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第9章 下級吸血鬼
第156話 聖女ミュリアス・ライザ2(中)

 そもそも、金級冒険者ニヴ・マリス、とは一体誰だ、というのが私の率直な感想だった。

 私はずっと聖女として、そのために必要な知識と技術を身に付けてきた。

 その中に、冒険者たちのそれは存在しなかったのだ。

 もちろん、場合によっては各国の王や高位貴族のような扱いを受けることもある、有名な神銀ミスリル級冒険者であれば知っている。

 しかし、金級程度の冒険者の名前となると……。

 際立った活躍を見せる者も多い、将来の神銀ミスリル級が生まれるランクであると、注目されることも多いようだが、私が気にしなければならない情報ではなかった。


 けれど、ギーリは違ったようで……。


「……金級冒険者ニヴ・マリスと言えば、有名な吸血鬼狩り(ヴァンパイア・ハント)専門の冒険者ですよ」


吸血鬼狩り(ヴァンパイア・ハント)?」


「ええ、通常、冒険者はその獲物や依頼を選り好みすることは少ないのですが……たまに効率や個人的な好みでそういうことをする冒険者というのがいるのです。特に、吸血鬼狩り(ヴァンパイア・ハント)については……かなり難しい狩りになりますが、その分、リターンも大きい。末端の屍鬼しきを捕まえても意味はありませんが、《群れ》の《盟主》を捕獲すれば一攫千金が狙えますからね。夢のある職業です」


 珍しく、少しだけ興奮した様子でギーリはそう言った。

 普段からあまり表情や態度に感情を出すことがないため、意外に思う。


「随分楽しそうね? 冒険者に憧れでも?」


「おっと、申し訳ありません。神官になる前、小さなころにいつかなりたい、と思っていた時期があったものですから。思い出しまして……」


 この男にして意外な過去である。

 子供のころから堅実な道をただ求めて生きてきたようにすら思える顔をしているのである。

 夢が……と言われると意外にもほどがあった。

 もちろん、この男にも、可愛かった子供時代があったはずで、そういうときにそういうことを思っていたことは何もおかしくはないのだが……。

 なんだか、私の中ではギーリは小さなころからギーリであったような、そんな気がしてしまうのだった。

 だから、


「そう……貴方にも普通の子供時代があったということね」


 と皮肉交じりの台詞を言ってしまうが、ギーリは気にした様子もなく、


「もちろんです。私とて、初めからこう・・ではないのですよ」


 と分かった様な台詞を言った。

 それから、


「それで、指令についてですが……聖女ミュリアス・ライザはニヴ・マリスの供をして、彼女とある冒険者との交渉に列席するように、とのことです」


「冒険者の? なぜ、私が……」


 嫌だ、というわけではなく、ただ不思議だった。

 別に、そう言った交渉の席に侍ったことが全くないわけではない。

 貴族同士の話し合いの席などに、毒の入っている場合を考えて、浄化の業を振るうために呼ばれることは、実のところ聖者・聖女は多いのだから。

 今回のこともきっと、そのようなことを期待されているのだろう、ということは分かるのだが、聖女を呼ぶ、というのはそう簡単に出来ることではない。

 少なくともそれなりの権力と金銭が必要であり、たとえ金級冒険者であるとはいえ、そうそう出来はしないはずなのだ。

 それなのに、と思った私の心情を理解したのか、ギーリは、


「分かりません。が、これは大教父庁からの直接の指令ですから……ニヴ・マリスはロベリア教の上層部に影響力を持っているということでしょうね。そうでなければ、このような指令は出ません」


「それなりに有名なようですが……金級程度でなぜそのような力を……」


 そんなことは上位貴族でも容易なことではないはずだ。

 ロベリア教はヤーラン王国では大した存在ではないとはいえ、世界的に見れば巨大な力を有する宗教団体に他ならない。

 必然、各国の貴族や政府に対しても多大なる影響力を持っているのだ。

 そのロベリア教における最高権力、大教父庁に直接何かを要求できるというのは……。

 ギーリにもそれは非常に不思議なようで、


「それも、分かりません。ただ、ミュリアス様、これは断ることが出来ませんよ」


 そう言った。

 そんなことは分かっている。

 分かってはいるが……。

 ギーリは続ける。


「ニヴ・マリスは明日、この教会に来るそうです。そこで詳しい話は聞くようにと」


 色々と不安を感じつつも、命令には逆らえない。

 私は頷き、明日のことを想った。


 ◇◆◇◆◇


「やぁやぁ、こんにちは。聖女ミュリアス様。私はニヴ・マリス。しがない金級冒険者です。どうぞよろしくお願いしますね」


 そう言って部屋に入って来た人物は、私が今まで会ったことのない人種で、どう対応していいものか分からなかった。

 雰囲気は……アールズ様に似ているような気がする。

 けれど、その瞳の輝きが、明確に違った。

 何か、獲物を狙って舌なめずりをしている怪物を前にしているような、そんな不安をこの人を前にしていると感じるのだ。

 

「……ええ。よろしくお願いします。ところで、今回は冒険者との交渉の席への列席ということですが……」


 出来るだけ早く離れたいと思ったので、早速、本題に入る。

 するとニヴは、


「ええ。ミュリアス様は浄化の聖気が使えるでしょう? 私はそれが少し苦手で……奴らはかなり狡猾ですからね。バレてはいないと思うんですが、もしかしたら毒を盛られるかもしれないので注意したいんですよ」


 と、よくわからないことを言い出した。

 私は首を傾げ、


「……奴らとは? 毒を盛られる……? 冒険者と素材の売買をするだけなのではなかったのですか」


 少なくとも、大教父庁からの手紙にはそう、記載してあった。

 しかし、ニヴは、


「あぁ、もちろん、それも目的ではあるんですが、一番大事なのは吸血鬼ヴァンパイアを狩ることです。私、その冒険者が吸血鬼ヴァンパイアじゃないかと疑ってましてね。色々調べてほとんど確信に近いのですよ。だから、万全の準備をして、望みたいと考えておりまして」


 と驚くべきことを言う。


吸血鬼ヴァンパイアが街に……?」


 そんなこと、魔物に餌場を提供しているに他ならないではないか。

 しかしニヴは慌てることなく、


「そんなに驚かれることでもないですよ。よくあることです。さきほども言いましたが、奴らは狡猾です。街の人間に紛れることなど、奴らにとっては朝飯前ですよ。そういうわけで、ミュリアス様には吸血鬼ヴァンパイア退治に協力していただきたいのです。ロベリア教にも邪な魔物を狩る、専門の狩人ハンターたちはいますし、業務の一部と言ってもいいと思いますし」


 彼女が言っているのは、ロベリア教の誇る異端根絶騎士団のことだろう。

 吸血鬼ヴァンパイア人狼(ルー・ガルー)、悪魔憑きなどの、人に混じり、人間社会を脅かす魔物たちを専門に探し、滅ぼすことを目的とする集団。

 しかし、私はほとんどかかわったことがなく、一体何をしているのか、どういう風にして任務を行っているのかは知らない。

 もしかしたらニヴの方が詳しいのかもしれない。

 こんな風に普通に口に上るのだから。


 それにしても、吸血鬼ヴァンパイアが……。

 もし事実であるとすれば、それは大変な話である。

 ロベリア教に若干の疑念を感じてはいる私ではあるが、それでも、聖女として、人のために行動しなければならないと言う気持ちに疑念があるわけではない。

 吸血鬼ヴァンパイアを滅ぼせるのなら、協力するのは吝かではなかった。

 大教父庁も、おそらくはこのようなニヴの活動に賛同を示しており、出来るだけ早い退治が必要と考えたからこそ、ニヴのお供をするように、と指令を送って来たのだろう。

 だから私は頷いて、


「……どれだけお力になれるかはわかりませんが、承知いたしました。どうぞよろしくお願いします」


 そう言ったのだった。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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