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第9章 下級吸血鬼
第157話 聖女ミュリアス・ライザ2(後)

「よくよく気を付けてくださいね。奴らは魅了の魔眼を持っています。異性を強烈に惹きつけて離さない目です。聖女さまと言えど、必ず抗魔レジスト出来るというものでもないので、過信はしないでください」


 ニヴは、例の冒険者に会う直前、交渉の場所であるステノ商会の前でそう呟いた。

 

「魅了の魔眼、ですか……」


 魔眼持ちは私も何人か知っているし、会ったことはある。

 けれど魅了の魔眼は……。

 必ずしも吸血鬼ヴァンパイアだけが持っているというものではなく、人にも持つ者が生まれることはある。

 しかし、その場合は見つかり次第、捕縛され、必ず封印処置が施されるのだ。

 なぜなら、魅了の魔眼がその名の通り、ただ、異性を自分に夢中にさせる、というだけならともかく、それ以上の価値を持ってしまう事例が歴史上にあった。

 それというのも、魅了の魔眼に惹きつけられた者は、相手の言うことをそのまま丸のみで聞いてしまう。

 抗うことは出来ない。

 こんなものが組織や団体の内部に入り込み、そして好き勝手に振る舞うことを許すと……。

 とんでもない事態を引き起こすことは想像に難くない。

 実際、《傾城のアドネー》と呼ばれる人物がいる。

 彼女は一国の王をその瞳でたぶらかし、そして国を乱れさせた。

 多くの人を殺し、また多くの富を呑み込み、そして最後には……国は滅びた。

 

 そんな事態を起こさないために、魅了の魔眼持ちは捕まり次第、封印処置をされる。

 封印処置は、昔はその瞳そのものを潰す、くり抜く、という極めて非人道的な方法で行われていた。

 そのため、自分の子供に魅了の魔眼持ちがいても、国に報告しない、ということはよくあり、そのため、後々問題になることも少なくなかった。

 しかし、今はそのような方法によらず、魔術的な処置でもって、その魔眼の効力を永久に失わせることが可能である。

 もちろん、失明したりすることもない。

 若干視力が落ちることはないではないが、せいぜいがその程度である。

 必要があれば国から視力補助用の魔道具を支給されることもあり、今では魅了の魔眼持ちは素直に封印処置に応じる。


 それでも見逃されることもなくはないが……きわめて少数だ。

 十年に一度、いるかいないか。

 そんなものである。

 つまり、魅了の魔眼、というのは極めて珍しいのである。


 しかし吸血鬼ヴァンパイアは……。


吸血鬼ヴァンパイアは皆、魅了の魔眼を?」


 私がそう尋ねると、ニヴは、


「絶対、というわけではないですね。ただ、多くは持っていますし、人の持つそれよりも強力なことも少なくないです。ですから、奴らは危険なのですよ。よくよく、お気をつけてくださいませ」


 そう言って、ステノ商会の中に入っていったので、私はそのあとを慌てて追いかけた。


 ◇◆◇◆◇


「こちらです」


 ステノ商会の店員に案内され、通された部屋の中には、商会の主であるシャール・ステノと、そして一人の冒険者がいた。

 商人シャールの名は、この街において私が挨拶をしなければならない有力者の一人として耳に残っている。

 ただ、もう一人の方は……。

 正直に言って、異様な人物だった。


 顔を見れば、そこには精緻な骸骨の描かれた不気味な銀色の仮面を被り、ゆらゆらと揺らめく暗黒色のローブを身に纏っている。

 立っている姿には隙がなく、こちらを仮面から覗くまっすぐとした瞳で見つめていた。

 ……見てはいけないのだった、と思うが、もう遅いかもしれない。

 あれが抗い難い威力を持つと言う魅了の魔眼だと言うのなら、すでに私は……。


「……大丈夫ですよ、まだ。目は見ないように。どうしても顔を合わせるときは、額を見なさい」


 ぽん、と背中を叩かれ、ニヴが囁くようにそう言った。

 彼女には魅了の魔眼の発動がどうやら分かるらしい。

 まだかかっていない、という言葉に一応安心し、それから挨拶に移った。


 挨拶をするとき、私は彼……レント・ヴィヴィエというらしいが……に、聖気の祝福をかける。

 これが、ニヴが私を連れてきた理由だからだ。

 浄化の力が彼を包み、浸透する……と思ったその時、彼の体の中にもまた、聖気の輝きを感じた。

 ……吸血鬼ヴァンパイアが聖気を持つ、などということがあるのだろうか?

 彼らは聖気に弱いと聞く。

 まさか自ら使えるはずがない。

 彼の吸血鬼ヴァンパイアの疑いはもう晴れたのではないか。

 そう思うも、ニヴはまだ、警戒を解いてはいなかった。

 ……なぜだろう?

 分からない。

 ニヴも聖気を使える、と聞いていたし、それなら今のも分かったはずなのだが……。


 しかし、ニヴはそれからもレントを、吸血鬼ヴァンパイアであるものとして、質問や、聖気による高位技術《聖炎》による診断にかけたりした。

 ニヴに聖気の素質があるとは本人からここに来る前に聞いていたが、まさか《聖炎》まで使えるとは思わず、驚いたが……だからこそ、有能な吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンターとして名を馳せられたのだろう。

 ちなみに、どうしてここまでレントを疑うのか、その理由もその後語られた。

 ニヴのどこか軽薄な態度からは想像もつかない、しっかりとした裏付けのある話で、なるほどと思ってしまうような話である。

 つまり、レントは極めて疑わしい行動の数々をとっていたということになるが……結局、彼は《聖炎》を切り抜けた。

 彼は、吸血鬼ヴァンパイアではない。


 ただ、レントはニヴの説明に納得したようだったが、私にはどこかしっくりこなかった。

 なぜ、と聞かれると今一分からないが……強いて言うなら、勘であろうか。

 ……馬鹿みたいな話だ。

 もう、レントの疑いは晴れたのだ。

 ニヴ自身もそう言っているし、もういいだろう。


 それから、ニヴは謝罪に、と言って物凄い金額をレントに支払うことを決め、さらにそのままの勢いで、頼みにくいお願いをレントにする。

 このレント・ヴィヴィエという冒険者は非常にお人好しなのだろう。

 見た目で勘違いしていたが、ニヴに対しては終始、腰が低く誠実に対応していたし、ニヴのお願いについても一応は了承した。

 人は見かけによらないのだな、と改めて思う。

 吸血鬼ヴァンパイアでもなかったことだし。


 そして、ニヴとレントとの話し合いは終わり、私たちはステノ商会を出た。


「やれやれ、無駄足でしたか」


 ニヴはそう言ってため息を吐き、首を振った。


「……どうしてあそこまでレントさんを疑っていたのですか?」


 私がそう尋ねると、ニヴは、


「うーん……色々と言いましたけど、結局は勘ですよ、勘。吸血鬼ヴァンパイア探しで一番大事なのは、センスというか勘というかそういうものなんですよ。そして私の類いまれなる勘は、彼を吸血鬼ヴァンパイアだと言っていたのです。でも、実際は……鈍りましたかねぇ、私の勘も。今まで百発百中だったのですが、今回で百発九十九中になってしまいましたよ」


 本気で言っているのかどうか。

 それは分からない。

 ただ、勘で、という部分は真面目に言っているのだろう、というのがなんとなく分かってしまう。

 何とも言えず、私が黙ってると、ニヴは、


「……ま、足で稼ぐのも大事ですから、今回のはレントさんがそうではない、と分かったということで良しとしましょう。ただ、この街に巣食う吸血鬼ヴァンパイアがいなくなったわけではありません。まだまだ探しますよ。ミュリアスさん、明日からも手伝ってくださいね?」


 と微笑んでいう。

 

 ……私は、手伝うのか、この人を。

 今回ついていったので終わりのはずでは……。


 しかし、ふと大教父庁の指令書を思い出すと、そこには別に期限も書いていなかったし、ついていくだけでいいとも書いていなかった。

 それどころか、指令の最後には“可能な限りの便宜を図る様に”とも書いてあった覚えがある。


 今しばらく、聖女として正式な活動は出来ないらしい、と頭を抱えつつ、私はこれからしばらくの間、道を共にしなければならないことに精神的な疲労を感じていた……。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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