「あぁ、レントさん。今日は何の御用で?」
そう言ったのは、ラトゥール家の門番の男だ。
名前は……聞いてなかったか。
俺の名前はラウラかイザークにでも聞いたのだろう。
「少し依頼のことで相談があって来たんだ。イザークを呼んでくれるか?」
「はい……あれ、レントさん、随分と話し方が流暢になられましたね?」
頷きつつ、何か懐から魔道具のようなものを取り出して操作し始めた男が、気づいてそう言った。
俺は頷いて、
「あぁ。怪我でうまくしゃべれなかったんだが、治ってきていてな。今ではこの通りだ」
そう言った。
男はそれに、
「ははぁ、いい治癒師とでも知り合いましたか? なんにせよ、良かったですねぇ……イザーク様はすぐ来るとのことです。少しお待ちください」
魔道具を見て、それが分かったようで俺にそう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
イザークはラトゥール家入り口を覆う生垣を開いて現れた。
今までそこにあった植物が、がさがさと自分で動き出し、門のようなものを形作り始めるのはいつ見ても不思議な光景である。
そんなこと言い始めたら、
魔物は、一般的な動植物の生態からはかけ離れた存在であるので、考えるだけ無駄に思えてくるときがある。
それでも、何らかの法則性や原理原則が存在しているのは確かなので、ロレーヌのような学者が研究しているのだけどな。
その恩恵は確実に俺たち冒険者などに反映されているわけで、非常にありがたい存在である。
「レントさん、ようこそいらっしゃいました……今日は《竜血花》の納品ではなく、何かご用件があるとのことで……?」
以前会った時と変わらぬ銀髪と色素の薄い肌をしたイザークは、俺にそう尋ねる。
俺は、
「あぁ。実は、ちょっと遠出をする必要が出てきたんだ。ただ依頼のことがあるから、それを相談に……」
「なるほど、でしたら主人と直接お話をされた方が宜しいでしょうね。こちらへどうぞ……」
イザークはそう言って、先を歩き始める。
彼を見失うと庭園内では迷子確定であるため、俺は急いで彼の後ろを追いかけた。
◇◆◇◆◇
「レントさん、何か、依頼の事でご相談があるとのことですが……?」
ラトゥール家の応接室に通されて、挨拶もそこそこにラウラが俺にそう尋ねた。
今日のラウラのドレスは、以前見たものとは異なり真っ白であったが、フリルの豪奢さなどは変わっていない。
こういうものを何着も持っているのだろうな……とラトゥール家の財力を改めて感じながら、俺は言う。
「あぁ。実はちょっと行かなければならないところが出来てな。ただ、少し遠いんだ。具体的に言うと、二週間前後かかる予定で……」
「なるほど、依頼は中止したいと言うことですね? ですが、そういうことでしたら、中断という形で、マルトに戻って来たあと、また同様にしていただければこちらとしては問題ありませんよ」
ラウラのその答えは、少し、意外だった。
全く考えていないわけでもなかったが、こういう場合は依頼は中止して、他の冒険者を探して依頼をする、というのが一般的だからだ。
それなのに、それをしないで俺がマルトに帰って来た後、まだ任せてくれるつもりであることがありがたかった。
そんな俺の気持ちを理解したのか、ラウラは、
「もちろん、レントさんを信頼している気持ちもありますが、そもそも《タラスクの沼》に週に一日だけ、ということにしても定期的に行ってくれる冒険者など中々おりませんから。それに加えて《竜血花》を採取してくれる方はさらに少ないです。ですから、何にせよ私にはレントさんにお願いするしか選択肢はないのですよ」
と言う。
もともと、そういう話だったから俺に依頼されたのは確かだ。
ただ、金級に頼めば絶対無理、というほどでもないはずである。
それでも俺を選んでくれるのは、やはりありがたい話だった。
「そう言ってくれると、ありがたい。戻って来たら必ず連絡する。……ところで、余計なお世話かも知れないが、俺がいない間は……?」
「その間は、以前と同様にイザークに任せることになります。ですから、出来るだけ早く戻ってきてくれるとありがたいですね。もちろん、無理してそうされる必要はないですよ……そういえば、どこに行かれるご予定なのですか? いえ、話したくないとおっしゃるのであれば、無理にお話しされなくても構わないのですが……」
ふと気づいたように、ラウラがそう尋ねてきたので、俺は答える。
「ハトハラー村に行く予定だ」
辺鄙なところにある村である。
その存在すら知らない可能性も考えたが、ラウラは容姿に似合わず博識なところがある。
すぐに頷いて、
「また随分と遠方に行かれる予定なのですね……どのような目的で?」
この質問には、少し迷う。
正直に答えるか、答えるにしてもどこまで話すか、難しいからだ。
しかし下手に嘘を言ってもこの少女は見抜きそうである。
それでせっかく築きつつある信頼関係が無になってしまうのは良くないだろう。
それを考えると、すべて、というわけにはいかないにしろ、ある程度は正直に話しておいた方が良いだろう、と思った。
俺は言う。
「実は、あの村には小さな祠がある。そこを訪ねに行くつもりだ」
「祠……? 一体どうして」
その質問に、俺は答える。
「俺は聖気の加護を持ってる。その加護は、その祠に祀られていたものから与えられたもので……ただ、どんな神霊がそこに祀られていたのか、俺は知らないんだ。だから、それを知りたくて……」
これに、ラウラは特に驚かずに頷く。
まぁ、俺が聖気を持つことはイザークにはすでに《タラスクの沼》で言っていたことだし、彼の主人であるラウラが知っていることに違和感はない。
「聖気ですか……そうでしたね。しかし、冒険者ですのに、珍しいものをお持ちですよね。しかしなるほど、そういうことでしたら……分かります。神霊の加護は、いかなるものに与えられたかを知ることで能力の幅が広がる、と言いますし」
そう言った。
これは初耳で、
「そうなのか? 聖気については俺は素人同然で……詳しいことは知らないんだ」
と言う。
ラウラは、
「聖気は基本的な使い方については身に付いた時点で直観的に分かりますから。聖気を身に着けていても、そういう方が大半でしょう。しかし、魔力、気と並ぶ力の一つですから、その運用方法には長い歴史と技術の積み重ねがあるのです。その大半は……各宗教団体で秘匿されていますが」
なるほど、そうだろうな、という話だ。
この間の《聖炎》の扱い方だって俺には分からない。
あそこまでいかないにしろ、武器や身体能力の強化、それに治癒・浄化以外にも聖気には使い方があるはずだ。
しかし、学びようがない。
今更どこかの宗教団体の門戸を叩いて、聖者として修業を受けさせてくれもないしなぁ……。
そもそも俺がなりたいのは
しかし、そんな俺にラウラの口から朗報がもたらされる。
「……聖気の源たる神霊について調べに行く、ということであれば、ラトゥール家が所蔵する、聖気に関する資料をいくつかお持ちになりませんか? いくつかの教会における、聖気の修行方法なども描かれたものがあったはずです」
……そんなもの、一体どうやって手に入れたのだろう。
秘匿されているのではなかったのだろうか。
ばれたら異端審問にかけられそうな代物だ。
けれど、それがあれば色々とだいぶ助かるのは間違いない。
それに、ここで異端審問が恐ろしいからいらない、と言ったら、あとでロレーヌがブチ切れそうな気がした。
なんでくれと言わなかったのかと。
だから俺は言った。
「もし、貸与してもらえるなら頼みたい……」
ラウラはそれに笑顔で、
「もちろんです」
そう言って頷いたのだった。
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