。

 なんだか頼りっきりで申し訳ないような気分になってくるが……まぁ、研究が好きと言ってはばからないタイプなのだ。

 新たな本を読んでもらう分には喜んでもらえるだろう。

 もちろん、感謝は忘れないが。


「最後のこちらの書物は……これからレントさんが向かわれるハトハラーの村、その周辺の民話などが記載されたものなどですね。数は少ないのですが、何かの役に立つのではないかと思いまして……」


 最後にイザークが示した山は、確かに他の二つと比べて少ない。

 というか、山とは言えないだろう。

 二冊きりしかないのだから。

 しかし、それでもあのあたりの民話を集めた書物など存在していたのだな……。

 もちろん、民話が全くない場所など人が住んでいれば基本的には存在しないだろうが、わざわざそれを集めて本にしようとする酔狂な人間はさほどいないのだ。

 そのような書物が全く存在しないのは、むしろ普通である。

 なのに二冊もあるというのは……。


 パラパラとその場で捲ってみてみると、一冊は絵本で、もう一冊はハトハラーのだけ、というよりかは都市マルト周辺全体の民話を集めたもののようだ。

 なるほど、これなら納得である。

 絵本の方も、その中で有名な話を描いたものだ。

 俺が小さなころ、村の古老に聞いていたような話もいくつか載っていて、なんだか懐かしい気分になってくる。

 

「十分だ。これだけあれば、何かの糸口にはなるだろう。読むのは時間がかかりそうだが……俺の友人にはそういうことが好きな奴もいることだし」


「友人と言いますと、ロレーヌさんですか」


 ラウラがそう、尋ねてきた。

 当たり前のように知っているのは若干怖いが、やはりそんなものだろう、と思わざるを得ない。

 

「あぁ。そうだ。こんなに本があったら、あいつは心底喜びそうなくらいだ」


 実際、ここにある蔵書はどれもあまり見たことがないものばかりだ。

 端の方に、マルトの書店でも普通に販売しているような書物が並んだ棚はあるが、一部に過ぎない。

 他の棚は、マルトの書店でも、そしてロレーヌの家でも見たことがないようなものばかりだ。

 ロレーヌが来たら、宝の山だ、と目を輝かせることだろう。


 そんな意味を込めた俺の言葉に、ラウラは、


「そういうことでしたら、今度はロレーヌさんと一緒にいらしていただいても構いませんよ。私は最近、あまりこの部屋を使っておりませんので、誰かに使っていただければ本も喜ぶでしょうし」


 そう言ったので、


「……いいのか? あいつをこんなところに連れてきたら、それこそ一日中籠もり続けるぞ。出ろって言っても出ないかもしれない……」


 基本的には常識や礼儀は心得ているロレーヌだが、自分の興味がある本が目の前にあると……少しばかりネジが外れる可能性はないではない。

 俺がこんなことを言った、と知れたら、呆れた顔で、私だってそこまでじゃないぞ、と怒られるかもしれないが。

 

 そんな風に言った俺に、ラウラは、


「構いませんよ。好きなときに来て、好きなときに帰っていただいて。私もお茶を飲むお友達が欲しいと思っていたところですし」


 そう言う。

 

 友達か。

 ラウラはぼっちなのかな……。

 と、依頼者に対して思うには問題なことを考えるも、確かにここまでの家の主となると、友人は作りにくいかもしれないな。

 と思う。

 まぁ、ただの方便と言うか、気を遣ってそう言ってくれているだけかもしれないが。


「そう言うなら、今度ロレーヌに話してみよう。……本当にいいのか?」


 一応、最終確認として聞いてみたが、ラウラはやはり頷いて、


「ええ、ぜひ」


 と本当に楽しみそうに返答したのだった。


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